2013年7月号 [Vol.24 No.4] 通巻第272号 201307_272007

「地球温暖化研究の最先端を見に行こう」春の一般公開における講演会概要 4 実現可能な低炭素社会像の提案に向けて:統合評価モデルによる日本低炭素社会デザイン

増井利彦 (社会環境システム研究センター 統合評価モデリング研究室長)

地球環境研究センター 交流推進係 高度技能専門員 今井敦子

4月20日(土)に行われた科学技術週間に伴う国立環境研究所一般公開「春の環境講座」において、地球環境研究センターは、社会環境システム研究センターとの共催による講演会「地球温暖化研究の最先端を見に行こう」を行いました。講演内容(概要)をご紹介します。なお、野尻幸宏さん、横畠徳太さん、高橋潔さんの講演内容(概要)は地球環境研究センターニュース2013年6月号に掲載しています。

私の講演タイトルは「日本低炭素社会デザイン」となっていますが、どういうふうにデザインするかというより、低炭素社会の実現をみなさん自身の問題として考えていただくための話題提供をしたいと思います。

photo. 増井室長

国際的な動きと日本の取り組み

世界の平均気温の上昇を、産業革命以前と比較して2℃以下に抑えることが一つの国際的な合意事項になっています。そのためには2050年までに世界全体の温室効果ガス排出量を1990年と比べて半分に減らすことが必要です。その場合、一人あたりの温室効果ガスを等しい量だけ排出していいと仮定すると、世界中のすべての人が一人あたり年間2トンに抑えなければなりません。日本は現在平均10トンの温室効果ガスを排出していますから1/5に減らさなければなりません。

温室効果ガス排出量を一人あたり2トンに抑えなければならないというのは、2010年の気候変動枠組条約第16回締約国会議(COP16)におけるカンクン合意[注]による長期的な共有ビジョンに基づいて計算される値です。日本は国際的な取り決めである京都議定書第二約束期間(2013年1月1日〜2020年12月31日)に不参加を表明しています。温暖化の進行は日本で震災や原発事故があったからといって止まってくれるわけではありません。また、世界の温暖化交渉は、日本を待ってはくれません。日本は、2020年以降に向けて、大幅な温室効果ガス排出削減が要求される可能性もあります。京都議定書第二約束期間に参加しませんが、地道に国内外の温暖化対策に取り組み、温室効果ガス削減に貢献することが必要です。

これまでの取り組みについて簡単にご説明します。1997年に京都で開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)で京都議定書が採択され、第一約束期間(2008〜2012年)における日本の温室効果ガス排出量は1990年比6%減と決まりました。2008年からは第一約束期間後の削減目標に関する国内の議論が延々と行われています。

日本は不幸なことに2011年3月11日に東日本大震災があり、それに伴って福島第一原子力発電所の事故が起こりました。こうした状況を受けて2020年の温室効果ガスの削減目標の見直しが求められています。2013年4月現在、原発の稼働率ゼロを見直すことが政府の方針です。しかし具体的な数字はほとんど決まっていません。今回紹介する内容は、2012年6月に出された革新的エネルギー・環境戦略(エネルギー・環境会議)による試算をもとにしていますのでご注意下さい。

2030年の家庭の電気代が、原発ゼロのケースでは2倍になる?

革新的エネルギー・環境戦略では、2050年までに削減する温室効果ガスの排出量は第四次環境基本計画と変わらず80%となっています。2020年では、1990年比5〜9%削減、2030年では、1990年比概ね2割削減という数字が出されました。安倍内閣になって見直すことになっていますから、この数字は変わってくることになります。しかしこの試算が発表されたときに報道で大きく取り上げられたのは、2030年の家庭の電気代が、原発ゼロのケースでは2倍になるというものでした。

試算するときに、私たちはモデルを使っています。モデルは過去の実績を踏まえてコンピュータ上で計算します。私たちは、いろいろな経済活動、人々がどれくらい物を買っているのか、どのような物を使って生活しているのかなどを計算するモデルを作っています。そのモデルを用いて、2020年、2030年、2050年に社会経済活動やそれに伴って排出される温室効果ガスがどういう状況になっているのか、さらには温室効果ガスがどれくらい削減できるのかを推計していきます。将来予測について計算する際にいろいろな前提を置きますが、その前提となる数字は過去の延長線上にあるのか、あるいはは将来こう変化しなければならないという考えに基づいて設定するのかによって大きく答えが変わります。つまり、結果の裏側にある前提をきちんと把握、理解することが必要です。

2030年の家庭の電気代が原発ゼロのケースでは2倍になるという結果も、計算したそれぞれの機関ごとに前提が異なります。国立環境研究所の試算では、省エネが進むことを前提としてモデルに組み込むと、原発ゼロのケースで電気代は1.4倍くらいになるという結果が出ました。これに対して2倍になるという計算結果を出している機関では、電力価格が上昇しても省エネが現状以上には進まないという前提で計算しているようです。新聞記事では省エネがどれくらい進んで電気代が2倍になるという情報までは示されていませんから、2倍というところだけがクローズアップされてしまいました。

温暖化対策による省エネメリット

国立環境研究所の試算によると、いろいろな温暖化対策を加えていくとGDPは下がりますが、太陽光パネルの設置やハイブリッド車導入などの投資が増えるようになります。温暖化対策にお金はかかりますが、省エネメリットがあります。省エネのための追加投資額(省エネを実現するために追加で支払う金額)とその省エネメリットについて推計したところ、いろいろな機器の耐用年数を考慮すると、温暖化対策をすることによるコストよりも省エネによるエネルギー費用の軽減の方が大きくなり、むしろ「お得」だということがわかりました。短期的に温室効果ガスを大幅に削減するような対策は困難ですが、耐用年数を考えて高効率の機械を導入すれば、省エネによる大幅な温室効果ガスの削減につながります。これから機械を買い替えるという方はより高効率のものを選択していただければと思います。

fig. 省エネメリット

温暖化対策をどう進めるか

産業革命以前の水準から世界の平均気温上昇を2℃以下に抑えるという長期的な目標については、温暖化防止の観点から変更はありません。対策にかけられる時間が長いほど、時間を有効に活用し、効果的な対策を実施することができます。

短期的には無理のない、賢い対策が重要です。あまりに節電をやりすぎて病気になってしまったら本末転倒です。ご自身で楽しい対策を見つけて、長く取り組んでいただけるようにして下さい。最初の野尻さんの講演で、日本の温室効果ガスの排出量は家庭および業務部門で増えているとのお話がありました。これは発電からのCO2排出量が増えているからです。特にここ1、2年の排出量の増加は福島第一発電所の事故の影響が大きいといえます。

では、震災後に取り組んできた節電は無駄だったのでしょうか。震災前と震災後の発電電力量を比較すると、夏のピークで10%くらい削減できています。みなさんの節電がなかったらもっとCO2排出量は増加していました。ですから、自分一人が節電してもあまり効果がないと思わずに是非とも取り組んでいただきたいのです。そのためにも自分がどれくらいエネルギーを消費して生活しているのか、どのような機器にエネルギーを多く使用しているかを把握していただければと思います。

私自身の生活でのエネルギーの消費量について調べてみました。研究所の制度を利用してアメリカに滞在していた9か月間は、日本にいたときよりも電力の消費量が多くなりました。アメリカでは部屋の広さやオール電化など日本での生活と違うために単純な比較はできませんが、電力の消費量がまったく違うことを実感しました。生活のどういうところでエネルギーを使っているかが把握できると、対策がとりやすいと思います。地道な一つひとつの対策が今後の温暖化防止につながりますので、是非ご協力をお願いいたします。

脚注

  • 2011年11月末から12月にかけてカンクン(メキシコ)において国連気候変動枠組条約第16回締約国会議(COP16)が開催され、産業化以前の水準から世界平均気温の上昇が2℃以下に抑える観点から、温室効果ガス排出量の大幅削減が必要であることを認識した。

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