2013年11月号 [Vol.24 No.8] 通巻第276号 201311_276001

成層圏からの気候・環境研究 —オゾン層変動研究プロジェクトの紹介—

地球環境研究センター 気候モデリング・解析研究室 主任研究員 秋吉英治

地球環境研究センターでは、平成23年度より、「オゾン層変動研究プロジェクト」というセンター内プロジェクトを立ち上げ、オゾン層の変動とその気候への影響について研究を行っています。メンバーは職員3人と契約職員(特別研究員、高度技能専門員など)数名という小さなグループではありますが、対象としている研究は広範囲にわたっています。ここではまず、オゾン層についての基本的な性質を述べた上で、本プロジェクトの目的や研究内容などについてご紹介します。

1. オゾン層と成層圏の気温

ご存知のように、オゾン層と呼ばれる大気中のオゾン濃度の高い部分は高度10kmから上の成層圏にあり、全大気中のオゾン量の約90%がここに存在します(残りは10km以下の対流圏に存在します)。オゾン層の重要な役割として、地表に到達する有害紫外線を吸収することが挙げられます。オゾン層で吸収された紫外線のエネルギーは大気を暖めることに使われます。成層圏では、大気が非常に薄いので(地表の1/10〜1/1000の密度)、成層圏の気温は、オゾンによる太陽紫外線・可視光の吸収による加熱効果と、主に二酸化炭素からの赤外線放出による冷却効果との間でのその場の釣り合いでほぼ決まります(対流圏とは異なり、上層からやってくる赤外線は非常に小さい)。従って、オゾンがなくなると成層圏の気温は低下します。オゾン層が成層圏の気温を決めています。

2. オゾン層変動と気候

私たちが活動している地表近くの環境の変化はオゾン層に影響を及ぼします。例えば、地表からのフロンの放出によってオゾン層は影響を受けます。成層圏のオゾンの量が変化することによって成層圏の気温が変化することは上に述べたとおりですが、それでは、成層圏から地表へはどのような影響をもつのでしょうか? 地球物理学で最も厳密な理論の一つとして、大気潮汐理論というのがあります。これは、オゾン層や水蒸気による大気加熱の昼・夜の変化によって、地表気圧が1日あるいは半日周期で変化することを解き明かした理論です。この理論のオゾン層変動と気候に関係する重要な部分は、はるか雲の上のオゾン層の変動が地表まで伝わるしくみを示したところです。従って成層圏のオゾン量の変化はなんらかの形で地表に影響を及ぼしています。ただ、地表近くへの影響は量的に大きなものではなく、普段はあまり目立たないもの、しかしながら、何かの折にはその影響がかなりはっきり現れる可能性のある類いのもの、そのような感触をこれまでの研究から私はもっています。

3. オゾン層破壊問題と本プロジェクトの目的

このようなオゾン層の性質を理解した上で、オゾン層変動プロジェクトの目的について述べたいと思います。1990年代後半のフロンやハロンの大気中への大量放出によってオゾンホールや中緯度でのオゾン破壊が起こってしまっていることは周知の事実です。そして、それが地表に到達する紫外線を増加させていることも場所によっては明らかにされています。今年も南極のオゾンホールは、最大規模ではありませんがこれまでと同じくらいの規模で発生しています。この先フロンやハロンの放出を規制していけばこのオゾン層破壊の状況を脱することは推測できるのですが、今後どのように規制していけばオゾンホールは消滅し、地球全域のオゾン層は近い将来回復するのかどうか、それはいつ頃になるのか、回復はどの場所で早くどの場所で遅いのか、などを知る必要があります。さらに、オゾン層の将来への長期変化には、フロン・ハロンだけでなく、温室効果ガスの量にも影響することがわかってきました。将来確実に進む温室効果ガス濃度の増加の中でどのような道筋でオゾン層を回復させるかが問われています。その難しさを表す例として、2011年に起こった北極の大規模なオゾン層破壊があります。大気中のフロン・ハロン濃度はそのピークを脱したにもかかわらず、北極でも大規模なオゾン破壊が起こったのです。北極のオゾン破壊のプロセスには気象要素が複雑に関係しており、その予測は困難だとされています。大気中のフロン・ハロン量は最も重要なファクターではありますが、それがすべてではありません。大気中でのオゾンの輸送状態や温室効果ガスの濃度などが複雑に絡んできます。さらに、南極や北極のオゾン層破壊に重要な役割を担っている極成層圏雲についての広範囲かつ長期間にわたるデータも不足しています。このような問題に対処するためには、前節で述べたようなオゾン層の基本的な性質を知った上で、予測モデルを開発し将来の予測を行う一方で、観測データを蓄積し、オゾン層破壊と回復のプロセスの理解を深め、それをオゾン層破壊物質対策に反映させなければなりません。

4. オゾン層将来予測モデルの開発

本プロジェクトでは、オゾン層の破壊やその将来を予測できる化学気候モデルの開発を行っています。これまで世界気象機関/国連環境計画(World Meteorological Organization/United Nations Environmental Programme: WMO/UNEP)オゾンアセスメントレポート2006、2010に貢献してきた東京大学/国立環境研究所(CCSR/NIES)化学気候モデルは、熱帯上部対流圏で6〜8度ほど気温が低く、そのため成層圏の水蒸気が実際の量よりも少なくなり、オゾン量が過大になって、成層圏気温が実際よりも少し高くなるという不具合がありました。また、南極のオゾンホールの発達が不十分でした(図)。このような問題は、成層圏の化学反応を介したオゾン層と気候との関係を研究する上で障害となります。そこで、化学気候モデルのベースとなっている大気の力学や、大気放射・降水などの大気物理過程を計算する部分(大気大循環モデル)を、旧モデルから気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)の地球温暖化予測にも使われているMIROCモデルに取り替えて、化学気候モデルを再構築しました。このモデルによって、CCSR/NIESモデルで生じていた不具合はほぼ解消されました。また、試行的な長期計算の結果、南極のオゾンホールの発達も観測されたものに近くなりました(図)。さらにこのモデルでフロン・ハロン等のオゾン層破壊物質と温室効果ガス濃度の最新シナリオを使ったオゾン層の将来予測実験を行い、結果をWMO/UNEPオゾンアセスメントレポート2014に提出する予定です。また、その結果を解析し、成層圏や対流圏への気候との関連を解析していく予定です。最近、CFC-11やCFC-113の大気中での寿命がこれまで考えられていたよりも長い可能性が指摘されていますが、このような新しい知見に基づいた将来予測実験も行う予定です。

fig.

新旧化学気候モデルによって計算された南極域(南緯60〜90度)におけるオゾン気柱量の年最低値の経年変化。水色実線:旧モデル(CCSR/NIES化学気候モデル)による計算結果、赤実線:新モデル(MIROC化学気候モデル)、黒破線:Total Ozone Mapping Spectrometer(TOMS)による観測値。横軸は年を表す

5. 研究内容

本プロジェクトでは、このような化学気候モデルによる数値計算と、地上からの大気微量成分観測、衛星データなどのグローバル観測データの解析等とを組み合わせながら、オゾン層変動の成層圏および成層圏の上の中間圏やその下の対流圏領域への影響、成層圏〜中間圏における高精度オゾン濃度分布データの解析と化学輸送モデルによるその再現、再現された現象に関わる素過程の解明、極成層圏雲の観測・解析とその極域および中緯度域におけるオゾン層変動との関係、紫外線の影響解析などを行っています。高精度オゾン濃度分布データの解析からは、南極の下部成層圏の極渦内の塩化水素(HCl)濃度が異常に高くなっていることを確認しました。また、以下の競争的研究資金による研究とも連携しています。

  • 1. 「将来の温暖化条件下でのフロン対策強化によるオゾン層の脆弱性回避に関する研究」環境研究総合推進費・問題対応型研究(代表)、平成25年度〜27年度
  • 2. 「南米における大気環境リスク管理システムの開発」(名古屋大学)、国際科学技術共同研究推進事業・地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(平成24年度〜29年度)
  • 3. 「超伝導サブミリ波リム放射サウンダ衛星観測データの精緻化による中層大気科学の推進」科研費・基盤研究B(京都大学)、平成25年度〜27年度
  • 4. 「北極気候再現性検証および北極気候変動・変化メカニズム解析に基づく全球気候モデルの高度化・精緻化」、文部科学省・GRENE事業(岡山大学)、平成23年度〜27年度
  • 5. 「大気環境に関する次世代実況監視及び排出量推定システムの開発」、環境研究総合推進費・問題対応型研究(東北大学)、平成21年度〜23年度

その他、理化学研究所と共同で、太陽プロトンイベント等の宇宙空間で起こる現象の成層圏・対流圏大気微量成分濃度への影響を、化学ボックスモデル(0次元モデル)と化学気候モデルを併用して調べています。太陽プロトンイベントとは、太陽表面でしばしば起こる爆発現象(太陽フレア)によって、高いエネルギーをもった陽子が地球大気にやって来る現象です。オゾン層変動の地球環境への影響、あるいは地球環境変化のオゾン層変動への影響の研究を幅広く展開していく所存です。また、2011年に観測されたような北極域での大規模オゾン破壊が今後頻繁に起こることのないように、フロン・ハロン対策、あるいは温暖化対策立案に対して科学的な根拠を示して貢献できるように研究を進めていきたいと思っています。

これまでの研究成果 —論文—

  • Bais A. et al. (2011) Projections of UV radiation in the 21st century: impact of ozone recovery and cloud effects. Atmos. Chem. Phys., 11, 7533-7545, doi:10.5194/acp-11-7533-2011.
  • Manney G. L. et al. (2011) Unprecedented Arctic ozone loss in 2011. Nature, 478(7370), 469-475.
  • Yamashita Y. et al. (2011) Dynamical response in the Northern Hemisphere midlatitude and high-latitude winter to the QBO simulated by CCSR/NIES CCM. J. Geophys. Res., 116, D06118, doi:10.1029/2010JD015016.
  • Scaife A. A. et al. (2012) Climate change projections and stratosphere-troposphere interaction. Clim. Dyn., doi:10.1007/s00382-011-1080-7, 38, 2089-2097.
  • Terao Y. et al. (2012) Ozone loss rates in the Arctic winter stratosphere during 1994–2000 derived from POAM II/III and ILAS observations: Implications for relationships among ozone loss, PSC occurrence, and temperature.. J. Geophys. Res., 117, D05311, doi:10.1029/2011JD016789.
  • Kasai Y. et al. (2013),Validation of stratospheric and mesospheric ozone observed by SMILES from International Space Station. Atmos. Meas. Tech, 6(9), 2311-2338.
  • Nakamura T. et al. (2013) A multi-model comparison of stratospheric ozone data assimilation based on an ensemble Kalman filter approach. J. Geophys. Res. Atmos., 118, 3848–3868, doi:10.1002/jgrd.50338.
  • Sakazaki T. et al. (2013) Diurnal ozone variations in the stratosphere revealed in observations from the Superconducting Submillimeter-Wave Limb-Emission Sounder (SMILES) onboard the International Space Station (ISS). J. Geophys. Res. Atmos., 118, 2991–3006, doi:10.1002/jgrd.50220.
  • Miyauchi M. et al. (2013) The solar exposure time required for vitamin D3 synthesis in the human body estimated by numerical simulation and observation in Japan. J. Nutr. Sci. Vitaminol., 59, 257-263.
  • Sugita T. et al. (2013) HCl and ClO profiles inside the Antarctic vortex as observed by SMILES in November 2009: comparisons with MLS and ACE-FTS instrument.s Atmos. Meas. Tech, in press

これまでの研究成果 —報道発表—

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