2016年1月号 [Vol.26 No.10] 通巻第302号 201601_302004

長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 12 大気中の有害成分(光化学オキシダント[オゾン])を正確に測る

  • 地球環境研究センター 炭素循環研究室 主任研究員 藍川昌秀

【連載】長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 一覧ページへ

1. 健康被害を未然に防ぐ

「光化学スモッグ注意報発令!」こんな校内放送が流れ、楽しく遊んでいた校庭から教室に退避した覚えはありませんか? 1970年代から80年代にかけては夏季の暑い日にしばしば発令されていました。大気汚染が改善された現在でも地域によっては、年に数回ほど、発令されています(平成26年の光化学オキシダント注意報等の発令延日数は15都府県で83日[環境省、2015])。

ところで「光化学スモッグ」って何でしょう? 工場や自動車などから排出される排気ガスに含まれる窒素酸化物や炭化水素などの揮発性有機化合物が、太陽からの紫外線により大気中で光化学反応をおこして生成される化学成分により、周囲の見通しが低下した状態を言います(スモッグは​Smoke​[煙]と​fog​[霧]の合成語です)。大気中の光化学オキシダントの濃度が高まると、目がチカチカする、涙が出る、のどが痛い、頭痛がするなどの症状が出る場合があります。このため、全国自治体では光化学オキシダント高濃度が懸念される場合に、光化学スモッグ予報や注意報などを発令し、健康被害の未然防止を図っているのです。

光化学オキシダントは複数の有害化学成分の混合物ですが、そのほとんどはオゾンという酸素原子3つから構成される物質です(我々が呼吸で吸っている酸素は酸素原子2つから構成される物質ですから、2つ[呼吸に不可欠]と3つ[有害]とでは大違いです)。大気中の光化学オキシダント(オゾン)濃度は大気汚染防止法という法律に基づき全国の自治体で1時間ごとに測定され、その結果をもとに注意喚起が行われています。しかし、これを全国統一的に精度高く行うということは、思うほど簡単なことではありません。まずは、オゾン濃度を正確に測定する方法を見てみることにしましょう。

2. オゾン濃度を正確に測る

一般的にある物の濃度を測定しようとするときには、まず基準となる濃度を持つ物質(標準物質)を準備し、標準物質をもとにして測定します(図1を参照)。ところが、オゾンは化学的にとても不安定な物質であるため、一旦標準物質を作っても短い時間のうちにその濃度が変化してしまうので、上記の方法を使うことができません。また、同じ理由から、濃度を測りたい地点で大気の試料を採取し、実験室に持ち帰って測定することも不可能です(この場合は、採取した大気試料中のオゾン濃度が採取時点から実験室まで試料を運んでいる間に変化してしまうことになります)。では、どうすれば測ることができるのか? オゾン濃度を測る場合には、標準物質を作るのですが、その標準物質を作った際に、その情報を計測機器に覚えさせ(記録し)、その計測機器の情報をもとにして、測定するという方法をとります。

figure

図1標準物質を用いて濃度を測定する方法 ① 濃度が異なるいくつかの標準物質を準備する。
② 標準物質を測定し、その応答(測定結果)を調べる。
③ 標準物質の濃度と応答の関係式を求める。
④ 濃度を知りたいものを測定し、その応答を調べる。
⑤ ④の応答と③の関係式から測定したものの濃度がわかる。

さらに、オゾンの場合には、計測機器に覚えさせる標準物質の濃度自体をどのように正確に決めるかということが課題となります。標準となるオゾン濃度を決める方法は大きくは、(1) 中性りん酸塩1%よう化カリウム溶液法、(2) 気相滴定法、(3) 紫外線吸収法、の3つの方法があります。どの方法を用いるかは、日本工業規格(JIS)で決められていますし、自治体が行う大気環境のモニタリングにおいては、環境大気常時監視マニュアルによって決められています。JISにおいては2006年まで、環境大気常時監視マニュアルにおいては2010年まで、中性りん酸塩1%よう化カリウム溶液法を用いることとされてきました。これは、発生させたオゾンを中性りん酸塩1%よう化カリウム溶液に吸収させ、手分析により濃度を測定するため、測定器具や測定条件の違いによる再現性の悪さに由来する誤差(バラツキ)が大きい方法でした。オゾン濃度の決定(値付け)は自治体ごとに行われているため、値付けを行う際の自治体間の差が、実際の大気環境中オゾン濃度の差に反映されてしまうことになります。これでは最初に述べた光化学スモッグ注意報等を発令するときに、値付けの際のバラツキにより、注意報等の発令を判断する大気中オゾン濃度に、自治体間の差が生じてしまう可能性がありました。

3. バラツキの少ない基準の設定

現在は、紫外線吸収法という方法により、オゾン濃度を決定(値付け)しています。この方法は、オゾンが紫外線領域に強い吸収帯をもつという物理的性質に基づいています。オゾンを封入した容器に紫外線をあてると、その容器を通過して出てくる紫外線は最初(容器に入る前)よりも弱くなって出てきます(図2を参照)。これは紫外線がオゾンによって吸収されたことを意味します。この吸収される強さ(割合)は容器の中に封入したオゾンの量に依存します。つまり、容器に入る前とオゾンに吸収された後の容器から出てきた紫外線量を測定すれば容器の中にあるオゾンの量(濃度)を求めることができることになります。この方法は先に述べたよう化カリウム溶液法と比べ、測定精度が高く、また長期間にわたって変動が少ない方法であることから、バラツキが少なく、長い期間にわたって観測を行う際の基準としてより適しています。

figure

図2オゾンによる紫外線の吸収(筒の中で、オゾンが紫外線を吸収している)

実際の測定では、オゾンが存在するセル(容器)に紫外線を照射し、入射前(オゾンによる紫外線吸収前)と入射後(オゾンによる紫外線吸収後)の紫外線の強度比を測定し、オゾン濃度を算出することになりますが、この原理では、オゾン1分子が紫外線を吸収する面積(吸収断面積という)を別途、決定しておくことが必要となります。現在は、波長253.65nm(1nmは1mの10億分の1)の紫外線に対して、1.1476 × 10−21m2/モル(6.022 × 1023個のオゾンが集まると1.1476 × 10−21m2の吸収断面積をもつ)と実験に基づいて決められた値を用いています。

4. 測定体制の整備・運用と今後

環境大気中のオゾン濃度を全国統一的に、自治体ごとによる差などを少なく、長期的に安定して測定し続けるためには、3. に述べたような、精度が高い測定原理の手法を採用することに加え、校正・測定体制を体系的に整備し、安定的かつ継続的に運用することが求められます。大気汚染防止法に基づく大気汚染常時監視に関する校正体制については、2010年度にトレーサビリティ体制が整備され、その体制に基づく安定的な運用が行われています(トレーサビリティ体制とその安定的運用については、藍川昌秀・向井人史・橋本茂・谷本浩志「オゾン(光化学オキシダント)による大気汚染はどのように正確に測られているか? 〜『オキシダント二次標準測定器設置自治体運営連絡会議』報告〜」地球環境研究センターニュース2014年3月号を参照)。

一方、基準となるオゾン濃度の決定については、現在も物理的・化学的に、より正確な値の決定に向けて、研究・実験が続けられています。紫外線吸収法によるオゾン濃度の測定では、3. で述べたようにオゾンの吸収断面積が決められていますが、正しい値とのずれがより少ない測定法(気相滴定法)との比較実験・検証が行われ、オゾンの “真の” 吸収断面積は、実際にはもっと小さいのではないかと議論されており、今後、現在の値(1.1476 × 10−21m2/モル)が2%ほど小さな値に見直される可能性があります[注]。この見直しが行われると、現在の値で測定されている環境大気中のオゾン濃度は今の測定値よりも2%ほど大きな値を示すことになり、紫外線吸収法により測定された測定結果にも影響を及ぼすことになります。

5. より確かで、高い精度の観測を目指して

環境大気中のオゾン濃度の測定方法は今後永久に不変なものではなく、より確かで、精度の高い測定を目指して、実験・研究が現在も進められています。また、より真に近い値を測定するための科学研究・技術開発と並行して、健康被害を未然に防ぐという社会的な観点からは、精度の保証と管理がなされた測定を、長期間にわたって組織的・継続的に制度として運用していくことが求められます。今後も自然科学的側面と社会制度的側面の両輪に支えられて、大気中の有害成分(光化学オキシダント[オゾン])のより正確な測定へ向けての挑戦は続きます。

脚注

  • Viallon et al. (2015) Accurate measurements of ozone absorption cross-sections in the Hartley band. Atmos. Meas. Tech., 8, 1245-1257, doi:10.5194/atm-8-1245-2015.

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP