2012年12月号 [Vol.23 No.9] 通巻第265号 201212_265003

気候変動対策における熱帯林炭素循環研究の役割

地球環境研究センター 炭素循環研究室 主任研究員 梁乃申

国立環境研究所では、熱帯林に関する研究成果を共有し今後の方向性を議論するため、平成24年9月25日と26日に東京で「東南アジア熱帯林の多様性と気候変動に関する国際シンポジウム」を開催した。シンポジウムにおいて筆者は、パソ保護区(マレーシア国半島部ネグリセンビラン州)を中心に、東南アジアの熱帯林における長期観測データに基づいて、気候変動に対する熱帯林炭素循環の応答メカニズムを発表した。特に、伐採や土地利用変化による土壌炭素の動態からREDDクレジット(REDD+プロジェクトおよびその実施による温室効果ガス排出削減・吸収量が、クレジット登録機関で認証されたものをいう)を推定し、熱帯林の持続可能な管理法を改善することの有効性を報告した。

photo. 講演風景

筆者による「東南アジア熱帯生態系の土壌炭素動態とREDDクレジット」の講演風景

以下に気候変動における熱帯林の重要性について解説する。

1. 熱帯林と気候変動

熱帯林は全陸域面積のわずか7%を覆うにすぎないが、地球上の生物種の半数以上が熱帯林地域に生息し、世界で最も多様な動植物を含む生態系が作り上げられ、生物多様性の観点から「種の宝庫」と呼ばれている。また、高い生産性機能をもつ熱帯林は、全陸域上の総一次生産量(植物の光合成による大気中のCO2の吸収量[Gross Primary Production: GPP])の約35%であり、また炭素ストックとしては、全球の植物バイオマスの約57%を占めている。そのため、地球規模の炭素循環という点では最も重要な役割を担っている生態系であるといえる。しかし近年、熱帯地域では無秩序な商業伐採、アブラヤシやゴムなどのプランテーション開発、農牧畜地域への土地利用の転換、伝統的慣行に従わない略奪的な焼畑やエルニーニョ現象に伴う大規模森林火災などによって、年平均約1,500万ヘクタールの速度で熱帯林の減少・劣化が進み、生物多様性、地球環境そして地域住民の生活に深刻な影響が現れている。例えば、IPCC第4次評価報告書によると、世界全体の人為起源の年間CO2排出量の約2割(15億tC)は、熱帯林を中心とした森林減少・劣化に起因するものである。したがって、多様な生物の生息地であり地球規模での気候形成に重要な役割を果たしている熱帯林を保全することの重要性は明白である。

2. 熱帯林の炭素循環

熱帯林は、世界最大の陸上の炭素吸収源の一つであり、年間約16億tの炭素を吸収している(FRA 2010)。アジア太平洋地域の熱帯林の面積は全熱帯林の面積の15〜16%にしか過ぎないが、1970年代における国際生物学事業計画(International Biological Program: IBP)の報告書によれば、この地域における年間の炭素吸収量は約6億tであり、全熱帯林の炭素吸収量の約37.5%を占めている。一方、炭素の放出源として見れば、土壌微生物や小動物の有機物分解(微生物呼吸)と植物根の呼吸(根呼吸)を合わせた「土壌呼吸」により、熱帯林の土壌からは大量のCO2が大気中に放出されている。近年Nature誌に掲載された論文によれば、2008年における全球の土壌呼吸量は年間約980億tCと推定され、1989年〜2008年の20年間で、地球温暖化によって土壌呼吸量は年間約1億tCの速度で上昇したとされている(Bond-Lamberty and Thomson, 2010)。また、熱帯域の土壌有機炭素量は全陸域の土壌炭素量(約15,500億t)の約20%(約3,100億t)であるが、その土壌呼吸量は全球の土壌呼吸量の約67%(657億tC)を占めている。熱帯域の年間土壌呼吸量は、人為起源の炭素放出量(年間72億t)の約9倍にも相当し、全陸域生態系の正味の炭素吸収量(年間10億t)の約66倍に相当する量であると示唆されている。したがって、気候変動や森林減少・劣化によって熱帯林における土壌呼吸の速度が変動すれば、大気中へのCO2放出量の変化を介し、全球レベルの炭素循環も著しい影響を受けることになる。なお、最近Science誌に発表された論文によれば、特に東南アジア熱帯林において観測データが圧倒的に不足していることから、全熱帯林炭素循環の推定結果の誤差が大きいことが指摘されている(Pan et al., 2011)。

3. 熱帯林にかかわる気候変動対策

近年、熱帯林保全へ向けた持続的管理の手法がさまざまな地域で模索されているにもかかわらず、森林の減少・劣化の速度に歯止めはかかっていない。こうしたなか、熱帯林を中心とした途上国における森林減少・森林劣化防止による温室効果ガスの排出削減に関して、森林の持続可能な管理、森林の炭素蓄積の保全および強化活動をプラスしたREDD+(Reducing Emissions from Deforestation and forest Degradation; and the role of conservation, sustainable management of forests and enhancement of forest carbon stocks in Developing countries)は、2013年以降の気候変動対策に関する制度枠組みの重要な柱の一つと考えられている。そして、熱帯林炭素ストックの現状把握および劣化のメカニズムの解明、特に人為活動が熱帯林の炭素動態に及ぼす影響を評価することは国際的な急務となっている。そこで、炭素循環の観測データからREDDクレジットを試算し、科学的根拠を提供することで、熱帯林管理法の改善によるREDD+の有効性評価を向上させることが期待される。

4. 国立環境研究所における熱帯林研究新体制

国立環境研究所(NIES)では、平成2年度にマレーシア森林研究所(Forest Research Institute Malaysia: FRIM)、マレーシアプトラ大学(University Putra Malaysia: UPM)との間でNIES-FRIM-UPM協定を結び、マレーシア国半島部ネグリセンビラン州のパソ保護区の天然低地熱帯林を中心に生物多様性や炭素循環の研究を行ってきた。平成22年度には「熱帯林における土壌呼吸を中心とした炭素循環モニタリング」、平成23年度には「熱帯林における生態学的研究等のためのパソの観測研究拠点化の推進」という研究課題を立て、パソを熱帯林研究拠点として強化・活用してきた。これらにより、熱帯林の多様性や物質循環の維持機構、気候変動による熱帯林生態系への影響とそのフィードバック効果を解明する基礎的研究等を継続的に実施し、科学的知見を蓄積しようとしている。

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