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成層圏-対流圏の諸過程とその気候への影響:第5回SPARC総会に参加して

  • 地球環境研究センター 地球大気化学研究室 主任研究員 杉田考史

1. はじめに

SPARCは1992年に始まったWCRPのコアプログラム(現在4つ)の一つである(その設立の経緯については田中[1994]を参照)。当初は成層圏の諸過程が地球の気候変動に及ぼす影響の研究の推進がその目的であったが、現在では成層圏のみならず、広く地球大気を扱っている(少々古いが活動紹介については林田ら[2007]を参照)。最初の総会(研究集会)は1996年にオーストラリアのメルボルンで開催され、その後2000年にアルゼンチンのマルデルプラタ、2004年にカナダのビクトリア、2008年にイタリアのボローニャで開催されて以来、今回で5回目となる(第4回総会の報告は田口ら[2010]を参照)。

会場はニュージーランド南島のクイーンズタウンのホテルが選ばれた。ここは前身が天文の観測基地だったということで、1874年の金星の太陽面通過を観測する目的でこの地に建てられたそうである。そんな由緒のある(?)場所に各国から300名ほどの参加者が集まった。筆者は前回に引き続き2回目の参加であったが、アジア人の参加者が増えている印象を持った。

プログラムは初日が「SPARCに係る未解明な研究(Emerging and outstanding research of relevance to SPARC)」、2日目が、「大気化学・エアロゾル・気候(Atmospheric chemistry, aerosols and climate)」、3日目が「成層圏-対流圏-海洋の力学と地域気候の予測可能性(Stratosphere-troposphere-ocean dynamics and predictability of regional climate)」、4日目が「中間圏より上層大気との結合(Coupling to the mesosphere and upper atmosphere)」、5日目が「観測および再解析気象データセットと原因特定研究(Observational datasets, reanalysis, and attribution studies)」、そして最終日が「熱帯の諸過程(Tropical processes)」という構成であった。筆者は2日目にポスター発表を行った。

発表は口頭とポスターが1対6の割合で、合計で370件にのぼる。モデルと観測のバランスもよかった。しかし、室内実験や測定器開発に係る発表は前回よりもかなり少なくなったような印象を受けた。筆者はおもに観測結果を中心に聴講してきたので、その中から興味のあるものについて、2日目を中心に順不同で紹介したい(筆者の所感も添えた)。

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ポスター会場のひとコマ

2. 南極オゾンホールが対流圏へ及ぼす影響

南半球の対流圏における大気の循環場は、1980年代のオゾンホールの前後で異なっており、高緯度域では西風(東向きの流れ)が夏期に強まっていることが知られている。この原因はおもにオゾンホールによる成層圏気温の低下と極夜ジェットの強化、それに続く対流圏ジェットの強化によると考えられる。観測事実(Thompson and Solomon [2002] を参照)と化学気候モデルの結果(例えば、Son et al., [2008] などを参照)から、このメカニズムは研究者の間で共通認識となりつつあるように感じた。また南極の海洋や海氷との関連についても、この西風の強化は表層水の海洋深部への輸送過程にも影響していたことを海洋中のCFC-12の観測データと大気-海洋結合モデルから示したWaugh(発表筆頭著者、以下同様)や、1980年代以降、南極夏期の一部海域を除く海氷面積が拡大傾向にあることとは直接には関係無さそうであるとしたBitzによる発表があった。さらに極渦(南極大陸を覆う規模の成層圏の渦:一般に秋に形成し冬を経て春に消滅する)の崩壊時期は1980年以前と2000年代では後者の方がより遅く、それらとの関係についても議論されていた(Sheshadri)。モデルの側からは、海面粗度を大きくすることで極渦崩壊時期が観測により近くなることも示されていた(Garfinkel)。大気組成が変化・変動し得る中、南極オゾンホールの長期的な回復によって、大気・海洋の循環がどのように変化し得るのかについては今後も詳細な研究が進むものと思われる。

3. 赤道から極への流れとオゾントレンド

ある程度長い時間スケールで見ると成層圏では赤道から極へ向かう物質輸送が生じる。これを発見者の名前からブリューワー・ドブソン循環(Brewer–Dobson circulation: BDC)と呼んでいる。モデル研究は20世紀から21世紀にかけてBDCが強まる傾向を示している。BDCは熱帯域の上昇流とも密接な関係があるため、例えば対流圏オゾンの下部成層圏への侵入過程に影響し得る。モデル研究は、オゾンの少ない対流圏の大気塊が、熱帯の対流圏界層(Tropical Tropopause Layer: TTL)により多く侵入することで、オゾンの減少トレンドとなることを示していた(Pyle)。しかし、SBUVによる衛星観測からは、モデルほどの減少トレンドは見られていない(Stolarski)。一方、上部成層圏では気温の低下トレンドに関連してオゾン濃度の増加が予測されている。SBUVによる観測でもその確証が得られていた(前出Stolarski)。熱帯の上部対流圏・下部成層圏のトレンドに関しては、雷の影響(オゾン破壊に係る窒素酸化物[NOx]のソース)が今後の気候変動に伴ってどのように変わるのかということも鍵であることが述べられていた(前出Pyle)。航空機観測からは、従来の見積りに比べて、雷1フラッシュ当りに生成されるNOxが1桁以上大きいことも示唆され、個人的には興味深かった(Bozem)。また、今後のオゾントレンドに関して、オゾン破壊物質のひとつである臭素化合物(特にブロモホルム)の放出源のより正確な見積りが必要であることも挙げられていた(前出Pyle)。

4. 北極の成層圏オゾン破壊に関する知見の向上

欧州を中心に2009/10年の北極域において大規模な航空機観測キャンペーン(EUのプロジェクトRECONCILEの一環)が組織され、数多くの結果が特集号として出版されている(von Hobe et al., [2013] を参照)。これに関連した発表がいくつかあった。一般に極域のオゾン破壊は低温下で生成する極成層圏雲(Polar Stratospheric Clouds: PSCs)と気体との複雑な諸過程により生じると考えられている。モデルと衛星観測との比較からは、少なくとも2009/10年の北極オゾン破壊に係るPSCのひとつのタイプである固相粒子の硝酸三水和物(Nitric Acid Trihydrate: NAT)の寄与は限定的であり、液滴粒子の不均一反応係数の気温依存性がオゾン破壊の要因であることが指摘されていた(Wohltmann)。NAT粒子の生成機構に関しては何らかの固相核(流星塵など)を足場に不均一核生成が生じ、NAT粒子が生成することを理論(微物理モデル)とCALIOPによる衛星観測の比較から論じていた(Engel)。また、NAT粒子の重力落下で引き起こされたと考えられる最下部成層圏での気相硝酸の増大(航空機搭載のMIPASによる観測)を再現するには、NAT粒子の形状は非球形(球形に対し落下速度は70%程度)であるべきことが示唆された(Woiwode)。1999/2000年以来、10年ぶりの包括的なキャンペーン観測や理論の進展から北極のオゾン破壊機構がさらに詳細に明らかになってきたといえそうだ。関連して、MLSによる衛星観測データを用いたMatch解析(ラグランジュ輸送を仮定した同一大気塊の複数回観測)による2004/05年以降の北極オゾン破壊速度の再評価の研究もあった(Livesey)。また、地表の紫外線量(UV)に関しては、2010/11年の最大の北極オゾン破壊後の夏期のUVに3–4%の増大が見られている(Karpechko)。

5. そのほか(まさに諸過程)

紙面の都合で紹介しきれないが、他にも数多くの興味深い発表があった。AIRS、IASI、GOSAT/TIRによる衛星観測からは、地中海の東側で夏期に下部から上部対流圏のメタン濃度が高いことが示され、その原因はモデルによる解析からアジアモンスーンの影響を受けていることが示唆されていた(Ricaud)。MOPITT、AIRS、TES、ISAIによる衛星観測からは、一酸化炭素のトータルカラムのトレンド(北半球で年間1%の減少)が示されていた(Worden)。一方、地理的緯度ベースで南北半球を分けるのではなく、大気輸送に基づく指標で分けるとどうなるか?ということを試みた発表があった(Holmes)。それによると、例えば対流圏メタンの収支に係る化学反応による消滅量の南北半球比が、モデル(地理緯度定義)では過大評価(北半球で大きい)だったものが、その定義に基づくとかなり解消される。このような視点はSPARCならでは(?)で面白い。

H2O(気相・液相・固相)に関する種々の発表からもいくつか紹介したい。これまでアジアモンスーンや北米モンスーンによって高濃度の水蒸気が成層圏に侵入し、オゾン破壊へ影響することが指摘されていた(Anderson et al., [2012] を参照)が、MLSによる衛星観測からは、その影響は小さいと言う結論であった(Schwartz)。しかし、最下層成層圏での気温低下が将来どこまで進むかにより、H2Oのオゾン破壊への影響は無視出来なくなるかも知れないことも指摘されていた。ATTREX-2航空機観測キャンペーンからはTTLでの脱水過程についての貴重なデータが蓄積されていた(Rollins)。このキャンペーンは丁度会議中にも遂行されていた(ATTREX-3)。 成層圏水蒸気は放射強制力に影響を及ぼす可能性があるため、そのトレンドの正確な把握は重要である(Rosenlof)。実際に各測定手法間の一致程度を評価するためにSPARCではWAVAS-IIという活動が開始されている(Stiller)。初期結果では水蒸気圏界面(hygropoause)より上の成層圏ではお互いに10%で一致していた。

成層圏より上の大気が成層圏に与える影響も見逃せない。高エネルギー粒子の大気への侵入(Energetic Particle Precipitation: EPP)の結果、年間ベースでは最大で亜酸化窒素から生成される窒素酸化物量の10%に相当する寄与がみられる年もあるという発表(Funke)や、成層圏突然昇温(Stratospheric Sudden Warming: SSW)が生じる時期によってNOxが下層まで侵入してくる規模が違うことが示されていた(Smith)。SSWに関しては、国立環境研究所の秋吉氏が化学輸送モデルとSMILESによる衛星観測から2009/10年の北極に関して経度方向に依存したオゾン破壊と輸送の特徴を示した。

最後になるが、1978年から2005年まで26年に亘るSAGEシリーズの衛星観測データのバージョンアップが現在も行われている(Thomason)。このような地道な努力には頭が下がる。国際宇宙ステーションへのSAGE-IIIの搭載は来年2015年の半ばまでには完了しそうとのこと。太陽掩蔽観測法による高い高度分解能のセンサがほぼない現状では、これの果たす役割は大きいと思われる。

謝辞

この海外出張はJST-JICAのSATREPSの課題による受託研究費を利用しました。その課題(「南米における大気環境リスク管理システムの開発」代表・水野亮・名古屋大学太陽地球環境研究所教授)では、観測の乏しい南米においてオゾン・エアロゾル等の観測網を充実させることなどを目的としている。その課題とは関連の薄い事項についても、地球環境研究の一端を知る上で重要であるとの認識から、SATREPSプログラムのご好意でそれらについてもこの紙面上にて紹介させて頂いた。

参考文献

  • 田口ら, 成層圏過程とその気候における役割(SPARC)第4回総会報告, 天気, 57, 6, 2010.
  • 田中, WCRP-SPARCについて一成層圏・気候影響研究計画一, 天気, 41, 2, 1994.
  • 林田ら(SPARC小委員会), 「成層圏過程とその気候影響(SPARC)」計画の活動紹介, 天気, 54, 11, 2007.
  • Anderson, J.G., et al., UV dosage levels in summer: Increased risk of ozone loss from convectively injected water vapor, Science, 337, 10.1126/science.1222978, 2012.
  • Son, S.-W., et al., The impact of stratospheric ozone recovery on the Southern Hemisphere westerly jet, Science, 320, 10.1126/science.1155939, 2008.
  • Thompson, D.W.J. and Solomon, S., Interpretation of recent southern hemisphere climate change, Science, 296, 10.1126/science.1069270, 2002.
  • von Hobe, M., et al., Reconciliation of essential process parameters for an enhanced predictability of Arctic stratospheric ozone loss and its climate interactions (RECONCILE): activities and results, Atmos. Chem. Phys., 13, 10.5194/acp-13-9233-2013, 2013.

略語一覧

プロジェクト名など

  • ATTREX: Airborne Tropical Tropopause Experiment
  • RECONCILE: Reconciliation of essential process parameters for an enhanced predictability of Arctic stratospheric ozone loss and its climate interactions
  • SPARC: Stratosphere-troposphere Processes And their Role in Climate
  • SATREPS: Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development(地球規模課題対応国際科学技術協力)
  • WAVAS: Water Vapour Assessment
  • WCRP: World Climate Research Programme(世界気候研究計画)

衛星や搭載センサ名

  • AIRS: Atmospheric Infrared Sounder
  • CALIOP: Cloud-Aerosol Lidar with Orthogonal Polarization
  • GOSAT/TIR: Greenhouse Gas Observing Satellite/Thermal InfraRed
  • IASI: Infrared Atmospheric Sounding Interferometer
  • MIPAS: Michelson Interferometer for Passive Atmospheric Sounding
  • MLS: Microwave Limb Sounder
  • MOPITT: Measurements of Pollutants in the Troposphere
  • SAGE: Stratospheric Aerosol and Gas Experiment
  • SBUV: Solar Backscatter Ultraviolet instrument
  • SMILES: Superconducting Submillimeter-Wave Limb-Emission Sounder
  • TES: Tropospheric Emission Spectrometer

目次:2014年3月号 [Vol.24 No.12] 通巻第280号

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