2015年9月号 [Vol.26 No.6] 通巻第298号 201509_298004

長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 11 遙か2000km先をリアルタイムでウォッチする—モニタリングステーションの監視設備—

  • 地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室長 町田敏暢

【連載】長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 一覧ページへ

1. そこには誰もいない

地球環境モニタリングの基幹事業は、沖縄県の波照間ステーション(写真1、2)と北海道の落石岬ステーションでの「地上モニタリング」です。船舶や航空機を使ったモニタリングではできない、安定した信頼度の高いデータを時間的に高密度に、しかも多成分にわたって同時に観測できるとともに、新たな観測技術の開発にも欠かせない存在です。両ステーションでは多数の精密機器が稼働しているにもかかわらず、常駐の管理者はそこにいません。もちろん1年中誰も行かないわけではなく、ひと月に1度は技術者が訪れて定期メンテナンスを行っていますが、その他の期間は全ての装置がずっと孤独に自動で動いているのです。

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写真1波照間ステーションの外観

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写真2波照間ステーション内部の観測機器

2. 誰もいない中で……

定期メンテナンスが入らない無人の期間も、国立環境研究所(以下、国環研)は約2000km離れた波照間ステーションと約1500km離れた落石岬ステーションとをインターネットで結んで、常時測定機器の監視(写真3)をしています。具体的には、観測データのチェックはもちろん、測定機器の温度や空気の流量・圧力などの周辺設備の状態を総合的に把握しています。また、ステーション内には監視カメラ(市販のWebカメラを使っています)を複数箇所に設置しているので(写真4)、装置の外観を確認したり、装置のディスプレイに表示されるメッセージを直接読むこともできます。

もし機器に異常が見つかった際には、簡単な処置であればインターネットを通じて国環研から遠隔操作を行って(例えば、観測機器をコントロールしているコンピュータの再起動や、一部の配管の流れを切り替えることなどができます)、正常な状態に戻すことが可能になっています。

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写真3国環研からステーションの機器の状態を監視

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写真4落石岬ステーションの監視カメラ

3. ネットワークのおかげで

遠隔操作で対処できないトラブルの場合には現地に居住している管理人さん(装置の修理が専門ではありませんが一通りのトレーニングを受けている一般の方)に依頼してステーションに入ってもらいます。この時、電話を持って話しながら監視カメラを見て指示を出すことで効率よく修理を行うことが可能です。

ステーションとのネットワーク通信は広報活動にも役立っています。ステーションで観測したデータは国環研に持ち帰ってから慎重に解析を行い、品質を管理した状態で外部に出すことになっていますが、観測装置の特性がよくわかっている二酸化炭素濃度などはネットワーク経由で取得したデータに簡単な処理を施すだけで、ほぼ正しい値として処理することができます。地球環境研究センターではこれを「速報値」としてウェブサイトから発信し、最新の濃度変動のグラフを提供しています(図)。これにより現在日本で二酸化炭素濃度が増加している現状をリアルタイムで感じ取ることができるようになっています。

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波照間・落石岬ステーションの二酸化炭素速報値
http://db.cger.nies.go.jp/portal/ggtus/index

4. 時代遅れの通信手段

ところで、波照間島、落石岬はともに人間活動が活発な都会から離れた場所として観測地点に選ばれたわけですから、最新の通信網は整っていません。今では家庭にも光通信が広く普及していますが、両ステーションの近くまでは光通信のケーブルは来ていません。波照間ではこれまでADSLという一世代前の通信方法を使っていましたが、ADSLの通信速度がなかなか安定せず、特に監視カメラは情報量が多いので操作に苦労していました。またADSLは電話線を使った通信技術ですので、台風でステーション近くの専用電話線が切れてしまった際には観測機器の様子を把握できない状態が長く続くこともありました。

一方、落石岬の電話線はNTTの中継局からの距離が長すぎてADSLすら使うことができず、二世代前の通信手段であるISDNという回線を使っていました。ISDNは通信速度がADSLの10分の1以下で、監視カメラの画像を1枚見るのにもひと苦労します。加えて料金設定が高額で、非常に効率の悪い通信手段でした。

5. スマホの電波で

現在でも両ステーションに光ケーブルは届いていないのですが、近年はスマートフォンの普及と並行して携帯電話通信の速度が向上し、料金も安くなってきました。スマートフォンのコマーシャルで耳にする “LTE” または “4G” といった通信はADSLより十分速く、安定しています。もちろんISDNの速度とは比べるまでもありません。また無線通信ですので、波照間の台風対策としても、電話線を使うADSLよりリスクを軽減できます。

地球環境研究センターではNTTドコモの協力を得ながら、国環研の環境情報部と共同で、波照間・落石岬の両ステーションに携帯回線の電波増幅器と携帯アンテナならびにルーターを2015年3月と6月にそれぞれ設置し(写真5)、携帯電話の電波を介したLTEネットワークを構築しました。

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写真5新しく設置された落石岬ステーションの無線通信ルーター

6. 快適な通信

ネットワークのLTE化によってステーションの管理業務が、これまでとは比べられないくらい滞りなく実施できるようになりました。データも安定して取得できます。最も改善されたのは監視カメラの向きの変更やズームアップなどが直感的に応答するようになったことで、作業効率が著しく向上しました(写真6)。今回のネットワーク変更は通信費の節約にもなっており、技術の進歩をよいタイミングで導入できました。これらにより地球環境研究の着実な推進はもとより、皆様への情報提供も一層充実させていきたいと思います。

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写真6国環研のモニタに映し出された落石岬ステーションの監視カメラ画像

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