2012年9月号 [Vol.23 No.6] 通巻第262号 201209_262003

環境研究総合推進費の研究紹介 12 衛星観測による温室効果ガス濃度データの高精度化を目指して 環境研究総合推進費A-1102「『いぶき』観測データ解析により得られた温室効果ガス濃度の高精度化に関する研究」

  • 地球環境研究センター 衛星観測研究室 主任研究員 森野勇
  • 地球環境研究センター 衛星観測研究室 研究員 吉田幸生

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1. はじめに

地球温暖化は最も重要な環境問題の一つであり、その解決には原因となる温室効果ガス濃度の実態の把握、地球温暖化による自然生態系・人間社会への影響評価、およびそれに基づく温暖化対策が必要である。全球規模で温室効果ガスの時間・空間変動を把握するためには、全球にわたり高頻度の観測が可能な人工衛星を用いた観測が最も有効である。このため環境省、国立環境研究所、宇宙航空研究開発機構は、「温室効果ガス観測技術衛星(GOSAT、愛称「いぶき」)プロジェクト」を共同で実施することとなった。

「いぶき」は、2009年1月23日に宇宙航空研究開発機構種子島宇宙センターから打ち上げられた。打ち上げ後は、衛星および観測装置の動作確認が行われ、初期校正検証観測期間を経て同年7月に定常観測運用期間に移行し、3年以上経った現在も順調に全球観測を継続している。GOSATプロジェクトでは、「いぶき」に搭載されたフーリエ変換分光計(TANSO-FTS)で観測されたスペクトルから地球大気中の二酸化炭素やメタンの気柱量を推定することで、本格的な温室効果ガスの全球観測を目指している。2012年4月に約10年間観測を続けてきたSCIAMACHY[1]の運用が終了したため、「いぶき」は現在世界唯一の温室効果ガス気柱量観測衛星である。GOSATプロジェクトの詳細についてはウェブページ​(http://www.gosat.nies.go.jp/)​をご覧いただきたい。

「いぶき」の観測スペクトルを用いた最初の解析は、初期校正検証観測運用期間中に、環境研究総合推進費B-2「温室効果ガス観測衛星データの解析手法の高度化と利用に関する研究(数値シミュレーションと模擬観測実験)」(2004年度〜2006年度)の研究成果をもとにした解析アルゴリズムを用いて実施された。この最初の推定結果には、二酸化炭素カラム平均濃度(二酸化炭素気柱量と乾燥空気気柱量の比、XCO2)に15ppm程度の負の系統的な誤差(バイアス)が見られた。実観測データに対応した各種パラメータの調整や、解析アルゴリズム中の不具合修正等を行い、2010年2月に「いぶき」の温室効果ガス濃度データが一般に公開された(Ver.00.50)。さらに、アルゴリズム改良および参照値改訂と検証(不確かさの小さい独立した観測装置で取得したデータを用いて、衛星観測データのデータ質を評価すること)を繰り返すことにより、サハラ砂漠周辺など、エアロゾルの影響の大きいと思われる地域において見られた、明らかに異常値である温室効果ガス濃度データの数は急激に減少した。初期検証結果により、XCO2の場合9ppm程度の負のバイアスと4ppm程度のランダム誤差(ばらつき)が存在すること(不確かさで10ppm程度)が明らかとなり、Ver.01.xxとして2010年8月に一般公開された。しかしながらこれでは世界の研究者の高い評価には至らない精度であり、インバースモデル解析による温室効果ガス収支(フラックス)を含む科学的利用に活用されるためには不十分である。

本推進費は、「いぶき」で観測された温室効果ガス濃度の誤差(バイアスとばらつき)の半減を目指して、2011年(平成23年)から研究を開始した。本年度は3年計画のうちの2年目である。なお、本推進費の参画機関(参画者)は、国立環境研究所(森野勇、吉田幸生、横田達也)、気象研究所(永井智広、真野裕三、酒井哲、内山明博、山崎明宏)、宇宙航空研究開発機構(川上修司、大山博史)である。

2. 研究目的と研究方法

「いぶき」で観測されたスペクトルの解析によって温室効果ガス濃度を推定する時、地表面反射率、巻雲・エアロゾルの光学的厚さ・分布・種類、観測装置の特性、解析に使用する参照値の誤差等や解析アルゴリズムの不完全性によりバイアスやばらつきが生じる。バイアスやばらつきの季節変動や経年変動、空間的依存性等を明らかにするため、長期間(3年以上)のTCCON[2]や航空機観測による検証用温室効果ガス濃度データを取得し、継続的な検証を行う(長期検証データを用いた季節変動・経年変動などの大気化学的検証)。得られたバイアスやばらつきが何に起因しているかを把握するため、地上設置高分解能フーリエ変換分光計による検証用温室効果ガス濃度データのみならず、巻雲・エアロゾルの光学特性を地上から高精度観測装置(ライダー[3]や放射計)を用いて取得し、それらの相関解析を行う(重点サイトで取得したデータを用いた検証と誤差要因の特定)。このようにして誤差要因を明らかにして、解析アルゴリズムの改良と参照値の改良などに反映させることで、「いぶき」観測データの解析により得られる温室効果ガス濃度の高精度化を行う。本研究の方法を図にまとめた。本研究では、XCO2で2ppm程度のバイアスと2ppm程度のばらつき(不確かさで3ppm)、つまり応募時(2011年)の「いぶき」データの誤差の半減を目標とした。

fig. 概念図

本研究の概念図。長期検証データを用いた季節変動・経年変動などの大気化学的検証には、地上設置高分解能フーリエ変換分光計データ、CONTRAIL[4]やNOAA(米国海洋大気庁)をはじめとする航空機観測データ等を用いる。重点サイトには、地上設置高分解能フーリエ変換分光計に加えてライダーや放射計を設置し「いぶき」と同期観測を行う

3. 主な研究成果と課題

本推進費は現在2年目で研究期間の半分も過ぎていないため、総括には時期尚早である。しかし幾つかのまとまった研究成果を出しつつあり、これらを現時点でのまとめとして紹介し、あわせて今後の課題を述べることとしたい。

(1) アルゴリズム・参照値改良とTCCONデータを用いた評価

「いぶき」データの解析アルゴリズムの改良や参照値の改訂によりバイアスとばらつきの低減が期待される項目について検討を実施した。アルゴリズム改良項目としては、エアロゾル高度分布、TANSO-FTSバンド1輝度オフセット項等、参照値改訂としては、太陽照度データベース、エアロゾル光学特性、分光パラメータ、TANSO-FTS感度劣化特性等が挙げられる。なお、本研究は「(2) 重点サイトつくばにおけるケーススタディ」と並行して、途中で得られた知見を互いにフィードバックさせながら研究を進めた。これらの検討をもとに改良した解析アルゴリズムと参照値を用いて、TCCONサイト周辺の「いぶき」観測データの解析を行い、地上設置高分解能フーリエ変換分光計データを用いて評価した。XCO2のバイアス±ばらつきは−1.20±1.97ppm(暫定値)となり、バイアスとばらつき共に半減し、メタンのカラム平均濃度(XCH4)はバイアス−7.2±11.8ppb(暫定値)と、ばらつきが半分近く小さくなった(研究開始時点のばらつきは20ppb程度)。本研究成果を反映させた「いぶき」データは、新バージョン(Ver.02.xx)としてGOSATプロジェクトにより2012年6月に一般に公開された。

(2) 重点サイトつくばにおけるケーススタディ

2009年9月11日〜2010年3月22日の期間中に、つくばにおいて「いぶき」による温室効果ガス濃度データが推定され、地上設置高分解能FTSデータ、ライダーおよび放射計データがすべてそろっている9日分を対象としてケーススタディを行った。推進費応募時のバージョン(Ver.01.xx)による解析アルゴリズムを用いて推定したつくばの「いぶき」データは、地上設置高分解能FTSデータに対してXCO2のバイアス±ばらつきは−10.99±3.83ppmと負のバイアスとなった。Ver.01.xxでは、地表面から層厚2kmのエアロゾル層を仮定し、エアロゾル光学的厚さのみを同時推定していた。また、事前に雲が含まれる事例は除外しているため対象には雲は存在しないと仮定し、加えて誤差の大きい太陽照度データベースを用いていた。「いぶき」データと地上設置高分解能FTSデータのバイアスとライダーおよび放射計データとの関係を確認した結果、有意な相関があることがわかった。つまりライダーによる巻雲やエアロゾルの高度分布や放射計による観測結果を用いれば、バイアスが改善する可能性が示唆された。しかしながら、「いぶき」は全球観測を行うため、定点観測であるライダーおよび放射計データをすべての「いぶき」データに活用することはできない。そこで、エアロゾル輸送モデルSPRINTARSで計算されたエアロゾル高度分布を初期値(先験値)としてエアロゾル高度分布を同時推定することにした。さらに、より誤差の小さい太陽照度データベースを用いた結果、XCO2で+0.17±1.49ppmとバイアスがほとんどなくなる結果となった。ここで用いたデータセット数は9日分と少なく、この結果はたまたまつくばでのみ非常にうまくいった場合かもしれない。つまり、観測地点が変ってもこのようにバイアスの小さな結果が再現するかどうかを調べる必要がある。今後、観測条件の異なった他の重点サイト(母子里、佐賀、ニュージーランドのLauder)で取得された、より期間の長いデータセットを用いて、同様の研究を行う予定である。

(3) まとめと今後の課題

本推進費は現在2年目であり、本推進費の研究目標の達成に向けて順調に研究を進めているところである。

「いぶき」データはこれまでの炭素循環研究で使用されている温室効果ガス濃度データの精度より1桁は劣るが、「いぶき」データを用いたインバースモデル解析による二酸化炭素濃度フラックス推定を行った場合、これまで観測データがなかった地域のフラックス推定誤差が減少することが明らかとなっている。さらに、大都市、火力発電所、火災等による局所的な温室効果ガス大量発生源を「いぶき」で検出することができるか、実際に試みることができる状況になってきている。つまり、「いぶき」データの炭素循環研究への活用はすでに始まっている段階にあると言える。

現在の「いぶき」データの不確かさはXCO2で約2ppmであり、「いぶき」の観測装置の性能から評価された限界である不確かさ1ppmを達成できていない。このため、さらなる高精度化が必要である。また公開されている「いぶき」データは、観測条件の極めてよい場合(ほとんど雲のない晴天域)の推定結果であるため、「いぶき」の全観測地点数に対して公開点数はわずかである(2〜3%程度)。薄い巻雲の存在する観測データに対して高精度に温室効果ガス濃度を推定できる手法を開発し、より多くの「いぶき」データの公開を目指すことが重要である。これらの課題の解決へ向け、本推進費でさらなる研究を進めていきたい。

脚注

  1. SCIAMACHY:SCanning Imaging Absorption spectroMeter Atmospheric CHartgraphY。欧州宇宙機関が2002年に打ち上げた環境観測衛星ENVISATに搭載されている大気測定用分光放射計。
    http://www.sciamachy.org/​(英文)を参照。
  2. TCCON:Total Carbon Column Observing Network。全量炭素カラム観測ネットワーク。地上設置高分解能フーリエ変換分光計による全球観測網。​https://tccon-wiki.caltech.edu/​(英文)を参照。
  3. ライダー:LIDAR、LIght Detection And Ranging。レーザーを用いたリモートセンシングである。巻雲やエアロゾルの高度分布に関する情報を得ることができる。
  4. CONTRAIL:Comprehensive Observation Network for TRace gases by AIrLiner。航空機による大気観測プロジェクト。​http://www.cger.nies.go.jp/contrail/​(英文)を参照。

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