2012年11月号 [Vol.23 No.8] 通巻第264号 201211_264003

環境研究総合推進費の研究紹介 13 大気中の微粒子の温暖化抑制効果に挑む 環境研究総合推進費A-1101「地球温暖化対策としてのブラックカーボン削減の有効性の評価」

東京大学大学院理学系研究科 教授 近藤豊

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1. はじめに

人為的に放出される温室効果気体の増大が、地球温暖化の主な原因と考えられている。しかし、温室効果気体だけでなく、大気中の微粒子(エアロゾル)も全球規模の気候変動に大きな役割を果たしている。エアロゾルの中でも炭素状燃料(石炭・石油など)の不完全燃焼で発生するすす粒子(ブラックカーボン、BC)は、太陽からの可視光を効率良く吸収し、二酸化炭素の約1/3の正の放射強制力(大気加熱効果)をもつと推定されている(IPCC第4次評価報告書)。BCの大気中での寿命は1〜2週間程度と二酸化炭素に比べて非常に短いため、その削減が有効な地球温暖化対策の可能性として注目されつつある。

2. ブラックカーボンの削減効果(本研究課題A-1101の背景)

BCの削減は、温暖化対策として有効な手段である可能性が高いと考えられているものの、その効果には大きな不確定性がある。これは、BCなどエアロゾルの放射や雲・降水過程への影響の推定に大きな不確定性があることに起因する。BCの太陽光の吸収に伴う加熱効果(直接効果)は、BCの質量濃度だけでなく、各BC粒子の粒径や混合状態(他のエアロゾル成分がBCと同一の粒子として存在するか)といった物理化学特性に大きく依存する。また、これらの物理化学特性は、BCの直接効果だけではなく、BCが雲粒の核となって雲粒の性質(雲粒子の直径と数濃度)や寿命を変化させることに伴う冷却効果(間接効果)を考える上でも重要である。BCの削減効果の推定には、各BC粒子の物理化学特性を高い精度で把握するとともに、直接・間接効果の相反する効果(BC削減に伴う、直接効果による加熱効果の減少と間接効果による冷却効果の減少)のバランスによって決まる正味の効果を精度良く推定することが極めて重要である。また、各種発生源の排出量削減の影響評価においては、BCとともに排出量が削減される他のエアロゾル成分との相乗効果を評価することも政策立案の上では重要となる。しかしながら、従来のIPCCの評価などで用いられてきた全球エアロゾル気候モデルでは、BCをはじめとするエアロゾルを極めて簡易的にしか取り扱っておらず、その推定には大きな不確定性がある。現在の世界の研究状況は、大気中のBCやBC以外のエアロゾルの数・粒径や混合状態を精度良く測定し、その実態を把握することが必要であるとともに、数値モデルにおいてもそれらのエアロゾルの物理化学特性とその変動メカニズムを理論に基づき精密に計算する必要があることを示している。

3. 本研究課題A-1101の概要

本研究課題は、東京大学理学系研究科、気象研究所、東京大学大気海洋研究所、国立環境研究所、千葉大学の研究チームが共同で進めている。地球温暖化対策としてのBCエアロゾルの削減の有効性を評価するため、まず世界最先端の測定器を用いた地上・航空機観測を行い、BCやBC以外のエアロゾルの粒径分布・化学組成・混合状態・形状などの実態を明らかにする(東京大学理学系研究科、気象研究所、国立環境研究所、千葉大学)。また、それらの高精度の観測を表現できる領域3次元モデルの開発を行う(東京大学理学系研究科)。このような詳細な領域3次元モデルを用いた計算により、アジア域におけるBCの削減効果を初めて定量的に評価することが可能となる。さらに、これらの観測や領域モデルの知見に基づいて全球気候モデルを改良し、グローバル・長期的な削減効果を評価するための計算を行う(気象研究所、東京大学大気海洋研究所)。特に、グローバルスケールでのエアロゾルが気象要素(気温、降水量など)に与える影響の評価を行う。この気候モデルに基づいて、BCの削減効果について初めて俯瞰的で定量的な政策判断の根拠を示すことが可能となる。

fig. 概要

4. まとめ

本研究課題A-1101は、1) 世界最先端の測定技術によるBCや他のエアロゾル成分の観測、2) BCを含むエアロゾルの粒径や混合状態を決める各種のプロセスを物理化学法則に基づいて表現した詳細な領域3次元モデルの開発・検証、3) 観測や領域モデルを基に改良した全球モデルによるBC削減効果の評価、という三点が研究の柱となる。

BCは大気中での寿命が非常に短く、長期的な視点が必要な地球温暖化問題において、削減効果の早期実現が期待できる成分として注目されている。BCや他のエアロゾル成分の削減は、健康被害の改善をもたらすため、大気質の改善という観点でも有効な対策となる。また、BCの削減は、北極域や山岳域の雪氷の減少や降水頻度・パターンの変化(温暖化時に予測されている干ばつや豪雨などの極端な気象現象の増加)を抑制するなど、水循環変動や水災害の対策にも繋がっていく可能性がある。このように、BCの削減は、われわれの生活に密接な部分にも大きな影響を及ぼす可能性がある。その有効性を評価することは、今後われわれが地球環境とどのように向き合っていくのか、その方向性を決めていく上でも重要な課題となることが期待される。

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