2012年11月号 [Vol.23 No.8] 通巻第264号 201211_264005

米国オークリッジ国立研究所における派遣研修の報告

地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員 伊藤昭彦

1. はじめに

派遣研修制度により2011年9月14日から2012年9月13日まで米国テネシー州のオークリッジ国立研究所(Oak Ridge National Laboratory: ORNL、地球環境豆知識参照)に客員研究員として滞在する機会に恵まれました。直に経験した米国南部の風土も交えつつ、研究事情や体験談を報告させていただきます。

2. オークリッジ国立研究所について

ORNLが位置するテネシー州は、日本で言えば東京とほぼ同じ緯度(北緯35度)にあります。地名の由来となったOak(カシ)もそうですが、植生も日本と似通ったものが割合多く、近郊の山々の景観には親近感を覚えたものです。ORNLの原点は、第二次世界大戦中のマンハッタン計画による原子爆弾開発にさかのぼります。それから60年以上が経過しましたが、機密プロジェクトとして始まった名残として、かなりの僻地に位置することは往事と変わりありません。ORNLは敷地面積が150km2に及びますが、現在でも湖沼や山のみどりに囲まれ、通勤途中にウサギ、アライグマ、シカ、シチメンチョウなどの野生動物を目にすることも珍しくありませんでした。生き物に詳しいスタッフが年に何回かエクスカーションを企画しており、それに参加して現地の植物や動物を調べながら野山を歩いたのも良い思い出となりました。

現在、ORNLは約4400名のスタッフが在籍する一大研究拠点となっていますが、第二次世界大戦中の最盛期には科学者・技術者あわせて2万4千人が従事していたそうですから、これでも往事と比べれば5分の1程度の規模とはにわかに信じられませんでした。研究所はオークリッジ市街から9マイル(約15km)ほど離れており、勤務する研究者はオークリッジまたは他の近郊都市から通勤することになります。当然ながら自動車での通勤が主になりますが、少数ながら自転車で通う人々もいました。私も思い切ってオークリッジ市街の自宅からの自転車通勤に挑戦しましたが、予想以上のダイエット効果がありました。また、ORNLは所管がエネルギー省であることから、クリーンエネルギーへの取り組みも進んでいます。例えば、構内にはかなりの規模の太陽電池パネルが設置されており、電気自動車を利用する人は蓄電された電気を無料で利用できるので、かなりのインセンティブになっているように思われました。節電が大問題となっていた日本と比べて、米国は(CO2削減の自主目標はあるものの)おしなべて節電意識は高くはないようでした。それでもORNLの照明にはトイレだけでなくオフィスでも感知センサーが付いており、一定時間に人間の動きが検出されないと自動で切れるようになっているなど、さまざまな取り組みを行っていました。

3. ORNLでの研究

私が在籍していたのは、ORNL内に数年前に新設されたClimate Change Science Institute(CCSI)でした。ここは、気候変動に関した研究を行っている気候モデル、生態学、社会経済学、そしてデータベースの研究者を所内から集めて同じビルで働かせることでよりスムースな連携を狙ったものです。お気づきのように、これは国立環境研究所における地球環境研究センター(CGER)と非常に似通った性格をもっており、その意味でも興味深い滞在でした。しかし、もともと個人主義の強い米国のこと、CCSIを設立したからといって内部で飛躍的に共同研究が進んだかというと、そうとも言い切れないようでした。それでも、折に触れ開かれるセミナーでは、上記のように多様な分野から発表が行われて刺激を得ることができました。概してどの研究者もマイペースで仕事をしており、伝え聞いていたとおり夕方5時くらいまでにはほぼ全員が帰宅してしまいます。そして休日には趣味や近隣の世界的に名高いグレートスモーキー国立公園(写真1)を散策するなど、quality of lifeの高さに羨望を禁じ得ませんでした。

photo. グレートスモーキーマウンテン国立公園

写真1近郊のグレートスモーキーマウンテン国立公園の景観

ORNL滞在中には、研究面でも、国内にいてはできないようなことに挑戦する機会がありました。その一つがモデル相互比較に関する国際プロジェクトへの参加です。現在、各科学分野でモデルが使用されていますが、それらは使用するデータや数式表現の違いにより、推定結果に相当の差が出ることがままあります。そこで、入力データと計算手順を統一した条件で、異なるモデルによる推定結果を統計的に相互比較する活動(Model Intercomparison Project: MIP)が行われています。単にモデル出力を提供するだけでも、標準の形式や手順に従って計算を実施し、期日までにデータを送付しないといけないので、業務に追われる状態ではMIPへの参加はなかなか厳しいものがあります。しかし、他の研究グループと比較して自分のモデルがどのような位置づけにあるかを確認できますし、現在のモデル推定に含まれる不確実性の原因を特定するために必要な作業でもあります。ORNL滞在中には、東アジア地域の炭素収支(CEA-MIP)、アジア地域の乾燥地プロセス(AD-MIP)、マルチスケールの陸域炭素収支(MsT-MIP)、セクター別の気候変動影響評価(ISI-MIP)の四つのMIPにほぼ並行して参加しました。特にMsT-MIPは、ORNLでのホスト研究者であるMac Post博士(写真2)がコアメンバーの一人を務めており、入力データも彼の下で働くポスドク数名によって整備されていました。そのため文字通り密接に連携をとり、随時ミーティングに参加しつつ作業を進めることができました。滞在中の2012年5月にはORNLにおいてMsT-MIPのワークショップが開催されましたので、それに参加し欧米を中心とする各国の陸域モデル研究者と交流を深めることができたのは大きな収穫でした。これらMIPを通じた連携は帰国後も何とか時間をとって継続していきたいと考えています。

photo. Mac Post博士

写真2打ち合せのため訪問した国立環境研究所研究者らと。左から仁科一哉(特別研究員)、飯尾淳弘(特別研究員)、Mac Post博士、伊藤昭彦(主任研究員)、安立美奈子(特別研究員)。ORNLスーパーコンピュータ施設にて

派遣研修中には、陸域探査に関するNASAのワークショップ(ヴァージニア州アレキサンドリア)、米国地球物理学会(サンフランシスコ)、米国気象学会の微気象セクション会合(ボストン)、米国生態学会(オレゴン州ポートランド)などに参加しました。いずれもORNLからは “国内出張” ですが、日本から全て参加するのは大きな負担になったことでしょう。とはいえ広い米国のこと、例えばORNL最寄りの空港(ノックスビル)からサンフランシスコには直行便が無いため、乗り継ぎ時間を合わせると8時間ほどかかり、日本から太平洋を越えて来るのと大差なかったりします。また地域性の多様さに驚かされました。今回の研修までは、正直に言って、米国はどこも大差ないだろう、つまりどの都市も同じようなレストランやショップやホテルチェーンが軒を連ねていて個性に乏しいという先入観がありました。ですが、それは学会などで都市域に何回か短期間出張した体験に基づいた思い込みに過ぎませんでした。実際に1年ほど “滞在” してみると、“出張” では見えなかった人々の生活が見えてきて、その奥深さや多様さに徐々に気付いていくことになりました。

4. おわりに(雑感など)

テネシー州は米国留学経験のある方にうかがってすら、言われても場所を正確に思い出せないほど、一般には田舎の州というイメージがあります。歴史的には南北戦争に敗れて以来、南部は政治的にも経済的にも取り残された部分があり、特にアパラチア山脈周辺は失業や貧困が大きな社会問題となっていました。テネシー川流域開発公社(TVA)などの対策が行われたものの、日本の過疎問題とはまた異なる、地域特有の問題はまだ残されているようでした。そういうこともあり、渡航前は治安や差別の問題が心配事の一つではあったのですが、いざ住んでみると人々の温かさ(Southern Hospitalityという言葉もあります)に触れて感激することも多かったです。米国は言わずと知れた車社会ですが、自動車の運転は意外なことにテネシーの人々の方がずっと安全指向でした。それは、南部気質と呼ばれる気性もあるのでしょうが、道や進路を譲り合うことがマナーとして定着していることが大きいと思います。また、地元の音楽(Blue Grassなど)が生活に染みついていることも印象的でした。各集落の公民館では、折に触れ人々が集まってBlue Grassの演奏を楽しんでいましたし、レストランで即興コンサートが開かれているのも度々目にしました。テネシー州内にあるメンフィスはBlues、ナッシュビルはCountry & Westernと特色ある音楽の都となっています。

海外留学をするのは、実は学生時代からの夢でしたので、この歳になってそれが適うのは望外の喜びでした。おそらく一度きりの機会だと思いますが、テネシーとORNLを研修先に選んだことは、いろいろな意味で正しかったと思います。このような機会を与えて下さった国立環境研究所、不在中のご不便をお許し下さった皆様、そして僻地を承知で付いてきてくれた家族に感謝いたします。今後は、この研修の成果を活かせるよう研究に邁進していきたいと考えています。

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