2012年11月号 [Vol.23 No.8] 通巻第264号 201211_264001

ISI-MIP Results Workshop参加報告

  • 地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室 主任研究員 花崎直太
  • 地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室 特別研究員 眞崎良光
  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 特別研究員 仁科一哉

1. はじめに

2012年9月3日から6日にかけて、筆者らはイギリスのUniversity of Readingで開かれたInter-Sectoral Impact Model Intercomparison Project (ISI-MIP; イージーミップと発音する) Results Workshopに参加した。ISI-MIPは温暖化の全球規模の影響評価研究に関する国際プロジェクトである。本稿では、ISI-MIPについて紹介し、会議の内容を手短に報告したい。

2. ISI-MIPとは

温暖化が人間・社会・自然環境に及ぼす影響を見通すことは世界的な関心事になっており、モデルを使ったコンピュータシミュレーションはそのための有効な方法の一つである。ただし、モデルはさまざまな仮定に基づいて作られている上、将来想定の自由度が大きいため、結果には相当なばらつきがある。よって、複数のモデルを用いて全く同じ想定の下でシミュレートすることで、複数のモデルの平均的な結果はどれくらいか、モデルの違いによる結果のばらつきがどれくらいか、どういう地域や条件で大きくなるのかなどを体系的に調査するモデル相互比較(model intercomparison)は極めて重要になる。

モデル相互比較は大気大循環モデルによる気候変化予測の分野では1990年から行われてきたが、温暖化影響評価の分野では行われてこなかった。その理由は影響評価が比較的小さな地域を対象とし、評価対象項目もばらばらで相互比較をするほどモデル数がそろわなかったことにあるが、近年、全球を対象とした温暖化影響評価モデルが複数開発され、それぞれ共通の評価対象項目をもつようになってきたため、実施への機運が高まっていた。

ISI-MIPはドイツ連邦教育・研究省が出資し、同じくドイツのポツダム気候影響研究所(Potsdam Institute for Climate Impact Research)が幹事になり、2012年2月に始まった。評価対象となる分野は水資源・水災害、陸域生態系、農業、健康(マラリア)の4分野で、農業はさらに生物物理モデルと農業経済モデルに分かれている。現時点で、表に示す通り30以上のモデルが参加している。日本からの参加は、H08モデル(水資源・水災害)、MATSIROモデル(同)、VISITモデル(陸域生態系)の三つである。

分野と参加しているモデル数

分野 モデル数 主な評価対象項目
水資源・水災害 12 河川流量、灌漑用水需要、水ストレス人口など
陸域生態系 8 純一次生産、(潜在)植生タイプなど
農業(生物物理) 7 単位面積当たり収量(小麦・米・トウモロコシ)など
農業(農業経済) 3 作物価格、土地利用、灌漑面積など
健康(マラリア) 5 (蚊による)媒介の潜在期間・気候適性、リスク人口など
総計 35  

ISI-MIPのシミュレーションは新しく開発された温室効果ガス濃度変化(代表的濃度パス[Representative Concentration Pathways: RCP])、気候変化(第5期結合モデル相互比較実験[Coupled Model Intercomparison Project Phase 5: CMIP5])、社会経済変化(Shared Socio-economic Pathways: SSP)の想定に基づいて行われる。ISI-MIPが最大の目標にしているのは気候の安定化レベルとその影響量の関係を整理し、IPCC第5次評価報告書に向けて発信することである。例えば、将来気候を現在より+2℃で長期安定化させる場合と、+3℃や+4℃の場合の各分野の影響量をそれぞれ提示する。このことは、温室効果ガス排出の抑制コスト、温暖化影響による被害コスト、適応策の実施コストの関係の整理につながると考えられている。

3. 会議の内容

今回の会議では主に三つについて話し合われた。第一に成果のまとめ方、第二に分野別研究の進め方、第三に分野横断型研究の進め方についてである。

まず、成果のまとめ方であるが、ISI-MIPはアメリカ科学アカデミー紀要に特集号を組むことを決定している。そのために10本強の論文が受理される必要があり、候補となる論文の調整が行われた。IPCC第2作業部会による第5次評価報告書は2013年1月までに投稿された論文を引用の対象としており、特集号の投稿期限もこれに合わせている。論文準備のための時間が極めて限られているため、具体的に何の成果について投稿するのか、投稿が間に合わなかった場合はどうするかなどについて、意見が交わされた。次に、分野別研究の進め方であるが、特集号論文の筆頭著者が中心となり、論文の構成や、各モデルの結果の取り扱いについて技術的な議論が行われた。特に長く議論されたのは何を軸に結果をまとめるかということである。ISI-MIPは上述の通り、全球平均気温別の影響量の整理を基本方針としているが、例えば水資源・水災害分野の場合、結果に大きな影響を及ぼす降水量変化の地域差が大きく、全球平均気温との関係は単純ではないため、さまざまな代替案が議論された。生態系分野では、総合影響評価の軸となる指標とその問題点について論点が整理された。最後に、分野横断型研究の進め方である。ISI-MIPに複数分野が集まったことを活かし、二つ以上の分野にまたがる複合的な温暖化影響評価を提示できるかについて、長い時間をかけて検討が行われた。気候変化・灌漑用水・農業生産性・飢餓人口の関係を探るなど、いくつかの研究提案が発表されたものの、高度なモデル間連携が必要で投稿期限を守るのが難しいものが多く、関心があるモデル同士で個別に検討を進めるという方針になった。

4. むすびに

従来の温暖化影響評価は対象とする地域も、期間も、将来の気候変化や社会経済に関する想定も、全てばらばらで実施されることが多かった。これに対しISI-MIPは同じ想定の下に35モデルによる影響評価を実施することで、モデル間の不確実性を含む、体系的な温暖化影響情報を構築しようとしている。

ISI-MIP実現の最大の背景となったことからわかるように、全球を対象とした温暖化影響評価はますます多くの研究機関が実施するようになっている。依然として結果のばらつきは大きいものの、個々の分野別モデルの構造は似通ったものになりつつある。ここで、二つ以上の分野を高度に統合したモデルも現れつつある。例えばポツダム気候影響研究所が開発するLPJmLモデルは水資源・水災害、農業(生物物理)、陸域生態系の3分野を一体的に扱うことができ、先駆的な分野横断型の影響評価に取り組んでいる。地球環境研究センターでも、環境省環境研究総合推進費S-10「地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究」プロジェクトの下、日本から参加しているH08、MATSIRO、VISITのモデル統合を急ピッチで進めているところである。

学生寮もところ変われば

花崎直太

ISI-MIP Results WorkshopはUniversity of Readingで開催されました。キャンパスはレディングの町の中心部から南へ2kmほど、丘を上っていったところにあります。1892年に設立された大学で、研究水準の高さには定評があるとのこと。緑豊かなキャンパスで、広大な公園に建物が点在しているという感じでした。参加者が滞在したのはキャンパス内にあるPark Lodgeという学生寮でした。夏休み期間中は学会参加者など学外の訪問者に貸しているようです。建物は全て建て替えたばかりらしく、機能的で快適でした。写真は部屋の様子。シャワーとトイレを合わせても8畳くらいしかありませんが、一人暮らしには十分です。各フロアには共用のキッチンとダイニングがあり、共用棟に行けば、カフェテリアやコインランドリーも完備されていました。うーん、こんなところでもう一度学生をやり直したい!?

photo. 部屋の様子

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