2013年9月号 [Vol.24 No.6] 通巻第274号 201309_274001

定点カメラの連続撮影による高山生態系の融雪および植生の季節変化を検出する観測方法の開発 (山小屋との連携による高山生態系長期連続観測の実現)

  • 地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室 高度技能専門員 井手玲子
  • 環境計測研究センター 環境情報解析研究室 主任研究員 小熊宏之

1. 背景

近年、温暖化の影響による高山植物の種類や生育場所、開花時期などのさまざまな変化が世界各地で報告されています(参考文献1)。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)においても気候変動に対する高山生態系の脆弱性が指摘され、長期的なモニタリングの必要性が世界的に認識されています。

ハイマツやライチョウなど貴重な動植物がみられる日本の中部山岳地域は、世界有数の豪雪地帯であり、気候変動による積雪量や融雪時期の変化は高山の生態系に影響を与えると考えられます。しかし、高山帯はその厳しい自然条件とアクセスの難しさから、これまで詳細なデータを広範囲で連続的に取得することが困難でした。従来の地上調査は、多大な労力を要するうえに調査地点や期間が限定されてしまいます。一方、人工衛星による観測では、広い地域を反復的に調査することができるものの、雲や霧の発生しやすい山岳地域では観測可能な日が多くありません。

これらの弱点を補う高分解能のモニタリング手法の一つとして、近年、デジタルカメラの利用が注目されています。多くの山小屋ではすでにインターネットを通して登山客に情報提供を行うライブカメラが設置されています。国立環境研究所では、山小屋との連携によりこれらの画像を有効利用し、世界に先駆けてリアルタイムで多地点から高山生態系のモニタリングを行っています(小熊宏之「観測現場から—北アルプス上高地周辺— ブロードバンド化が進む高山帯」地球環境研究センターニュース2012年7月号)。

本研究では高山生態系の経年変化の抽出とその要因の解明のため、定点カメラの連続撮影による時系列画像を用いて、融雪過程と植生の季節変化(フェノロジー[1])を定量的に検出する画像解析アルゴリズムを開発しました。

2. 研究方法

標高3000m級の山々が連なる北アルプスを研究対象とし、立山室堂山荘およびNPO法人北アルプスブロードバンドネットワーク(燕山荘、涸沢ヒュッテ、涸沢小屋および北穂高小屋)の協力の下、合計5か所の山小屋に設置されたカメラを利用し(図1)、2008年から2011年まで毎日1時間おきに撮影された画像を解析しました。画像は30万画素のJPEG形式ファイルに保存されています。立山では2010年から2100万画素の高解像一眼レフカメラを設置し、さらに詳細な観測を行っています。

融雪の検出は、画像に含まれる各画素の赤緑青の色を表す値(RGB値)を元に、対象画素の積雪の有無を統計的に判別しました。植生の生育期間の推定には、各画素のRGB値から植生の緑色の濃さを表す指標の一つであるGreen Ratio(GR[2]、参考文献2)を算出し、植生の季節変化に伴うGRの増加率(減少率)から生育開始日(終了日)を推定しました。ここで生育期間とは、光合成活動の可能な期間と定義し、常緑性植物については融雪から秋の降雪まで、落葉性植物については開葉から落葉までの期間としました。

fig.

図1(a) 観測対象(撮影地点):立山(室堂山荘)、燕岳(燕山荘)、涸沢岳(涸沢ヒュッテ)、前穂高岳(涸沢小屋)、槍ヶ岳(北穂高小屋)、(b) 室堂山荘カメラ(Canon, EOS 5D MarkⅡ)、(c) 北穂高小屋カメラ(Victor, TK-S810)

3. 研究成果

(1) 融雪過程の定量的な把握

積雪の有無を自動的に判別するとともに、一部の誤判別の原因となる雲の影や霧の影響を除外した結果、積雪画素を精度よく検出し、対象領域中の積雪画素の割合の変化から融雪過程を表すことが可能になりました(図2)。

その結果、融雪時期は地形の凹凸や斜面方位によって異なることがわかりました。また、立山と涸沢岳では2009年の融雪が2008年や2010年よりも早い傾向が見られましたが、他の3か所では明らかな年次間差は認められないなど、融雪過程を定量的に表すことにより、融雪の年変動や局地的な特徴を客観的に比較できるようになりました。

fig.

図2各地点において6月30日ごろに撮影された画像とその解析対象範囲(左、赤枠内)から検出された積雪画素(中央、ピンク色部分)、および積雪画素の割合の変化(右)

(2) 植生の生育開始日等の分布

春から夏の画像中の各画素のGRの増加率から、立山における2009年と2011年の植生の生育開始日を面的に推定しました(図3a, b)。図の赤い部分ほど早く、青い部分ほど遅く生育開始したことを表しています。

2011年は2009年に比べて全体的に生育開始が遅く、8月の残雪が多かったことがわかりました。時系列画像に見られるように(図3c–j)、植生の生育は山頂付近や地形の盛り上がった部分のハイマツ(図3の赤色部分)から始まり、次にその周辺の落葉性低木やササ(同黄)、続いて緩やかな斜面(同緑)から谷筋の草本類(同青)へと、雪融けに伴って徐々に進行する過程が明らかになりました。

fig.

図3立山における (a) 2009年と (b) 2011年の生育開始日の空間分布(解析期間は5/25–8/4)。(c–f) 2009年と (g–j) 2011年に撮影された画像。カラーバー上の記号はそれぞれの画像の撮影日を示す

同様に、秋の連続画像の各画素のGRの減少率から立山における2011年の生育終了日を推定し、その分布を示しました(図4a)。

さらに、生育終了日と開始日の差から植生の生育期間を算出した結果(図4d)、1年間の生育期間は、主に雪融け時期の影響を受け、植物種の違いによって約40日から120日まで大きく異なることが判明しました。

fig.

図4立山における2011年の (a) 生育終了日と (b, c) 撮影された画像。カラーバー上の記号は画像の撮影日を示す。(d) 生育期間の空間分布

4. 今後への期待

本研究では、膨大な量の画像から各画素のRGB値を自動処理し、融雪過程と植生の生育期間の空間分布を植生の群落や種レベルという高解像度で示すことに初めて成功しました。カメラを利用したモニタリング手法により、従来に比べて格段に少ない労力で詳細なデータを高頻度に収集することが可能になりました。今後さらにカメラを増設し、観測地域の拡大を目指しています。

今回の研究結果からも明らかなように融雪やフェノロジーはその年や地点間で大きな変動を示すため、温暖化の影響を評価するためには長期間の観測が必要です。本研究で開発した方法は、多地点における複数年のデータを統一的な基準で客観的に比較し、その変化の検出に役立ちます。今後、現地調査による検証に加え、地理情報や気象情報を重ね合わせることにより、フェノロジーの挙動とその要因の解明など高山生態系の理解に貢献するものと期待されます。

撮影された画像は高山生態系のモニタリングに用いるほか、多くの方々に関心を持っていただけるよう、ウェブサイトから公開するなど情報提供を行っていく予定です。

参考文献

  1. Walther G.R., Post E., Convey P., Menzel A., Parmesan C., Beebee T.J.C., Fromentin J.-M., Hoegh-Guldberg O., Bairlein F. (2002) Ecological responses to recent climate change. Nature, 416, 389–395.
  2. Ide R., Nakaji T., Motohka T., Oguma H. (2011)Advantages of visible-band spectral remote sensing at both satellite and near-surface scales for monitoring the seasonal dynamics of GPP in a Japanese larch forest. Journal of Agricultural Meteorology, 67(2), 75-84.

脚注

  1. フェノロジー: 生物の季節変化、およびその学問のこと。植物のフェノロジーは主に、開葉、開花、紅葉、落葉などの季節変化を指す。
  2. Green Ratio (GR): GR = G/(R + G + B)

この内容は、平成25年7月発行の「Ecological Informatics」に学術論文として掲載されるとともに、国立環境研究所から平成25年6月28日付で記者発表されました。

発表論文
Ide R., Oguma H. (2013) A cost-effective monitoring method using digital time-lapse cameras for detecting temporal and spatial variations of snowmelt and vegetation phenology in alpine ecosystems. Ecological Informatics, 16, 25-34, http://dx.doi.org/10.1016/j.ecoinf.2013.04.003
記者発表
http://www.nies.go.jp/whatsnew/2013/20130628/20130628.html

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