2012年6月号 [Vol.23 No.3] 通巻第259号 201206_259003

温暖化研究のフロントライン 18 地球を暖かくする温室効果ガス・冷たくするエアロゾル

  • 竹村俊彦さん(九州大学応用力学研究所 地球環境力学部門 准教授)
  • 専門分野:微粒子の気候影響評価
  • インタビュア:高橋潔(社会環境システム研究センター 統合評価モデリング研究室 主任研究員)

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地球温暖化が深刻な問題として社会で認知され、その科学的解明から具体的な対策や国際政治に関心が移りつつあるように見えます。はたして科学的理解はもう十分なレベルに達したのでしょうか。低炭素社会に向けて、日本や国際社会が取るべき道筋は十分に明らかにされたのでしょうか。このコーナーでは、地球温暖化問題の第一線の研究者たちに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究やその背景を、地球温暖化研究プログラムに携わる研究者がインタビューし、「地球温暖化研究の今とこれから」を探っていきます。

竹村俊彦(たけむら としひこ)さん

  • 1974年 福島県生まれ(埼玉県・三重県育ち)
  • 2001年 東京大学大学院理学系研究科博士課程修了
  • 2001年 九州大学応用力学研究所助手
  • 2006年より 九州大学応用力学研究所准教授
  • 2004〜2005年はNASA Goddard Space Flight Center客員研究員

趣味など — スポーツは小学〜中学で硬式野球(今も野球観戦は趣味)、中学〜大学は陸上部(短距離)、現在はジョギング(フルマラソン3度完走)。文化系は天体観測と読書。

エアロゾルと地球温暖化

高橋:竹村さんは、大気浮遊粒子状物質(エアロゾル)による気候システムへの影響および大気汚染の状況を地球規模でシミュレートする数値モデルSPRINTARS(Spectral Radiation-Transport Model for Aerosol Species http://sprintars.net/)を開発されました。まず、エアロゾルについて簡単に説明していただけますか。

photo. 竹村俊彦さん

竹村:エアロゾルにはいろいろな種類・大きさがあります。種類としては自然起源のものと人間活動から発生するものとに大別できます。自然起源のものとして代表的なものは砂漠の砂、黄砂など土壌から出てくる粒子です。もう一つは海の波しぶきでできる海塩粒子です。人間活動起源で代表的なものは硫酸塩です。化石燃料を燃やすと二酸化硫黄など気体状のものが出てきます。それが大気中で化学反応を起こして酸化し硫酸塩になります。硝酸系の粒子である硝酸塩や黒色炭素(ブラックカーボン)もあります。大気中に微粒子が増えると大気汚染が起き、人間に影響を与えるというイメージが一般的にはあるかと思います。四日市喘息を起こしたのは硫酸塩エアロゾルの影響です。

高橋:エアロゾルと気候との関係についてはいかがでしょう。

竹村:エアロゾルが気候に及ぼす効果には主に直接効果と間接効果があります。大気中の微粒子に太陽光が当たると、散乱・吸収が余計に起こります。そうすると地球大気のエネルギー収支が変わってきますから、気候変動が起こります。これが直接効果と呼ばれるものです。一方、間接効果は雲とのかかわりです。エアロゾルは雲の核、凝結核になります。相対湿度が100%を0.1〜1%超えれば水滴が生成され、エアロゾルを中心に水蒸気が凝結し、雲が生成されます。エアロゾルの数、種類が変化すると雲の性質も変わってきます。たとえば雲の水の量(凝結した水蒸気の量)が一定だとすると凝結核となるエアロゾルの数が増えた場合には、一個一個の雲粒のサイズは小さくなります。一個一個の雲粒が小さくなると、大きいときと比較して、雲の水の質量が同じでも断面積が増えます。断面積が広いほど太陽の光が遮られて反射しやすくなりますから雲での反射が大きくなり、エネルギー収支が変わってきます。これが間接効果と言われています。

高橋:気候に関する影響としては冷却ですね。

竹村:エアロゾルは直接効果でも間接効果でも太陽を反射しやすくなり、大気を冷却する効果があると言われています。例外もあります。ブラックカーボンは色が黒いので、太陽の光を吸収する効果の方が圧倒的に大きくなりますから、周囲の大気を暖めることになります。ですから、暖めるか冷やすかは基本的に粒子の色で決まってきます。

大気大循環モデルをベースに開発したSPRINTARS

高橋:竹村さんご自身は、どういうアプローチでエアロゾルと気候変動に関する研究に取り組まれていますか。

竹村:エアロゾルの分布については観測がもっとも伝統的な方法だと思いますが、直接効果、間接効果について観測事実だけから見積もるということは難しいです。たとえば、雲の間接効果は微物理的ですが地球の気候に影響を与える現象なので、まったく異なるスケールの問題を同時に観測するというのは困難なのです。そこで数値モデルを利用した研究が必要になってきます。私はSPRINTARSという数値モデルを開発し、エアロゾルの分布とエアロゾルと気候の関係をシミュレーションしています。

高橋:SPRINTARSは基礎的なものからご自身で開発し、それを次第に改良・拡張させてきたのでしょうか。

竹村:開発当初、エアロゾルの大気中の輸送過程と気候影響を同時に計算する数値モデルはまったくありませんでした。東京大学、海洋研究開発機構、国立環境研究所が共同開発した大気大循環モデル(GCM)がありましたから、それをベースにしてエアロゾルの輸送過程や気候影響をその上で組み立てました。

高橋:SPRINTARSの開発・改良は単独作業ですかそれともチーム作業ですか。

竹村:1997年に修士課程1年で東京大学気候システム研究センター(当時)に入学したときに、現在同じ九州大学にいる岡本創さんが研究員でいました。その方が中心になり、私が入学する少し前からダスト(土壌粒子)の全球規模の分布のシミュレーションを進めていました。もともと研究室にバックグラウンドがあったのと、指導教官から、ブラックカーボンなど炭素性の粒子が世界的にホットトピックになっているので地球規模の分布をシミュレーションできるようなモデルを作る方がいいと言われました。岡本さんは1年後所属が変わってしまいましたから、エアロゾルの数値モデルを開発するのは私一人になってしまいました。その後、硫酸塩のエアロゾル、海塩のエアロゾルを付け加えて、対流圏の主要なエアロゾルをすべてカバーできる数値モデルを開発できました。最初は大気中の分布をシミュレーションするだけでしたが、博士課程に入ってからはエアロゾルの気候影響(直接効果・間接効果など)について取り組みました。

観測技術とモデルの進化が不確実性を小さくする

高橋:国内で同種のモデルの開発に取り組まれている人は研究開始時点ではいなかったわけですが、国際的にみるとどうですか。

竹村:個別のエアロゾルにターゲットを絞った地球規模の分布をシミュレーションするモデルは過去にいくつかありましたが、大気中のすべてのエアロゾルを混合したモデルというのは世界でもありませんでした。私が2000年に出した混合状態のシミュレーション結果を示した論文が最初です。

高橋:対象が全球ですから、研究当初から海外の研究者と議論する機会があったと思います。

竹村:2002年に同じような数値モデルを作っている世界中の研究機関の人が集まって、相互比較プロジェクト(AeroCom)を立ち上げました。私は最初から参加しています。そういう活動が、IPCC第4次評価報告書のエアロゾルの気候影響評価の主導的役割を果たしました。

photo. 社会環境システム研究センター 統合評価モデリング研究室 主任研究員 高橋潔

高橋:SPRINTARSについては、1997年開発開始から研究のホットトピックに大きな変化がありましたか。また、今まさに取り組んでおられる、あるいは今後取り組みたいと考えておられる研究課題の中で、特に力点を置かれているのはどのような課題でしょうか。

竹村:開発当初は地球規模でエアロゾルがどう分布しているかという観測自体がほとんどありませんでした。当時人工衛星NOAA/AVHRR(Advanced Very High Resolution Radiometer)を利用してエアロゾル分布が把握できるようになった頃でした。リモートセンシングは広域を画一的に観測できるというメリットがありますが、エアロゾルの種類別に観測できるわけではなく、混合された状態を観測します。リモートセンシングによる観測を検証材料として利用するために、対流圏の主要なエアロゾルを混合してシミュレーションするのは非常に意味のあることでした。

高橋:個別のものを単純に足し合わせても混合したものと同じにはならないからですね。

竹村:そのとおりです。現在はモデルの検証材料として使う観測データの量も衛星の数も増えました。地上観測の観測網も増えてきました。また、新しい技術としては能動型センサ(ライダー)ができ、受動型センサではエアロゾルの水平分布しか情報を得られなかったのが、鉛直分布も測れるようになりました。ここ10年で観測側もモデル側もどんどん精緻化しています。

高橋:観測研究の人たちとモデル研究の人たちとの共同作業ですね。

竹村:観測にも不確実性が当然あります。誤差が出てきます。モデル側はそういうことをきちんと理解していなければなりません。ですから相互に交流して共同作業していかなければなりません。また国内のコミュニティだけではなく海外のコミュニティとも連絡をとりながら進めなければなりません。AeroComは観測の人たちも加わっていますから、そこで観測と総合的につきあわせができています。

天文学から気象学を職業に

高橋:研究者を志したきっかけをお聞かせください。

竹村:もともとは天文に興味があり天文を研究したかったのです。小学校4、5年生のときに理科の授業で星を勉強しました。名古屋のプラネタリウムに連れて行ってもらったり、担任の先生がご自宅に呼んでくれて星の観察をさせてくれたりしました。それでとても興味をもちました。今でも私の趣味です。中学生か高校の初め頃にはすでに研究者になりたいという気持ちはあり、大学に入った当初は天文で何か研究ができないかと思っていましたが、研究職に就くという面では、天文学は狭き門であることがわかりました。悩みましたが、自然科学には全般的に興味をもっていたため、同じ専攻の地球惑星科学で気象学の話を聞いたらなかなか面白そうだと思いました。私は科学的でありながらある程度社会にも貢献したいと思っていましたから、気象は身近な話ですし、気象が一番合うのかなというのがわかってきました。研究室は気象学を選びました。そのときに配属になったのが大気放射やエアロゾルの研究室でした。そこから今の研究につながっていきました。

議論のなかから生まれる研究のアイデア

高橋:研究の新しいアイデアは落ち着いて一人で考えている時に良く浮かびますか。それとも、共同研究者の方々とわいわいと議論する中で思いつくことが多いですか。

竹村:大学院生の頃、モデルを開発しているときは、自転車通学のときやジョギングの最中にいいアイデアや解決方法が浮かびました。体は動かしていても頭の中があいている状態の時にパッと思い浮かぶことがあったのだと思います。今でもジョギングは続けていますが、最近はエアロゾルに関わる研究者が増えて、研究内容も多岐にわたるようになりましたから、いろいろな人と議論しながらアイデアが浮かぶことが多いです。

photo. インタビュー

温暖化のリスクコミュニケーションを原子力分野でも活かしたい

高橋:2011年には、東日本大震災後の福島第一原発の事故に関連し、全球規模での放射性物質の輸送に関するシミュレーション分析を速やかに実施され、事故発生3カ月後にはその研究結果について整理・発表されました。研究を開始する前から社会的に強い影響力をもつことが予想できる研究課題であったと思いますが、その研究構想・実施・公表の過程でいろいろと頭を悩ませることもあったものと想像します。差支えない範囲で、経緯等をお聞かせください。

竹村:研究者になった動機として社会に貢献できるようなことをしていきたいというのがありましたから、放射性物質の大気中の動きについてSPRINTARSをベースにして何かできるだろうと思いました。私の母が福島出身で親類が今でも福島に住んでいますから、私にとっては比較的身近な問題だったということもあります。大気科学の分野の研究者のなかに同じように何かしら貢献したいという人がいましたし、それで輪が広がりました。SPRINTARSモデルを使って福島第一原発からの物質の輸送を3月16日から毎日予測するようにしました。有志の研究者間では情報共有していましたが、社会的には混乱状態でしたから不確実性を含む情報を一般的に公開する状況ではありませんでした。私の数値モデルは地球規模のものなので、その空間解像度はあまり高くありません。現在動いているのは50km格子です。福島県への直接の貢献としては私のモデルだけでは難しかったです。しかし離れている距離ですと予測は可能です。関東地方で3月20日頃、水道水にヨウ素が含まれているという問題が起こりましたが、その頃に関東地方に輸送される可能性があることはSPRINTARSである程度予測できたため、問題が出てくるだろうということは2、3日前にわかっていました。

高橋:直感的には、日が経つと放射性物質が離れたところまで輸送されうることは専門家ではない人でも想像したと思いますが、モデルを用いることで科学的裏付けをもってそれを予想できたということですね。

竹村:放射性物質がどれくらい飛散しているかという情報が当時はありませんでしたから、定量的な議論はできませんでした。それで一般に向けて情報を出すことが難しかったのです。定量的にはわからなくても定性的にどのような方向に輸送されるかという情報はおそらく出すことができました。他の数値モデルでもいい確度で予測はできていました。事後の検証でそれは証明されています。ですから政治的な問題は別にして、科学的には、例えばSPEEDIによる予測の情報は出すべきだったと思います。全球モデルを利用したシミュレーションは外国ですでに行われていましたが、科学的に検証して査読して論文として出したというものではありませんでした。私たちは研究者なので学術的情報として出すにあたっては論文としてきちんと出す方がいいと考えました。そこで、震災の1カ月後には論文を投稿し、3カ月後くらいに掲載されました。今後は放射性物質に限らず、突発的な事故に対して研究者がどうアプローチし、貢献するかなど、すぐに対応できる態勢を整えていく必要があります。講演を依頼されて原子力関係の学会に参加した際には、原子力の分野では有事の対処について、住民や社会とのコミュニケーションが十分にとれていないことを痛感しました。気候変動の分野では地球温暖化が起こったらこういう影響が出るのでどういうふうに動きましょうということを以前から少しずつ始めていましたから、地球温暖化のリスクコミュニケーションにおける国民との対話の手法を原子力の分野でも真似てほしいと思いました。

高橋:私は逆に、今回原子力の分野ではリスクコミュニケーションについて実践的な経験をつんだので、それを気候変動のリスクコミュニケーションに活かす方法があるのでは、と考えていました。

若い人たちへ:広い視点をもってバランスのとれた研究者に

高橋:竹村さんご自身「若手」と思いますが、さらに若い世代の研究者・学生に対して、伝えたいことは何でしょうか。

竹村:私が大学院生だった頃と比較して、現在は研究の内容が細分化されてきているような気がします。しかし細かいところばかりみていると全体が見えなくなってくるという危険性があります。特に地球温暖化など環境分野は広い視点をもたないと本質が見えてきませんから、専門性をもちながら広い視野をもって進めることが大切だと思います。環境研究は社会と身近な分野なので、バランスのとれた人になってほしいですね。

*このインタビューは2012年4月12日に行われました。

目次:2012年6月号 [Vol.23 No.3] 通巻第259号

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