2013年2月号 [Vol.23 No.11] 通巻第267号 201302_267008

2012年度ブループラネット賞受賞者による記念講演会 1 気候変動の大胆な解決法

Dr. Thomas E. Lovejoy(トーマス・E・ラブジョイ)さん
(ジョージ・メイソン大学環境科学・政策専攻教授)

2012年度のブループラネット賞受賞者であるウィリアム・E・リース教授(ブリティッシュ・コロンビア大学教授、カナダ王立協会[FRSC]フェロー)とマティス・ワケナゲル博士(グローバル・フットプリント・ネットワーク代表)および、トーマス・E・ラブジョイ博士(ジョージ・メイソン大学環境科学・政策専攻教授)による記念講演会が、2012年11月2日、国立環境研究所地球温暖化研究棟交流会議室で行われました。講演内容(要約)を2回に分けて紹介します。

ブループラネット賞および受賞者の略歴については旭硝子財団のウェブサイト(http://www.af-info.or.jp)を参照してください。

2012年6月、世界の国々は再びリオデジャネイロに集まり環境問題について議論しました(国連持続可能な開発会議:リオ+20)。その会議で、有名なPlanetary boundaries analysis(地球の限界分析)の図に参加者の関心が高まりました。その図表は十分なデータが揃っている環境指標のうち、窒素循環、気候変動、生物多様性が既に限界を大幅に超えていることを示しています。私は、その一つである窒素循環の異常については正しく評価されていると考えています。もう一つの気候変動については過小評価されていると思います。その理由についてこの講演で理解していただければと思います。そして、生物多様性が他の二つの要素より大幅に限界を超えていることも理解できます。生物多様性はすべての環境問題の影響をまとめて受けるものですから、当然、このような結果になるのです。

photo. Dr. Thomas E. Lovejoy

1896年にスウェーデンの科学者スヴァンテ・アウグスト・アレニウス(Svante August Arrhenius)は非常に重要な疑問をいだきました。「なぜこの惑星は人類や他の生命体にとって好適な温度なのだろうか? なぜ寒すぎないのか?」彼の明晰な答えは「温室効果ガスがもたらす温室効果によって地球が暖められるから」でした。

しかし、そのとき彼は地球の過去数百万年の気候変動の歴史について、特に過去1万年間は異常なほど安定していたことについては知りませんでした。この1万年の間、安定した気候のもとに、農業が開始され、人間による開拓が始まりました。同じ1万年間に、すべての生態系は気候に適応してきました。しかし今、人間は大気への二酸化炭素(CO2)の放出によりその気候を変えつつあります。地球の気温は産業革命前に比べて0.8から0.9℃高くなっています。

自然界に見られる変化

CO2の放出とそれに伴う気温上昇により、自然界ではどのような変化が起きているのでしょうか。

湖では秋の結氷時期が遅くなり、春の解氷時期が早まっています。世界の多くの地域で、氷河の減少がみられ、アメリカのグレイシャー国立公園のグレイシャー(氷河)は近いうちに名ばかりとなるでしょう。

熱帯では、キナバルやキリマンジャロの山頂に氷河がありますが、これも15年以内には消失する速度で減少しています。水温の上昇による膨張だけでなく陸上で溶けた水が流れ込むことにより海水面が上昇しています。

そして、数が増えるだけでなく、さらに強力な熱帯性の竜巻が発生する懸念もあります。その科学的根拠はまだ確実に解明されてはいませんが、その傾向があることがわかっています。アメリカの西部と南西部で山火事が増えていることも明らかです。

生物に起きている変化

日本でも同じような現象が起きていることと思いますが、植物の生活史に変化が起きており、アメリカ北東部ではライラックの開花時期が早まっています。英国王立植物園のキューガーデンでは多くの植物種の開花が早まっています。動物にも変化が起きています。北アメリカでは、ツバメの渡りの時期、巣作りの時期、そして卵を産む時期が早まっています。移動をやめてしまった渡り鳥もいます。

もっと重大なのは、生物の生息場所の変化です。北アメリカで、最もよく研究されているチョウ2種のうちの一つ、Edith’s Checkerspotは好適な環境を求めて北へ、そして標高の高いところへ移動していることが明らかになっています。カリフォルニア州では、ジョシュア・ツリー(Joshua Tree)がジョシュア・ツリー国立公園の外に移動しています。

このような変化は陸地だけでなく海洋でも起こっています。魚類やプランクトンの分布が変化しています。北アメリカ最大の湾口であるチェサピーク湾では、アマモ(eel grass)が水温上昇にとても敏感であることがわかりました。この種は年々北に生育場所を移動しています。

さらに、変化は熱帯地域でも見られます。コスタリカのモンテベルデにある有名なクラウド・フォレストでは水分量の98%を雲からの供給に依存しています。しかしモンテベルデでは乾燥した日が増えており、雲は以前より高標高地で作られることが多くなりました。雲から供給される水分を基盤とした生態系では問題であることは間違いありません。

ここまでのお話は単なる一例や逸話ではありません。現在、世界のあらゆる場所で自然が気候変動の影響で変化していることが、統計的にも明らかになっています。しかし、これらは生き物に起きているさざ波程度のものでしかありません。本当の課題は、この先地球はどうなっていくのか、ということです。

この先、地球はどうなっていくのか

種の生息に適した気候条件がわかれば、今後の変化が予測できます。アメリカ北東部でよく見られるサトウカエデは、CO2濃度が産業革命前の2倍になる頃には、カナダでしか見られなくなるということがコンピュータモデリングの結果で示されています。

変化は気温だけではありません。陸上生物にとって重要な物理的要因である気温と水分量、水生生物にとって重要である気温とpH(酸性度)にも変化が出ています。サケ科魚類など、冷たい水の中に生息する種も影響を受けます。また、標高の高いところに生息する生物の多くは、より高いところに移動していきますが、これ以上移動できないというところまで行ってしまうと大変なことになります。

沿岸の生物は海面上昇に影響を受けます。フロリダキーズのように海抜の低い島の生物は、島そのものを失います。歴史的に氷と密接にかかわってきた種ももちろん深刻な影響を受けます。ホッキョクグマはそのほんの一例に過ぎません。

過去の気候変動では、生物多様性が大幅に損なわれるということはありませんでした。しかし、過去と現在の大きな違いは、人間活動によりランドスケープ(土地利用・地形)が大きく改変され、ほとんどの生息地が分断されているということです。以前なら気候の状況に応じて生物が移動できた経路が今は人間により分断され、移動が困難になっています。

さらに気候変動が進むと、現在の生態系が崩壊し、残った種が想像のできない新たな生態系を作るでしょう。ヨーロッパ最後の氷河が後退した後の哺乳類3種、樹木2種、昆虫1種の移動の様子を分析した結果、共通のパターンが見られなかったことからも推測できると思います。

また、コンピュータモデルでは、気候変動は直線的で徐々に起こることが想定されていますが、実際の気候システムはそのようには機能しません。

気候変動の影響は過小評価されている

さらに、私が「システムチェンジ」と呼んでいる大規模な変化が起きています。その一つがアマゾン流域での水の循環に起きています。

熱帯大西洋から運ばれる水分がアマゾン流域に入り、循環しながら流域内の降雨の約半分の供給源となります。最終的にはアンデス山脈の高い壁にぶつかって雨に変わりアマゾン川水系に入ります。一部は川をそれてアマゾン川の南に降り、とりわけブラジル有数の農業地帯をはじめ、アルゼンチンの北部までの幅広い地域に雨をもたらします。

最近の解析の結果、森林破壊、焼畑、気候変動が組み合わさり、アマゾン地域の南部と東部で乾燥状態になる、という予測が出ています。これは生物多様性だけでなく、アマゾン地域に暮らす人々にとっても大きな問題です。ただ、積極的な森林再生に取り組むことにより、状況は改善することができます。

2005年まで見過ごされてきたもう一つの大きなシステムチェンジは、過剰なCO2が海水に溶け込んで起こる海洋酸性化です。現在、海洋中の酸性度は産業革命前よりも高くなっています。海洋酸性化は、既に小さな巻貝やサンゴをはじめとする生物に影響を与えていることがわかっています。

ここまでのお話から一つ重大な結論が見えてきます。それは国際交渉の場で温室効果ガス濃度の安定化目標の上限として設定された大気温度の上昇2℃/CO2濃度450ppmという値は高すぎるということです。0.8や0.9℃の上昇で、生物多様性には既に劇的な変化が起きているのですから、その2倍の上昇が起きたらさらに深刻な変化が起きるでしょう。したがって上限値を気温上昇1.5℃/CO2濃度350ppmに抑えるべきだと私は考えています。その場合、世界のCO2排出の増加は2016年を境に減少に向かわせねばなりません。

生態系の助けを借りる解決法

良いニュースは、これらの問題についてできることがある、ということです。たとえば、保全策の見直しや温室効果ガスの制限です。保全策については、ランドスケープの自然な連続性を取り戻すことで、生物がより移動しやすくなるようにし、他の悪影響を抑制することもできます。エネルギー問題にも、緊急性をより高めて取り組むことはできるはずです。熱帯林の伐採により排出されるCO2についても最小限にできるはずです。

2℃の気温上昇を回避するためにはさらに検討すべき課題があります。

現在、化石燃料の燃焼と熱帯林伐採によりCO2が排出され、その約半分が大気へ、残りの半分がそれぞれ陸地と海洋にほぼ均等に吸収されます。この流れを変えなくてはなりません。

温室効果ガスは大気中に長期にわたり残存し、放射熱を閉じ込めてしまいます。CO2を大気から取り除くことができれば、自然と温暖化も抑制することができます。

そこで地球の生物を使ってCO2を取り除き、気候変動を抑え、生態系、生物多様性、そして人類への影響を緩和することが挙げられます。

地球のこれまでの歴史の中で、CO2濃度が非常に高くなったことが二度ありました。しかし驚くべきことに、その両方において、生物の活動によって産業革命以前のレベルまで下がっています。濃度の低下をもたらしたのは、植物の光合成の力だけではありません。地球上に土壌が生まれ、土壌中の無数の生物の働きが加わって初めて可能になりました。

現在の大気中のCO2の余剰分の大部分は3世紀にわたる生態系破壊の結果です。地球全体で生態系の復元を行えば、50年間で大気中のCO2濃度を最大50ppm減らせる可能性があります。今後人口増加により農産物の生産性を上げなくてはならないことを踏まえても、これは実現可能です。森林を再生して適切に管理し、さらに草原と放牧地も復元と管理の向上を行えば、炭素の大幅な削減が図れるでしょう。また、農業においても、炭素を放出するのではなく蓄積するようなシステムを採用することも大いに役立ちます。

青い地球は緑の地球でもある

最後に、ブループラネットはグリーンプラネットでもあるということを強調したいと思います。私たちは生態系がもつ生物の力で、人類が立ち向かわなければならない気候変動の問題を緩和することができます。つまり、生物の力を借りて、この惑星を人間やその他の生命体にとって暮らしやすい場所にするということができるということです。

生物・生態系環境研究センターウェブサイト(http://www.nies.go.jp/biology/Events/BPP2012.html)に掲載されたものを同センターの許可を得て地球環境研究センターニュースに転載しました。

目次:2013年2月号 [Vol.23 No.11] 通巻第267号

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