2016年2・3月号 [Vol.26 No.11] 通巻第303号 201602_303004

予測の予測:世界平均気温変化に関して、いつまでにどれだけ確実にわかるのか?

  • 地球環境研究センター 気候モデリング・解析研究室 主任研究員 塩竈秀夫
  • 地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室長 江守正多
  • 社会環境システム研究センター 統合評価モデリング研究室 主任研究員 高橋潔

1. 背景

現在の気候モデルによる将来気候変動予測には大きな不確実性があり、気候変動対策を考えるためには予測の不確実性の幅をより小さくすることが求められます。本研究では、複数の気候モデルの実験結果を分析し、地上気温の観測データを2050年まで蓄積することによって、2090年代の気温変化予測の不確実性が60%以上低減できることを明らかにしました。

図1に、「気候変動に関する政府間パネル第5次評価報告書(IPCC AR5)」に貢献した15の気候モデルを対象として、4つの温室効果ガス排出シナリオにおける世界平均気温変化予測の不確実性幅を示します。同じ排出シナリオに対しても、世界平均気温変化の将来予測には気候モデル間で大きな幅(モデル不確実性)があることがわかります。例えば、2015年12月にパリで開催されたCOP21で合意された世界平均気温の上昇を産業革命前から2°Cまたは1.5°C以下に抑えるための排出量削減策(緩和策)を考える際には、モデル不確実性の上限と下限では、必要な削減量が異なり、コストの見積もりにも大きな差が生じます。そのため、予測のモデル不確実性を低減することが急務となっています。

これまで、モデルによる過去気候再現実験データと実際の観測データの比較結果から、モデルの将来予測を補正し、不確実性を低減する研究が行われてきました(詳細は後述)。先行研究では、過去の観測データの蓄積によって、不確実性低減が進むことが示されてきました。一方、将来の観測データが今後追加されることによって、いつまでに、どれだけ不確実性が低減できるかは十分に調べられてきませんでした。そこで、我々は、将来の観測データによる不確実性削減の効果を推定する方法を開発し、世界で初めて「将来予測の不確実性低減に関する現実的な予測」を提示しました。

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図1世界平均10年平均気温変化(°C)。1900–1919年平均からの差。RCP2.6(青)、RCP4.5(緑)、RCP6.0(赤)、RCP8.5(黒)排出シナリオにおける気候モデル実験から得られた、世界平均気温変化予測の不確実性幅を示しています

2. 手法

我々はASK法(Allen, Stott, Kettleborough法)と疑似観測法と呼ばれる2つの手法を組み合わせることで、将来の観測データの増加による不確実性低減効果を見積もりました。

ASK法では、まず気候モデルの19世紀から近年までの過去気候再現実験データと、観測データの気温変化を比較します。そして、各気候モデルについて、過去の気温変化の過小または過大評価の程度を示す補正係数を求めます。この補正係数は、単一の数値ではなく、不確実性の幅を持ちます。気候モデルが過去の変化を過小・過大評価していた場合、将来の気候変化も過小・過大評価すると考えられます。そのため、気候モデルの将来予測に補正係数を掛けることで、より信頼性が高く、かつ不確実性の幅を持つ予測(ASK予測と呼ぶ)を得ることができます。観測データが蓄積すると、より強い温暖化シグナルを含むデータが増えるため、補正係数の不確実性幅が狭まり、ASK予測の不確実性幅も小さくなります。先行研究では、2000年までの地上気温観測データを用いた場合よりも、2010年までの観測データを用いた場合の方が、不確実性幅が狭まることが示されてきました。

ASK法を用いる場合、将来さらに観測データが蓄積されれば、不確実性幅をより狭めることができると期待されます。この将来の観測データの効果を推定するために、疑似観測法を用います。疑似観測法では、多くの気候モデルの実験のうち、1つのモデル(モデルA)の過去気候再現実験および将来予測実験の結果を「疑似観測データ」と考えます。この疑似観測データと「モデルA以外のモデルの平均」をASK法で比較し、ASK予測の不確実性幅を見積もります。この方法を用いれば、現在の地上気温観測網が維持されると仮定して、20XX年までの観測データが得られた場合に、その将来である20YY年代気温変化予測の不確実性低減効果を見積もることができます。また、疑似観測データの20YY年代気温変化(“正解”)が、ASK予測の不確実性幅に含まれるかを確認することで、ASK予測の予測可能期間(何年先まで不確実性幅が正解を含むか)を調べることができます。

以上の方法を用いて、気温変化予測の不確実性を、いつまでにどれだけ低減できるかを評価しました。

3. 結果

図2に、観測データの蓄積によって、2090年代の気温変化予測の不確実性を、いつまでに何%狭められるかを示します。全ての気候モデルの実験データを順番に疑似観測データだと考えてASK法を適用し、その結果を平均したものです。2039年までの観測データを用いた場合は、ASK予測が2090年代の疑似観測データ(“正解”)から外れてしまう場合があります。一方、2049年までの観測データが(2050年に)得られれば、2090年代の疑似観測を含むようにASK予測の不確実性幅が収束するようになり、かつASK法を用いない2090年代気温変化予測の不確実正幅(図1の2090年代の不確実性幅)に比して2090年代地上気温変化予測の不確実性幅を60%以上低減できます。

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図2観測データの蓄積によって、いつまでに予測不確実性を何%狭められるか。横軸は、何年まで観測データが蓄積したか。縦軸は、ASK法を用いない2090年代気温変化予測の不確実性幅(図1の2090年代の不確実性幅)に対して、ASK予測が何%不確実性幅を狭められたかを示します。菱形は、現実の観測データを用いてASK法を適用した場合の、不確実性低減効果の大きさ。点線は、気候システム内のランダムな自然のゆらぎがあることによる不確実性低減の上限であり、ASK法ではこの上限を超えて不確実性を低減することはできません。2039年までは、ASK法による予測は外れる場合がありますが、2049年以降(2049年までの観測データが揃うのは2050年)は“正解”にむかって収束します

4. 今後の展望

この研究では、地上気温観測網が維持されることによる効果だけを考慮しています。ほかの観測データ情報の取り込み、気候モデルの改良、不確実性をもたらす物理プロセスの理解などにより気候変動に関する将来予測技術が発展すれば、より早く不確実性を低減できるかもしれません。一方、本研究では炭素循環フィードバックの不確実性は考慮できておらず、今後の課題になっています。

我々は、初めて「将来予測の不確実性をいつまでにどれだけ低減可能か」に関する具体的な情報を提示することができました。今後は、図2に示したような速度で不確実性が低減できると前もって分かっている場合に、緩和策にどのようなオプションが得られるか(2050年までは予測の上限を参考に排出削減を進めるが、不確実性が低下したら政策を変更する等)を、研究していく予定です。

なお、本研究は環境省の環境研究総合推進費S-10プロジェクト(地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究)の支援を受けて実施されました。

この内容は2016年1月11日付でScientific Reports誌に掲載されるとともに、国立環境研究所から記者発表されました。

発表論文
Shiogama H., Stone D., Emori S., Takahashi K., Mori S., Maeda A., Ishizaki Y., Allen M. R. (2016) Predicting future uncertainty constraints on global warming projections. Scientific Reports, 6, Article number: 18903, DOI: 10.1038/srep18903.
http://www.nature.com/articles/srep18903
記者発表
2090年代の世界平均気温変化予測の不確実性を、2050年までに大幅に低減できることを解明(お知らせ) http://www.nies.go.jp/whatsnew/20160111/20160111.html

目次:2016年2・3月号 [Vol.26 No.11] 通巻第303号

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