2014年1月号 [Vol.24 No.10] 通巻第278号 201401_278012

【最近の研究成果】 将来気候予測のための「パターンスケーリング」の社会経済シナリオ依存性

地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室 特別研究員 石崎安洋

温暖化の影響評価や気候対策を考えるためには、将来起こりえる様々な社会経済の変化(これを「社会経済シナリオ」と呼ぶ)のもとで気候予測を行うことが重要である。最先端の気候予測は、全球を100キロ程度の細かさで表現する「気候モデル」によって行われる。しかしこの気候モデルによる予測は、膨大な計算時間と計算機資源を必要とする。このため、限られた社会経済シナリオの下での計算結果を最大限利用し、将来の気候を予測する手法が必要となる。この手法は「パターンスケーリング」と呼ばれ、温暖化が社会に与える影響の評価や適応・緩和策に関する研究においてよく利用される。この手法では、まず、簡易な気候モデルにより数多くの社会経済シナリオにおける将来の全球平均気温の変化を求める。その後、地球上の各点における全球平均気温の変化と気温や降水量の変化の関係と簡易気候モデルから求めた全球平均気温の変化を組み合わせることで、数多くの社会経済シナリオにおける気候の変化を予測することができる(図1)。パターンスケーリングにおける重要な仮定は、“全球平均気温の変化と地球上の各地点での気温や降水量の変化の関係が、全球平均気温の大きさや社会経済シナリオによらない” ということである。このパターンスケーリングは、温暖化の影響評価研究で用いられてきたにも関わらず、これまでこの仮定について十分な検証は行われてこなかった。そこで、この研究では、近年作成された社会経済シナリオ(代表的濃度経路Representative Concentration Pathways: RCP)の違いが、全球平均気温の変化と地球上の各地点での降水量変化の関係(*)に与える影響を調べた(図2)。その結果、人為起源エアロゾル(大気微粒子)が社会経済シナリオで異なるため、上記の(*)の関係に違いが生じることが分かった。また、全球平均気温の変化に対し、北大西洋熱塩循環[1]や海氷の減少速度が異なることや、社会経済シナリオによってハドレー循環[2]やウォーカー循環[3]の変化が異なるために、(*)の関係に違いが生じることが分かった。この研究によって、今後パターンスケーリングを利用する上で注意すべき有用な知見が得られた。

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図1パターンスケーリングの説明図

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図2パターンスケーリング手法で利用される「全球平均気温変化あたりの各地点の降水量変化」の異なる社会経済シナリオの間の差。成り行きシナリオ(RCP8.5)と低炭素シナリオ(RCP2.6)を利用して計算した。赤枠の内側の地域では、人為起源エアロゾルの排出量に社会経済シナリオ間で優位な違いが見られる

脚注

  1. メキシコ湾流は赤道から極域に向かうにつれて冷却し、海水の蒸発により塩分濃度が増加する。その結果、大西洋北部(グリーンランド東方海域)で海水の深層への沈み込みが生じ、世界海洋の深層へ拡がる。この流れは北大西洋熱塩循環と呼ばれる。
  2. 赤道域で上昇し亜熱帯域で下降する熱帯大気の主な循環。
  3. 赤道太平洋上では、海面水温の高い西部で積雲対流の活動が活発で、海面水温の低い東部では不活発である。これにより西部の太平洋上では上昇流、東部では下降流が存在する。

本研究の論文情報

Dependence of precipitation scaling pattern on emission scenarios for Representative concentration pathways
著者: Ishizaki Y., Shiogama H., Emori S., Yokohata T., Nozawa T., Takahashi K., Ogura T., Yoshimori M.,Nagashima T.
掲載誌: J. Climate, 26, 8868–8879. doi: http://dx.doi.org/10.1175/JCLI-D-12-00540.1.

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