2016年1月号 [Vol.26 No.10] 通巻第302号 201601_302002

インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 9 気候変動と大気汚染の研究を活かしたい

  • 永島達也さん
    地域環境研究センター 大気環境モデリング研究室 主任研究員
  • インタビュア:広兼克憲(地球環境研究センター 交流推進係)
  • 地球環境研究センターニュース編集局

【連載】インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 一覧ページへ

国立環境研究所地球環境研究センター編著の「地球温暖化の事典」が平成26年3月に丸善出版から発行されました。その執筆者に、発行後新たに加わった知見や今後の展望について、さらに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究が今後どう活かされるのかなどを、地球環境研究センターニュース編集局または地球温暖化研究プログラム・地球環境研究センターの研究者がインタビューします。

第9回は、永島達也さんに、地球温暖化を理解するうえで最も基本となる大気物質や、気象と気候についてお聞きしました。

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「地球温暖化の事典」担当した章
3.1 気象と気候 / 3.12 大気の組成
次回「地球温暖化の事典」に書きたいこと
気候変動と大気汚染の相互作用

大学での講義資料をもとに執筆

広兼

永島さんは『地球温暖化の事典』のなかで、地球温暖化の最も基本的な物理的部分である「3.1 気象と気候」、「3.12 大気の組成」を執筆されています。重鎮の大先生が書くような節とも考えられましたが、プレッシャーはありませんでしたか。

永島

『地球温暖化の事典』は、章ごとに責任者と幹事がいて、私は「3章 地球システム」の幹事でした。3章の責任者である野沢徹さん(現:岡山大学教授)と、章の構成や内容を考え、項目をたてて、誰に執筆依頼するかを話し合いました。ほかの章の担当者からもいろいろと話を聞き、気象と気候など、自分たちで書けるものは担当し、水圏など専門外のものは他の機関の人に執筆依頼することにしました。「3.12 大気の組成」も実は別の人に依頼したのですが断られまして、仕方なく私が執筆しました。そういう訳で、よく受けたなというより、自分で書かなければいけないという状況にあったのです。

広兼

責任ある立場にあったということですね。執筆はどんなふうに進めましたか。

永島

当時、千葉大学や東京工業大学で地球温暖化関係の講義を少し行っていました。温暖化という本題の前に、大気の組成について説明する必要があったので、素材はありましたから、それをまとめたということです。

広兼

私は、若い研究者がどんどん外部で講演や講義をするといいと思っています。永島さんは実際に大学で講義をされ、それが『地球温暖化の事典』に活かされたということですね。

長期的な変化と短期の変化を区別

広兼

私は24年前環境庁(当時)の地球環境部にいて、気候変動枠組条約、生物多様性条約ができあがる過程で、条約交渉の調整をしていました。「生物多様性条約」のBiological Diversityの日本語訳として、当初、日本政府は「生物学的多様性」としていたものを「生物多様性」と改めました。これは科学者(専門家)からの指摘によると聞いております。「3.1 気象と気候」で、永島さんが、気候変動(10年より短い)と気候変化(長期)の区別について記載されていますが、現実には、確かに混同されているように思われます。条約名は「気候変動(Climate Change)」になり、「気候変化」ではありません。このことについて補足していただくことはありますか。

永島

ここ10年くらい、全球の平均気温が上がってない地球温暖化の停滞現象(ハイエイタス)がみられています。人為起源による温暖化が止まってきているのではないかとか、二酸化炭素(CO2)濃度は上昇しているのに最近全球の平均気温は上がってないのだから、CO2温暖化説は嘘なのではないかという、温暖化について懐疑的な見方をする人たちが、気候変動と気候変化を混同して、自分の主張に都合のいいように使うという局面がありました。ちょっとした変化を局所的にとらえて、長期的な変化と短期の変化をきちんとわけないで議論するということで、短期的な変化で気温が下がっているというところを取り出してきて、「ほらやっぱり地球温暖化は嘘じゃないか」という人たちがいます。残念ながら、そういう考え方は、割と一般の人にも受け入れられやすいのではないかと思います。しかし、例え地球を温暖化させるような強制力が働き続けていたとしても、複雑な気候システムの中では内部での自発的な変動によって何年かは気温が上がってないように見えることがあるということを、きちんとわけて考える必要があると思います。

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広兼

ちょっとした言葉の違いでも区別して話す人とそうでない人がいて、いつのまにか解釈の違いが生まれることもありますよね。

永島

言葉の定義、区別について、最近 “エコ” について考えることがあります。エコシステムなどのエコです。テレビでもよく耳にしますが、みなさんどう認識しているのでしょうか。エコがエコロジー(ecology)だとすると、そもそも生態学という意味ですから、いわゆる環境とはちょっと違います。しかし、「ゴミを捨てないようにしましょう」とか、「電気自動車に乗りましょう」などもエコに配慮した行動と考えられています。エコは、いま定義自体が変わってきているのかもしれません。言葉とはだいたいそういうものかもしれませんが、もともとは学術用語だったのが、だんだん応用範囲、適用範囲が広がってきています。ですが、何でもかんでもこれはエコだっていうのは、ちょっと違和感があります。

『雨ニモマケズ』から気候と気象の違いを説明

広兼

「3.1 気象と気候」のなかで、気候と気象(や天気、天候)の違いを説明するのに、宮沢賢治の『雨ニモマケズ』から下記の引用があります。

有名な宮沢賢治の詩 “雨ニモマケズ” に「サムサノナツハオロオロアルキ」という一節が出てくるが、略…ここで彼が期待している通常の夏(= 寒くない夏)が、まさにその場所での夏の気候ということができる。

これはいい話だなと思いました。宮沢賢治は『雨ニモマケズ』以外にも地球温暖化にかかわる小説を書いています。映画化もされた『グスコーブドリの伝記』では、冷害に見舞われたイーハトーブの飢饉を回避するため、主人公のグスコーブドリが、山を人工的に爆発させて大量の炭酸ガスを放出させ、その温室効果によってイーハトーブを暖めることを提案します。永島さんは文学がお好きですか。

永島

特に好きということではありません。『雨ニモマケズ』の引用は、とっかかりやすいことを書いてみようと思ったのです。偶然ですが、学生のときの指導教官が最近使っている授業の資料を見たら、数式が書かれている端のほうに宮沢賢治からの引用がありました。『グスコーブドリの伝記』には、確かに、空気中の炭酸ガスの量と気温の関係とか、今の人が読んでもはっとするようなことが書かれていますね。

観測データや実験結果を活かした数値計算モデルの研究

広兼

大気の研究方法として、観測系と実験系、そして数値計算系に分かれると認識していますが、永島さんの得意分野は何でしょうか。

永島

完全に数値計算です。ほとんど数値計算しかやってきてないといっても過言ではないと思います。

広兼

それにしては微小粒子状物質(PM2.5)や越境大気汚染など、幅の広い分野の研究をされていますね。

永島

どの分野でも、数値計算してその正当性を確認するために必ず観測データと比較したり、数値計算のなかに新しい切り口を入れるために実験結果をもってきたりします。数値計算だけ単体で手掛けるのではありませんが、とはいえ私自身が主体的に観測や実験をしているわけではなく、それぞれを得意とする研究者と共同研究しています。

広兼

それが非常にうまくいっているように見えます。数値計算しているだけと言われますが、永島さんが発表されている論文やポスターでは観測や実験にも詳しいのかなという印象があります。

永島

ありがとうございます。以前、全球の気候モデルを研究していたとき、気候の計算をするのに観測値を使って比較、解析しました。地域環境研究センター所属になってからは、さらにいろいろな観測データを利用し、解析することが増えたと思います。

CO2の寿命は?

広兼

「3.12 大気の組成」の多くの部分を割いて書かれている化学物質の寿命ですが、肝心なCO2の寿命については、長寿命であるという以外、明記されていません。なぜ書かれていないのでしょうか。ズバリ何年というべきでしょうか。

永島

執筆したときに特に意識していなかったのと、そもそも大気の物質については、長寿命(CO2、N2O、メタンなど)と短寿命(オゾン、エアロゾル、NOxなど)の物質を対象とする研究者がわかれていて、私は後者なので、CO2の寿命は念頭になかったのが理由です。ただ、CO2の寿命について文献等で調べてみたら、5〜数百年と一概には言えないようです。基本的に大気中の物質の寿命は、どれだけ速く消費されるか、つまりどれだけ速く大気中から無くなるかということで決まってくるのですが、無くなるプロセスが大気の場所によって違います。

広兼

CO2は海に溶けていますし、植物の光合成によりCO2が固定されます。これは寿命と考えてよいのでしょうか。大気中で光化学反応や放射性物質の崩壊も寿命といえるかもしれません。存在形態にもよるのでよくわかっていないのではないかと思いますが、たとえばアイスコアで何十万年前の空気を調べればCO2がどれだけ入っていたかわかるというのは、こうした寿命とどういう関係があるのでしょうか。

永島

大気中から “無くなる” ところが一番重要なのですが、植物に吸収されてしまうというのも、海に溶け込むというのも寿命を規定する要素です。それは地表面付近で起こることで、地球生物学的なプロセスですが、CO2が無くなるわけですから、寿命としては短くなります。ところが、CO2が大気の上の方に運ばれると化学物質と化学変化を起こしたり、光乖離したりすることがあまりないので、寿命はものすごく長くなります。だから、CO2の寿命は一概には「何年」とはいえないのです。また、氷のなかに閉じ込められると、周りの氷とのやりとりはあるのかもしれませんが、あるとしてもそれだけで、しかもその速度はそんなに速くないと思います。そうすると、あとは閉じ込められた空気のなかで、化学変化もほとんど起こらないし、光ももちろんあまり届かないので、CO2としてずっと残っているのです。しかし放射性の改変はするので、CO2のなかの炭素(C)の放射性物質の同位体の割合は変わっていきます。

広兼

なるほど、この話は初めて聞き、納得しました。

永島

CO2の寿命についても書けばよかったですね。

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地球規模からローカルな環境問題まで携わってみて

広兼

環境省の技術系の職員は地球規模の現象が得意な人とローカルな環境問題が得意な人とはっきり分かれます。永島さんは専門外の分野もうまくこなし、ローカルも地球規模も得意にされているように見えますが、どちらの方が得意ですか。

永島

私は大学院から国立環境研究所に入所し、最初の数年間はずっと地球規模の研究を行っていましたので、ローカルな環境問題については、後で勉強しました。どちらが得意かと問われてもなかなか難しいですが、今はむしろ地球規模のことが少し頭から抜けていって、ローカルな環境問題の方に主な関心が向いているかもしれません。どちらにしても自然科学的な基礎は基本的には同じだと思っています。地域環境研究センターに移ってPMやオゾンの研究を始めるときに、地球環境研究センターと何が違うのかと考えました。今でも答えが出ているわけではありませんが、違いの一つは、地域環境研究センターは、環境問題としてどうやって解決するかというところにより力点が置かれているということです。環境問題全体を把握しようということももちろんありますが、把握した後にどういう対策を打てばいいか、対策技術は実際どういうものがあるかを研究している人が多いです。もちろん地球規模の現象を解明する地球環境研究センターの人も解決に向けた方策を検討していますが、これまでのイメージとしてはそういう違いがあるような気がします。

広兼

地球規模の環境問題としてはCO2による地球温暖化が代表的な例ですが、それを解決するためには地球上のすべての人を動かさなければなりません。地域的な環境問題では汚染源が特定されやすいですから、その原因をなんとかすれば解決に結びつくことが多いですね。ところがCO2の削減は、発電所だけ全部を止めればなんとかなるというようなことではないし、全部というところにも難しさがあります。

永島

大気汚染にも不確実性はありますが、ここを止めればこれくらい悪影響が減るだろうという見積もりが比較的しやすくて、見積もった後には、対応を効果的に進めるにはどういう技術、どういう交渉が必要かということに進んでいきます。ところが、気候変動の場合、あるところのCO2の排出を止めたらどこに影響がどれだけ出るかということは、不確実性が格段に大きくてほとんど分からない場合もあります。誰が加害者で誰が被害者か、被害者は誰に対して損害賠償を請求すればいいかという構造がなかなか成り立ちにくく、みんなが加害者でみんなが被害者でということにもなりえます。ですから、状況を把握しても、すぐに具体的な対策に結び付かないのです。まず前段階としてもう少し加害者と被害者を具体的に特定するにはどうすればいいか、加害者と被害者が曖昧なままでも、どうやったら交渉が成立するか、ということになってしまっているのかもしれません。

気候変動と大気汚染の相互作用をまとめたい

広兼

次回、『地球温暖化の事典』を執筆するとしたら、書きたい内容はありますか。

永島

気候変動と大気汚染の研究を進めてきたので、大気汚染が気候変動に与える影響とか、反対に気候変動が大気汚染に与える影響をまとめたいと思います。自然科学的にどういう相互作用があるかというのに興味がありますし、対策の共通性なども私自身が担当するかどうかわかりませんが、まとめると面白いと思います。

広兼

全体を考えられる人は少ないので、是非、お願いしたいですね。

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二酸化炭素(CO2)、及びメタン(CH4)とすす粒子(BC)の排出規制による将来の気温上昇量評価。それぞれ単独の排出規制(赤、青実線)に比べて、両者を組み合わせることで(緑実線)、より早くから気温上昇を抑え、最終的な昇温を小さくできる可能性を示している。UNEP/WMO 2011を改変(出典:谷本浩志「大気汚染と気候変化の新たな関係:地球温暖化のもうひとつの原因」国立環境研究所ニュース2012年度31巻5号)

*このインタビューは2015年11月18日に行われました。

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