2014年6月号 [Vol.25 No.3] 通巻第283号 201406_283001

「地球温暖化は生態系や人間社会にどんな影響を及ぼすか?」 IPCC第2作業部会第5次評価報告書

  • 社会環境システム研究センター 統合評価モデリング研究室 主任研究員 高橋潔

気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)は、第38回総会(2014年3月・横浜)において「第2作業部会第5次評価報告書」(以下「WG2-AR5」)の政策決定者向け要約(Summary for policymakers:以下「SPM」)を承認・公表した。70ヶ国から選出された308人の執筆者により、世界中の専門家と政府から寄せられた5万件を超えるレビューコメントを考慮して、気候変化の影響とそれに対処するための適応策に関する最新の科学的知見を評価したものである。我が国からも総括代表執筆者(CLA)3名、代表執筆者(LA)5名、査読編集者(RE)3名をはじめとして、その他にも協力執筆者、専門家査読者、政府査読者などの形で、数多くの研究者や行政担当者が報告書作成に貢献した。筆者も、第19章「新たなリスクおよび主要な脆弱性」のLAとして報告書作成に参加した。本稿では、SPMに基づいてWG2-AR5読解のポイントを紹介する。なお、報告書内容の詳細については、環境省ウェブサイト(http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=17966)あるいはIPCC第2作業部会ウェブサイト[英語](http://www.ipcc-wg2.gov/AR5/)を参照いただきたい。

1. WG2-AR5のSPMの構成

WG2-AR5のSPMは次の3つのセクションから構成されている。

  • A.複雑かつ変化しつつある世界において観測されている影響、脆弱性、適応
  • B.将来リスクと適応機会
  • C.将来リスクの管理とレジリエンスの構築

セクションAでは、今日までに観測された影響、脆弱性、曝露、適応的対応についての研究知見の評価について記述されている。2013年9月に公表された第1作業部会第5次評価報告書(WG1-AR5)では、1880〜2012年の世界平均気温の変化傾向が0.85°C上昇(90%信頼区間:0.65〜1.06°C)であることを含め、すでに気温変化や降水量変化などの形で気候変化が進行しつつあることを示した。そのような気候変化の進行をふまえると、気候変化の各セクタ・地域への影響も発現しつつあるのではないか、観測データに基づいて影響の発現を確かめることが出来るのではないか、といったことが予想される。しかし、長期の観測データを必要とすること、気候変化以外にその他の複数因子が同時に関与して影響が現れる場合が多いことなどから、個別の影響の傾向と気候変化の関係について科学的に厳密に示すこと(影響の検出・原因特定)は容易なことではない。このセクションでは、各セクタ・地域における影響の検出・原因特定の研究の評価が示されている。

一方、セクションBでは将来予測について論じられている。すなわち、今後数十年、さらに21世紀後半、影響の種類によってはその先の期間までを見据え、各セクタ・地域で予期される影響リスクおよび潜在的便益について、最新の見解をまとめている。影響リスクについては、気候変化の大きさと速度ならびに社会経済的な選択による差異も議論されている。また、適応及び緩和の両対策(地球環境豆知識参照)による影響軽減・リスク管理の可能性についても評価している。

さらに、セクションCでは、効果的な適応の要件や、より幅広な、適応、緩和、持続可能な発展の間の相互作用などについて考察している。気候変化リスク管理には、将来世代、経済、環境に密接な関係を持つ、適応・緩和に係る意思決定が含まれる。セクションCでは、適応の限界、気候に対してレジリエントな発展経路、変革の役割についても論じている。

紙面の都合から、本報告では、話題をセクションA及びBに絞り、以下でその要点について紹介する。

2.観測された影響・適応

「過去数十年間、気候変化が全ての大陸・海洋にわたって自然システム・人間システムに影響を及ぼしてきた。気候変化影響の証拠は、自然システムについて、最も強く包括的にあらわれている。人間システムにおける影響の一部も気候変化に原因特定されている。この場合、気候変化の影響とその他因子の影響の区別が可能だが、気候変化は主因の場合もあればそうでない場合もある。」

以上が、観測された影響に関するSPMでの総括的な評価である。図はこの評価に関連しSPMに掲載されたものであり、各地域において検出・原因特定された気候変化による影響を示している。WG2-AR4では、特に途上国地域で影響検出の研究の不足が指摘されていたが、WG2-AR5では地理的にもセクタ的にもより広範に影響の検出・原因特定に関する知見の蓄積があった。

またWG2-AR5での新しい観点として「適応の経験」を挙げることが出来る。顕在化しつつある、あるいは将来に発生が予想される温暖化影響に対して、我々人間がどのような適応的対応を取りつつあるのかについて、地域別に事例・現況を概観するとともに、「適応が計画プロセスに組み込まれる事例が増えてきているが、その実践は限定的である(高い確信度)。」と結論付けている。なお、アジアに関しては、「地方の開発計画、早期警報システム、統合水資源管理、森林農業、沿岸のマングローブ林再生などに対して、気候への適応行動を組み入れる形で、適応の促進が進んでいる地域もある。」との評価が示されている。

figure

各地域において検出・原因特定された気候変化による影響[クリックで拡大]

3. 将来リスクと適応の機会

気候変化により今後生ずることが予測される影響については、膨大な知見が蓄積しており、そこから多くの人の関心を引くと思われる事例を選んで紹介することは、特段難しいことではない。目的が温暖化問題に対する警鐘を鳴らすというだけであれば、それでも良いだろう。しかし、IPCCの役割は、その膨大な既存知見を調査・評価し、政策決定者が対策・政策を検討する際に有用な情報を簡潔に示すことにある。その役割を果たそうとすると話は格段に難しくなる。いかなる政策検討での活用を目的とするのか示したうえで、特定主体の価値観に偏らない選択基準を明示し、その基準にあてはまる知見を評価対象とすることが求められる。IPCCでは国連気候変動枠組条約第2条に記載されるような「気候システムに対する危険な人為的干渉」による深刻な影響の可能性について「主要なリスク」と呼び、規模の大きさ、生起確率、影響の不可逆性といったいくつかの基準を設け、その基準と照らした専門家判断により「主要なリスク」を選定・提示している。例えば、WG2-AR5では、確信度の高い、複数セクタ・地域にまたがる8事項を主要なリスクとして特に取り上げてSPMで提示した(表)。

確信度の高い複数の分野や地域に及ぶ主要なリスク

海面上昇、沿岸での高潮被害などによるリスク 高潮、沿岸洪水、海面上昇により、沿岸の低地や小島嶼国において死亡、負傷、健康被害、または生計崩壊が起きるリスクがある。
大都市部への洪水による被害のリスク いくつかの地域において、洪水によって、大都市部の人々が深刻な健康被害や生計崩壊にあうリスクがある。
極端な気象現象によるインフラ等の機能停止のリスク 極端な気象現象が、電気、水供給、医療・緊急サービスなどの、インフラネットワークと重要なサービスの機能停止をもたらすといった、社会システム全体に影響を及ぼすリスクがある。
熱波による、特に都市部の脆弱な層における死亡や疾病のリスク 極端に暑い期間においては、特に脆弱な都市住民や屋外労働者に対する、死亡や健康障害のリスクがある。
気温上昇、干ばつ等による食料安全保障が脅かされるリスク 気温上昇、干ばつ、洪水、降水量の変動や極端な降水により、特に貧しい人々の食料安全保障が脅かされるとともに、食料システムが崩壊するリスクがある。
水資源不足と農業生産減少による農村部の生計及び所得損失のリスク 飲料水や灌漑用水への不十分なアクセスと農業の生産性の低下により、半乾燥地域において、特に最小限の資本しか持たない農民や牧畜民の生計や収入が失われる可能性がある。
沿岸海域における生計に重要な海洋生態系の損失リスク 特に熱帯と北極圏の漁業コミュニティにおいて、沿岸部の人々の生計を支える海洋・沿岸の生態系と生物多様性、生態系便益・機能・サービスが失われる可能性がある。
陸域及び内水生態系がもたらすサービスの損失リスク 人々の生計を支える陸域及び内水の生態系と生物多様性、生態系便益・機能・サービスが失われる可能性がある。

SPM中では、セクタ別・地域別にも主要なリスクを提示している。また、気候変化の大きさと速度ならびに社会経済的な選択による将来リスクの差異に関しては、将来の気温上昇水準別のリスクの整理に基づき「気温上昇量が大きくなるにつれ深刻・広範・不可逆な影響の可能性が高まる」と結論付けた。さらに、適応及び緩和の両対策による影響軽減・リスク管理の機会については、「気候変化影響の全般的リスクは気候変化の速度・大きさを抑制することにより軽減できる。気温上昇が最小となるシナリオ(RCP2.6・温室効果ガス低排出)では、気温上昇が最大となるシナリオ(RCP8.5・温室効果ガス高排出)に比べ、特に21世紀後半において、リスクが大幅に軽減される(非常に高い確信度)。気候変化の抑制は、必要な適応の規模の軽減にもつながる。評価対象となったどの適応・緩和のシナリオにおいても、悪影響によるリスクがいくらかは残る(非常に高い確信度)。」と評価した。

4. おわりに

IPCC総会の日本での開催は今回が初めてである。WG2-AR5は2010年に章立て・執筆者が検討され、その後3年以上の歳月をかけて執筆・修正を繰り返して完成したものであり、総会がどこで行われてもその報告書の質や有用性に違いが生じる訳では勿論ない。しかし、初の自国開催の総会で承認・公表された報告書ということも手伝ってか、2007年のIPCC-AR4や2013年9月のWG1-AR5公表時と比べ、新聞・テレビ等のメディアでの扱いもより広範であったように思える。IPCC報告の時だけ大きく騒ぎ立てれば良いというものではない。しかし、多くの国民の関心を引きつけ、今何が分かっていて分かっていないのか、それをふまえてどのようにこの問題に取り組んでゆけばよいのか、について共に考えてもらうためには、この勢い・機会を弾みとしてうまく活かす必要がある。SPMが示す主要メッセージについては報告書公表とともに様々なメディアを通じて伝達が行われた。しかし対策・政策の検討のためには、主要メッセージだけではなく、その背後にあるより詳細かつ膨大な科学的情報についてもうまく活用していく必要がある。私達研究者は、その科学的情報の活用に際してどんな役割を担うことが出来るのか、政策決定者やあるいは各国民のニーズを捉えながら、今後考えていくことが求められている。

*IPCC第1作業部会第5次評価報告書の概要は地球環境研究センターニュース2014年4月号に掲載しています。

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP