2016年10月号 [Vol.27 No.7] 通巻第310号 201610_310003

インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 16 気候モデルの不確実性の低減が開くさまざまな可能性—気候モデル研究で温暖化対策に貢献する—

  • 塩竈秀夫さん
    地球環境研究センター 気候モデリング・解析研究室 主任研究員
  • インタビュア:永島達也さん(地域環境研究センター 大気環境モデリング研究室 主任研究員)
  • 地球環境研究センターニュース編集局

【連載】インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 一覧ページへ

国立環境研究所地球環境研究センター編著の「地球温暖化の事典」が平成26年3月に丸善出版から発行されました。その執筆者に、発行後新たに加わった知見や今後の展望について、さらに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究が今後どう活かされるのかなどを、地球環境研究センターニュース編集局または低炭素研究プログラム・地球環境研究センターなどの研究者がインタビューします。

第16回は、塩竈秀夫さんに、気候モデルの不確実性の低減の方法や低減の難しさについてお聞きしました。

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「地球温暖化の事典」担当した章
4.6 不確実性の評価と低減 / 5.4 極端現象
次回「地球温暖化の事典」に書きたいこと
event attributionの詳しい解説

得意な分野とニーズがうまく合って

永島

塩竈さんは『地球温暖化の事典』のなかで、気候変化予測の不確実性について執筆されていますが、この研究に取り組まれたきっかけを教えてください。

塩竈

10年前に国立環境研究所に入所してから始めたのですが、きっかけについては忘れてしまいました。研究していて面白いと思うのは、不確実性を少しでも低減できたら政策貢献につながるというところです。というのは、気候変化予測の不確実性があると、世界平均気温上昇を1.5°Cや2°C以下に抑えようとする場合に、どれだけ二酸化炭素の排出量を減らしたらいいかという正確な値がわからないからです。また、温暖化対策として、高潮を防ぐ堤防の高さをどのくらいにしたら良いかを考える場合にも、気候変化予測の不確実性が問題になります。

永島

私も塩竈さんと一緒に不確実性の研究に取り組みましたが、途中でリタイアしてしました。こういう研究は、数学が好きな人に向いていると思います。昔から統計等を利用して議論をするのが好きだったのでしょうか。

塩竈

数学が割と得意だったのと、日本では、たとえば気象学の研究分野などで、実はあまりそういうことを好きな人がいなかったので、逆に自分がやるべき分野なのかなと思いました。

永島

自分の好きな分野とニーズがうまく合ったのですね。

塩竈

しかもそれが分野的に隙間になっているので、進めてみようと思いました。

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モデル結果のバラツキから気候モデルの不確実性の低減を研究

永島

“不確実性の評価と低減” では、3種類の不確実性(排出シナリオ(社会経済)の不確実性、気候モデルの不確実性、内部変動の不確実性)を挙げられていますが、塩竈さんにとって最も興味がある、あるいは重要だと思われるのは、どの要素でしょうか。

塩竈

重要性でいうとどれも同じくらいです。たとえば10〜20年の短い期間では内部変動の不確実性が一番重要ですが、100年の長期スケールですと、気候モデルの不確実性や排出シナリオの不確実性が重要になります。そのなかで、私が研究として貢献できるのは気候モデルの不確実性です。

永島

気候モデルの不確実性にはいろいろな要因があります。モデルのなかで経験式(たとえば雲の中を氷粒がどのような速度で落下し、周りの大気にどのような影響を与えるか、といった式)を使っているところはもちろん不確実ですし、経験式を使っていなくても解像度の違いによって不確実性は変わってきます。気候モデルの不確実性で、どういう観点が一番重要だと思っていますか。また、塩竃さん自身が研究しているのはどんな分野ですか。

塩竈

モデルを改良して不確実性を減らしていく、または、今までなかったコンポーネントをモデルに入れていくことで、想定されていなかった不確実性を考えていくのも大事です。私は、モデルの結果のバラツキから、その理由や不確実性の低減方法を研究しています。

永島

私は、大学院生になった当初、モデルではそもそもわかっていることを定式化しているので、そこから新しいことを出すのは難しいし、新しいことが出てくるはずがないとさえ思っていました。今はそうは思っていませんが、モデル自体を主な研究対象とするモデルの不確実性研究を進めていくなかで、どういうところに面白みを感じているのでしょうか。

塩竈

たしかに、知っていることしかモデル化できませんが、それを詳しく見ていくと、実はわかっているつもりでもきちんと理解してなくて、その事象の一部分しか表現できていないことが明らかになってきます。また、それならどうすればいいのだろうと考えるきっかけになったりします。

不確実性の低減に関する議論の進展

永島

『地球温暖化の事典』のなかでも不確実性の低減の今後の見通しについて触れられていますが、発行後の研究の進展について教えてください。

塩竈

『地球温暖化の事典』が発行された頃は、日本の現在の雨の降り方を正しく再現できていれば、将来の雨の降り方も予測できるのではないかと考えられていました。しかし、実はそんなに単純ではありません。たとえば日本の将来予測は、ペルー沖の海の温度をうまく再現していないと出せないことがわかってきたのです。つまり、遠隔応答があるので、特定の現象に関する将来予測の信頼性を考えるとき、どの領域・物理量のバイアスを見ればいいかというのが単純ではないということです。もう一つわかってきたのは、将来予測の見るべきポイントです。日本の気温変化予測やアメリカの降水量変化予測など複数の予測の信頼性を考えるには、それぞれ別のバイアスを見なければいけないということ、予測のすべての側面の信頼性を評価できる単一の指標は存在しないということです。簡単にこのモデルが一番いいとはいえないということが理解され、議論がより精密になってきました。それが進展であり、進展した結果、不確実性の低減はさらに難しいということがわかってきました。

もう一つ大きい話題があります。気候感度の不確実性の幅がIPCC第5次評価報告書(AR5)でAR4より広がってしまいました。AR4では2〜4.5°Cだったのが、AR5では1.5〜4°Cと下限が下がってしまったのです。その原因となった有名な論文に関していろいろな議論が激しく行われ、どうやらその内容に問題があったのではないかということになりました。IPCC AR6では下限をもう一度上げることになるかもしれません。

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将来の南米の水資源量変化予測の不確実性制約の例 左図aは14モデルの予測の平均値。右図bはバイアスの少ない、よりもっともらしい予測。複数の予測結果がばらつく場合に、人間の心理として平均値(または多数決の結果)が信頼できると考えがちだが、実際には平均値と逆符号の予測の方が信頼性が高い場合があるという例。 (出典)Shiogama et al. (2011) Observational constraints indicate risk of drying in the Amazon basin, Nature Communications, 2, Article number: 253 報道発表資料(http://www.nies.go.jp/whatsnew/2011/20110330/20110330.html)参照。

国際的な研究コミュニティでのとりまとめの難しさと楽しさ

永島

塩竈さんは、“極端現象” の変化に関しても執筆されています。極端現象自体は、人間の生活の質(Quality of Life: QOL)にも直結する興味深いテーマですが、一方で、その数値モデルでの再現は、平均値などに比べて一段と難しくなり、さらにその不確実性の評価ともなると取り組むのが一層困難で、ともすれば研究をしたとしても確たることが何もいえないことすら懸念される、ある種、誰もが尻込みしてしまうようなテーマではないかと、個人的には思っています。そうしたなかで、塩竈さんはどういった部分に一番の興味や面白さを感じているのでしょうか。

塩竈

どんな科学の分野でも最初はみな楽天的な夢を見ますが、実際進めていくと難しいということがわかってきて、内容が精密になっていくということは共通しています。それ自体は自然なことで、むしろ科学的に進歩していることの証拠だと思いますから、ストレスには感じません。極端現象は政策決定の際に必要な情報であるのに、そういう重要な部分に大きな不確実性の幅があるのは問題ですから、少しでもその幅を縮めたいと考えています。

永島

今、世界中でものすごい数の人が気候変動の研究をしています。たくさんの人が研究するというのは、逆にフォローしなければならないことが数多く出てくるということでもあります。塩竃さんはDetection and Attribution Model Intercomparison Project(DAMIP)の共同議長をされていますね。国際的なコミュニティの中でまとめ役を担うのは大変だと思います。今後に向けてどうしたいか、どういう思いで共同議長を務めているかなどお聞きしたいと思います。

塩竈

DAMIPは、過去の気候変動の要因を分析して、そこに人間活動の影響があるかどうかを調べる、国際モデル相互比較プロジェクトです。その取り組みは、次期IPCC報告書にも重要な貢献になると考えています。共同議長として大変なのは、科学者はみな、自分が興味のあるテーマを最も重要視していて、いろいろなことを要求してくることです。ところが、DAMIPの第一の役割は、まったく新しい取り組みではなく、IPCC第3次評価報告書から継続しているdetection and attribution(観測データから気候変動を同定し、それに対する人間活動の影響を評価すること)の研究グループのモデル比較なので、いわば今までの知見のアップデートです。そのため、周囲からは、以前と同じ実験をしているだけではないかと見られてしまいます。しかし、新しい発見はあくまで今までの積み重ねの上にあるので、伝統ある研究領域のプロジェクトを進めることは絶対必要なのだということを説得するのが一番大変です。その上でこれまでなかった新しいことを足していくと、研究的には次のチャレンジになります。そのあたりが個人的には面白いです。さらに、ほかの研究コミュニティと話をする機会が多くなり、相互作用から、今までできなかった研究が可能になったりするのも興味深い点です。

永島

不確実性の研究分野で、塩竃さんは現在、世界の最先端にいます。私も最初に少し一緒に研究したという話をしましたが、そこから見るとずいぶん遠くまで到達したなあと感じます。塩竃さんがDAMIPの共同議長をされていることは、私にとっても誇りですし、日本の気候研究コミュニティにとってもとてもよいことだと思います。

塩竈

裏話を明かすと、私は英語があまり得意ではないので、議長の押し付け合いをしたときにうまく断れなかったのです。みんな上手に逃げるんですよ(笑)。

不確実性低減の情報が緩和策オプションの選択へつながる

永島

塩竈さんは、過去の気候変化の要因推定に関しても研究を手がけておられますが、過去の要因推定と将来の気候変化予測の不確実性評価の間には、どのようなつながりがあるのでしょうか。

塩竈

温室効果ガスが増えたことが過去の気候変動にどれくらい影響しているかを分離するのが過去の要因についての研究ですが、それができると、どのモデルが温室効果ガスに対して感度が高いかというようなことがわかってきます。それは将来予測の不確実性の制約としても使えます。また、観測データと過去の気候変動の再現実験を比較することで将来予測の不確実性を減らすことができます。この方法を応用し、観測データが今後増えていくと、いつまでにどれだけ不確実性を減らせるかというのが調べられるのではないかと思いつきました。やってみたところ、2050年までに地上気温の観測データが蓄積されると、2090年代の全球平均気温変動予測の不確実性を6割以上低減できるということがわかりました(塩竈秀夫ほか「予測の予測:世界平均気温変化に関して、いつまでにどれだけ確実にわかるのか?」地球環境研究センターニュース2016年2・3月号)。

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永島

どういうデータが増えると、不確実性の幅がより狭くなるというともわかってくるのでしょうか。

塩竈

どこの観測データが増えたら一番効果的に不確実性を減らせるかということもたぶん可能だろうと思います。全球平均気温変動予測の不確実性が減るということは、緩和策のコストの不確実性も低減できるということです。いつまでに不確実性がこれだけ減るという情報と経済理論から、何年まではこういう緩和策をとり、その後、新しい情報を使って緩和策の政策を変更するという政策オプションを、経済学者の方と一緒に研究しています。

永島

不確実性の低減という研究の軸がありつつ、その情報をどのように有効に使っていくかという発想は、どういうところからでてくるのでしょうか。

塩竈

幸い研究所にはさまざまな分野のプロがいるので、そういう人たちと話をすることが大きいです。また、地道に行っているのはIPCC総会の議事録をできるだけ毎回読むことです。

永島

どんなことが参考になりますか。

塩竈

一流の人たちがわからないとか、大事だと言っていることは、次に重要となるテーマです。そういう知識を入れるようにしています。

ほかの分野の人と話をするときに心がけていること

永島

ほかの分野の人と話をするといわゆる専門用語が通じないことが多々あり、途中でコミュニケーションが途絶えてしまうこともあると思いますが、塩竃さんはほかの分野の人の話を聞くのは苦ではないし、そういう人に自分の話を理解してもらうのもうまくできていますね。

塩竈

うまくできているかどうかはわかりませんが、できるだけやるようにしています。そのとき心がけているのは、自分の分野の作法ややり方がすべての分野にとって最適であるとは限らないということです。ほかの分野はそれぞれ最適なやり方を進化させてきているので、それを尊重すべきだということを自分に言い聞かせています。たとえば、経験的なモデルを使っているところと物理モデルを使っている人たちでは、モデルといっても頭に浮かぶものが違ってきます。そうした違いを前提に話をするのは当たり前と思うのですが、それを忘れてしまう人が割と多いようです。

不確実性の評価研究の情報を伝えるために

永島

不確実性についての評価結果が意味するところを、正しく理解して判断に結びつけることは、一般の方々はもちろん、われわれ専門家と呼ばれる人間にとっても簡単なことではないと思います。たとえば、降水確率が80%と40%では、80%の方が “強い” 雨が降ると思ってしまう人もいるようです。不確実性の評価研究の先には、情報発信のしかたという問題も控えていると思います。塩竈さんは、そういった方面(の研究)にも興味はありますか。

塩竈

情報発信については、ずっと試行錯誤しています。情報発信自体が大きな研究分野になりますから、そういう人たちの話を聞く機会があれば、勉強させてもらいながらやっていきたいと思います。また、確率についてですが、5年くらい前は、確率の知識は一般の人には伝わらないと思っていました。最近event attributionという、極端な気象現象が実際に起きたときに人間の寄与が何%あるかというのを定量化する研究をしていますが、一般の人に話すときに、何%の寄与という確率の話がかなり通じるようになってきました。今まで、通じないものと思っていたのですが、実は、頑張って話をすれば通じるのではないかという気がしてきました。

永島

何かきっかけがあったのでしょうか。

塩竈

気象庁が天気予報の信頼度をA、B、Cの3段階で出しています。あれが出てからみなさん確率や信頼度になじみが出てきたみたいです。気象庁としては前から情報としてあったわけなので、マスメディアとか伝える側にもノウハウが蓄積されてきたのかなと思います。

永島

確率そのものを出しておしまいではなく、そのとらえ方もきちんと合わせて紹介するということですね。

塩竈

私たちは伝えるプロと話をして勉強していくのと、経験を積むしかないのでしょうね。

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event attributionの詳細を書きたい

永島

次回『地球温暖化の事典』を執筆するとしたら、書きたい内容はありますか。

塩竈

event attributionについて書きたいです。極端現象の要因推定は注目度が高いですし、新しい研究分野なので、詳しく解説する機会があるといいと思います。短い説明はすでにあちこちで行っています。NHKではevent attributionだけで数分間の特集を組んでくれましたし、科学雑誌のNewtonも数ページ割いて掲載してくれましたが、詳細をきちんと解説しなければいけないと思っています。

永島

人間の影響といい切ってしまうといけませんし、人間の影響が何%と説明するときもわかりやすい形で伝えていかなければなりませんから、内容だけではなく、どうとらえればいいかというのも含めて、是非塩竃さんに書いていただきたいですね。

*このインタビューは2016年7月29日に行われました。

*次回は増井利彦さん(社会環境システム研究センター 統合環境経済研究室長)に高橋潔さん(社会環境システム研究センター 広域影響・対策モデル研究室 主任研究員)がインタビューします。

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

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