2016年1月号 [Vol.26 No.10] 通巻第302号 201601_302005

それは一枚のカラー写真から始まった—北海道陸別町が地球環境に関する科学教育にとても熱心なわけ— 日本で一番寒い町での出前授業レポート

  • 企画部広報室 係員 高橋里帆
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写真1

北海道東部の陸別町立陸別中学校の物理室にある一枚の写真。これは1989年10月21日20時50分に陸別町上陸別(かみりくべつ)で観測された低緯度オーロラの撮影に成功したものであり、国内で初めて撮影されたオーロラのカラー写真です。これと同じものは陸別町役場ロビーにも飾られており、撮影者は役場の職員の方です。

オーロラは南極域や北極域で頻繁に観測されることが知られており、南極観測隊にもオーロラの研究者がいます。人口2,500人の陸別町民の中で南極観測隊経験者が2人もいるとのことです。南極で地中深くの氷床コアを採取し、過去の気候や温室効果ガス濃度を調べるプロジェクトが日本の南極観測ポイントである「ドームふじ」で行われていますが、氷床コアを採取するための予備試験は、この陸別町で冬に大きな天然氷をつくって行われたそうです。このように、この写真をきっかけに、陸別町には地球科学の研究者が訪れるようになり、今ではさまざまな研究機関がここでオーロラや大気の観測を行っています。

日本一寒い町としても知られる陸別町では、このような経緯からオーロラ、地球温暖化、南極観測などに関心が高く、科学教育にも非常に熱心です。人口2,500人の自治体が、日本一の光学望遠鏡を備えた天文台を立て、その周辺に観光客や天文ファン用の宿泊施設まで用意していることに驚きました。それだけではなく観測研究にも理解が深く、大学や我々国立環境研究所などの研究機関にも非常に積極的に協力をしてくださいます。国立環境研究所の陸別成層圏総合観測室での観測研究では、大変お世話になっています。

そんな陸別町で毎年行われている陸別出前授業の様子を今回はいつもより詳細に報告させていただきたいと思います。

1. 陸別中学校と生徒の皆さん

2015年11月28日、陸別町唯一の中学校である陸別中学校を訪れました(写真2)。

陸別中学校では年に数回の土曜日授業が開催されていますが、この週は各地から招かれた研究者が出前授業を行いました。今回、陸別町でモニタリング事業を行っている御縁で、地球環境研究センター大気・海洋モニタリング推進室の町田敏暢室長に出前授業の依頼があり、広兼克憲主幹(兼交流推進係)、企画部広報室の高橋里帆(筆者)も共に陸別中学校へ向かいました。

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写真2陸別中学校の外観

急な階段を上って玄関から建物の中へ入ると、生徒の一人から「おはようございます!」と元気な声で挨拶され、びっくりしました。出前授業を行う教室へ行くまでの廊下では、学年、男女問わず、ほとんどの生徒が挨拶と共に礼儀正しく迎え入れてくれ、陸別中の生徒の皆さんの誠実な人柄に感動しました。

陸別町は周りを山に囲まれ、寒暖差の激しい盆地に位置しています。真冬は最低気温−30°C以下、昼間の最高気温でも−20°C以下ということもしばしばあるため、日本一寒い町として知られています。だからこそ、建物も寒さや雪に対策された構造となっています。急な階段は雪が積もっても大丈夫なように高床式にするためですし、窓は複層ガラス構造です。この構造では、すき間を真空状態とするか、ガスを密閉することで高い防熱・防寒効果を得られるそうです。そんな環境だからか、学校内の生徒の皆さんの格好はジャージだったり、中には半袖を着ている生徒もいたりと、当日の外気温2.7°C(日最高)に比べて大分薄着でした。特に印象的だったのは、休日にも関わらず、元気に登校している姿です。休日の授業に対していやな顔をするどころか楽しげに話しながら教室へ向かう様子を見て、学校が楽しいんだろうなぁ、と感じました。

2. 出前授業〜二酸化炭素はどこから来てどこに行くのだろう〜

今回の出前授業では、国立極地研究所が1年生に、陸別町の銀河の森天文台が2年生に、そして国立環境研究所が3年生にそれぞれ講義を行いました。

3校時目、国立環境研究所の町田室長の授業が始まりました。

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写真3生徒達に向かって説明を始める町田室長

授業は、前半に講義、後半に実験の二段構えです。講義では、二酸化炭素が産業革命後から増えているとなぜ判明したのか、そもそもなぜ増えているのか、増えるにしても、なぜ季節変動があるのか、増えた二酸化炭素はどこへ吸収されているのか、ということが順を追って解説されました(写真3、4)。

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写真4講義を真剣に聴く生徒の皆さん

講義の間にはクイズを入れ、生徒の皆さんが楽しめる工夫も盛り込んでいました。

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写真5二酸化炭素濃度には、なぜ季節変動があるのか? 積極的に手を挙げてクイズに回答する生徒の皆さん

クイズの回答時も積極的に挙手し、皆さんが真面目に参加している様子が伝わってきます(写真5)。

そして、いよいよ実験です(写真6)。

人間活動により排出された二酸化炭素は、その約半分が陸上植物や海洋に吸収され、大気中に残るのは半分程度だそうです。そこで、実際に海水が二酸化炭素を吸収するところを見てみよう、というのが実験の主旨です。最初に町田室長がお手本を示します。

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写真6実験セット。どうやって二酸化炭素の吸収を確かめるのでしょうか?

まず、海水をスポイトでプラスチックの容器に移し、更にその中へBTB溶液を加えます。すると…

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写真7海水にそのままBTB溶液を加えたもの。容器の中の液体の色に注目してください

なんと、海水が青くなりました(写真7)。これは、BTB溶液が海水の弱アルカリ性に反応したためです。つまり、元々海水は弱アルカリ性なのです。続いて、今度は海水に息を吹き込み、よく振ります(写真8)。

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写真8息を吹き込んだものを30回程度振ると…

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写真9黄色へ変化しました!

するとアルカリ性の青色が、黄色へ変化しました(写真9)。BTB溶液が黄色になるのは、酸性溶液に対してです。つまり、海水が酸性化したことを示しています。このような色の変化により、海水は、二酸化炭素を吸収して酸性化するということが証明されました。

次は、生徒の皆さんが実験をする番です。

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写真10, 11, 12実験をする生徒の皆さん

写真10〜12をみても、生徒の皆さんがこの実験を楽しげに行っているのが伝わってきます。

3. まとめ

出前授業の中で、最も印象に残ったのは、冒頭で述べたとおり、生徒の皆さんの、楽しそうな姿でした。また、皆さんが講義を真面目に聞き、実験を楽しみ、授業に真剣に取り組んでいる様子が伝わってきたことでした。恥ずかしながら私が中学生だった頃は、授業中に寝てしまったり、注意されても私語をやめなかったり、決して謙虚に学ぶとはいえない状況でした。だからこそ、陸別中学校の皆さんの姿がより印象に残ったのです。

陸別中学校の皆さんは何故学習に真剣に取り組むのだろうと考えたとき、それはこの町特有の学習環境があるからかな、と思いました。つまり、研究者との距離が近いことです。陸別町では、一枚のオーロラのカラー写真をきっかけに注目が集まり、様々な研究所が観測機器を持ち込むようになって、多くの研究者がこの町を訪れるようになりました。陸別町の方も研究に理解を示して多くの便宜を図り、かつ教育熱心で、子供たちと研究者を繋ぐ取り組みに力を入れてきました。土曜授業に研究者を招き、出前授業を行うのもその一つです。このように教育に責任を持つ地方自治体が研究者と連携して双方が得意なことを活かすことができるからこそ、出前授業が毎年続いているのだと思います。そして出前授業では教科書に書いていない知識を、実体験と共に学ぶことができます。実験によって科学の現象を目の当たりにすることで、感情が動かされながら、しかもその道の研究者から科学を学ぶことができる。また、兄弟、姉妹、友達などの間で陸別の出前授業が共通の体験となり、科学の話題が日常会話の中にあらわれ、より身近に科学を感じることができるようになる。こういった教育環境は、他ではなかなか見られないのではと思います。

科学は、ただ理科の教科書に出てくる言葉だけではない。一見生活に関係していないようでいて、実は密接につながっている、ということを実体験と共に学ぶことができる。そういう環境が陸別の地に根付いているからこそ、研究者と身近に触れ合い、授業を当たり前のように受け入れ、真剣に向かい合うのではないか。そう考えさせられるような体験でした。

一枚のオーロラの写真が研究者を呼び寄せ、その町が研究者と子供たちを繋ぎました。そして、その繋がりは今の子供たちが大人になっても続いていくのだろうな、と感慨深く思いました。そして、陸別町だからこそ出会えたこの繋がりを、私も守っていきたいと思いました。

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