2014年10月号 [Vol.25 No.7] 通巻第287号 201410_287002

長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 8 シベリア奥地での温室効果ガスの無人連続観測

  • 地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室 主任研究員 笹川基樹

【連載】長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 一覧ページへ

地球環境研究センターでは2001年から、世界最大の森林帯(タイガ)の広がるシベリアにおける鉄塔を利用した大気中の温室効果ガス濃度の観測を行っています。概要はhttp://www.cger.nies.go.jp/ja/climate/pj1/tower/をご覧下さい。観測はシベリアの中でも特に人里離れた場所で、通信手段のない大自然の中で行っています。西シベリアでは石油や天然ガスが採掘されていますが、その採掘会社は独自に通信用の鉄塔をいくつも持っています。我々はその鉄塔の設備を一部借りて観測を行っています。温室効果ガスの発生源や吸収源は地表面に不均一に分布していますので、その地域の代表的な温室効果ガス濃度を捉えるためにはできるだけ上空の空気を観測する必要があります。そこで鉄塔の最上部と真ん中辺りに空気の採取口(インレット)とチューブを敷設し、鉄塔の下の観測装置を収めたコンテナまで引き入れています(写真1、2)。コンテナ内のポンプによって吸引された試料空気は、除湿された後、NDIR(向井人史「長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— [2] 透明人間!であるガスを測定する方法—NDIR:二酸化炭素の場合」)でCO2濃度、半導体センサー(後述)でCH4濃度が測定されます(図1)。いくつかの高度から大気を計測するのは、その上下差を指標に近傍からの汚染や大気の混合度合いを確認するためです。この観測システムには様々な工夫と苦労があります。ここではその一部を簡単に紹介します。

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写真1鉄塔から伸ばしたアームの先端に、気象測器と空気試料吸引のためのインレットを取り付けている

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写真2左側が観測システムを収めた白いコンテナ

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図1タワー観測システムの概要図。(1) → (2) → (3) →の順に20分ごとに経路が変わりガスが流れ、これを繰り返すことで2高度の試料空気とリファレンスガスの測定を連続して行う。12時間に一度 (1) (2) (3) は全て閉じて (4) → (5) → (6) の順に20分ごとに濃度の違う3種類の標準ガスを測定し装置の校正を行う

1. 半導体センサーを利用したCH4濃度測定

観測サイトはシベリア奥地にあるので頻繁にメンテナンスに行けないこと、高圧ガスシリンダーを何度も持ち込むことが難しいこと、鉄塔の設備には使用可能な電気の容量に制限があるなどの理由から、CH4濃度の測定には独自にセンサーを開発する必要がありました(現在ではキャビティリングダウン分光法で比較的簡単にCH4濃度を測定できる装置があります)。そこで地球環境研究センターでは、酸化第二スズ半導体センサーをベースにCH4濃度を測定する小型の装置を開発しました。酸化第二スズ半導体センサーは、もともと天然ガスの漏洩を検出するもので各種還元性気体(CH4、CO、H2など)を計測できます。高温(400–450°C)の酸化第二スズ表面に触れた大気中のO2分子は、その結晶表面に負荷電吸着(O、O2−、O2)し表面の電子を奪います。そこに還元性気体が混じると、吸着していた酸素と酸化還元反応を生じCO2やH2Oとなって酸化第二スズ表面から離れていきます。その時酸化第二スズ結晶表面の電子が開放され、結果として大気中の還元性気体を電気抵抗の減少として検出することができるのです。そこでCH4のみを検出するために、CH4以外の還元性気体を高温の白金触媒によってセンサーより前段階で取り除くようにしました。また酸化第二スズ半導体センサーは水蒸気にも感度があり、水蒸気濃度を10ppm以下に抑える必要のあることが分かったため、乾燥剤の五酸化二リンをセンサー前に取り付けました。こうして、使用電力は10W以下で重さは4kgの比較的メンテナンスの必要のないCH4測定センサーが開発されました。

2. 気温対策

シベリアと聞いて、極寒を想像される方はおられると思います。観測タワーでも冬はマイナス30°Cを下回ることがあり、観測システムの設計時にも寒さ対策を考慮しました。ところがシベリアでも夏の日中には30°Cを超えることがあり、さらに観測に使用する機器は発熱するため、コンテナ内の暑さ対策も同時に必要でした。観測に用いるセンサーは一般に温度変化に敏感なため、天候や昼夜での温度差による短い時間間隔の温度変化を抑える必要がありました。エアコンが簡単に設置できればいいのですが、スペースや、借りている設備で使用できる電気容量の問題で難しい状況です。そこでコンテナ内部に断熱材と数百本の水の入ったペットボトルを設置しました。ローテクですが、水の大きな熱容量を利用して短時間の温度変化を抑える工夫なのです(写真3)。

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写真3タワー観測システム。左右の壁にそって茶色く見えるのが水の入ったペットボトル

3. 標準ガスの節約対策

温室効果ガスの濃度測定にはものさしとなる濃度既知の標準ガスが必要です。上記したようにセンサーは温度変化や気圧の変化に敏感なため、たとえ同じ濃度の空気を測定しても継続した測定中に出力値が変化(ドリフト)してしまう可能性があるのです。年間のわずかな増加量(CO2なら数ppm、CH4なら数ppb)を議論するこの分野では、ドリフトを補正するための標準ガスの使用・管理が大変重要になります。例えば地球環境研究センターの地上モニタリングステーションではNDIRによるCO2の測定には3時間ごとに4種類の標準ガスを測定してセンサーの校正を行っています。そのため標準ガスの消費も多く、一年に一回は新しい標準ガスを作成・使用しています。シベリアの観測システムでも同様に標準ガスを使用しますが、ロシアへ高圧のガスシリンダーを輸送するには許可申請にとても時間がかかり、輸送のコストも高くついてしまいます。またロシア国内の共同研究者の研究所までシリンダーを届けたとしても、それをシベリア奥地の観測サイトまで輸送するのはさらに骨の折れる仕事で、頻繁に標準ガスのシリンダーを輸送するのは現実的ではありません。そこで標準ガスをできるだけ消費しない観測方式を考えました。それは標準ガスのシリンダー以外に空のシリンダーを2本用意し、そこに観測サイトの空気を現地で詰め、それをリファレンスガスとして使用する方法です(図1)。濃度の違う3種類の標準ガスを12時間に一度それぞれ測定し、その時点での装置の校正を行います。一方でリファレンスガスは毎時間測定し、その出力値を標準ガス測定の間(11時間)の短期的なセンサーのドリフトを補正することに使用します(図2)。リファレンスガスはこの使用頻度で1週間程もちますので、もしセンサーにドリフトがなければ(現実にそんなことはありませんが)リファレンスガスの出力値は1週間変わらないことになります。実際には変わった分だけセンサーにドリフトのあったことを意味しますので、その分だけ試料濃度を補正します。片方のリファレンスガスシリンダーが空になると、もう一方のシリンダーに切り替わります。空になったシリンダーには再びその時点での観測サイトの空気が自動で充填され、次の使用時まで保持されます。こうして貴重な標準ガスの消費は抑えつつも連続観測を行えるような工夫がなされています。

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図2 (a)標準ガスとリファレンスガスと試料空気の出力値の時間変化の例。15:00前後で試料空気の出力値が上がっているが、リファレンスガスの出力値も上がっているケース

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図2 (b)(a) の出力値から求められる試料空気の濃度変化。濃度には15:00前後の増加はみられない

4. データ取得・システム維持の苦労

観測サイトはシベリア奥地のため電話やインターネット環境はありません。だからこそ観測データの取得には現地に足を運ぶ必要があるのですが、我々が頻繁に現地に赴くには交通の便からも難しく、また外国人(我々)が観測サイトに行くには前もって煩雑な手続きが必要で、ロシア人の共同研究者に多大な負担をかけてしまいます。そこで数カ月に一度、その共同研究者が現地に赴き乾燥剤の交換など装置のメンテナンスを行うときに、同時にデータを取得してもらっています。その都度装置の状態を簡単にレポートしてもらうのですが、それを参考に装置の状態を見極め、その期間のデータが現実の値を反映しているかを判断します。タワー観測システムは基本的に無人で稼働するよう設計されてはいますが、様々な不具合で測定が停止している期間がたまにあります。これまで落雷を受けて装置が止まってしまったことや、激しい森林火災の影響を受けてなのか測定経路の途中が詰まってしまった事がありました。落雷や森林火災はレポートから分かるのですが、センサーが原因不明の異常値を示すこともしばしばあり、データのみから状況を想像する必要があります。不定期に起こるセンサーの異常値からセンサー内への異物の混入を予想したり、観測システムの各所に取り付けた圧力計の値から測定ラインの漏えい箇所を推定することもあります。そんな時、現場に行って自分の目で確認したいという気持ちと、行くまでの労力・時間を考えて諦める気持ちが交錯します(問題が起きてから、それを把握するまでに数カ月、それから現地に行けるのはさらに数カ月かかります)。対策を考えて現地に指示を出しても、対応してもらえるのは次のメンテナンス時なのでさらに数カ月先になってしまいます。

5. おわりに

地球環境研究センターでは、工夫と苦労をしながらもシベリアで鉄塔を用いた温室効果ガスの連続観測を10年以上続けています。最近では各種部品の老朽化が顕著で、センサー自体の更新も計画しています。特にCO2やCH4などの長寿命気体は、安定して長期にわたる観測が必須なので、装置の耐用年数と安定性も考慮に入れなければなりません。またシベリアでの観測はロシアという国やロシア人との関係が装置と同様に重要になってきます。シベリアでこれからも長期観測が続けられるかは、これまで10年以上続いてきたロシアの研究者との良好な関係を、今後も保てるかどうかに深くかかっています。

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