2016年10月号 [Vol.27 No.7] 通巻第310号 201610_310005

温室効果ガス、どうやって減らしていきますか? 夏の大公開「低炭素社会を目指す」パネルディスカッション実施報告

  • 社会対話・協働推進オフィス 科学コミュニケーター 岩崎茜

国立環境研究所の夏の大公開(7/23(土))の企画として、地球環境研究センターは「徹底討論 地球温暖化対策—低炭素社会を目指す—」と題したパネルディスカッションを実施しました。研究所の春・夏の一般公開でこれまで実施を重ね、今回で7回目を迎える恒例イベントです。パネリストに環境行政担当官や新聞記者を迎え、一般代表として参加した高校生の視点も交えながら、目指すべき低炭素社会に向けて具体的な道のりを会場全体で考えました(写真1)。

パネリストは以下の方々です。

  • 関谷毅史氏 環境省地球環境局国際連携課長(前・地球環境局総務課低炭素社会推進室長)
  • 大場あい氏 毎日新聞社つくば支局兼科学部記者
  • 髙木彩さん 茗渓学園高等学校2年
  • 藤野純一 地球環境戦略研究機関/国立環境研究所社会環境システム研究センター主任研究員

また、江守正多・気候変動リスク評価研究室長が議論のモデレータを務めました。

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写真1お馴染みとなった○×の札も配られ、聴衆の参加を意識したイベントとなりました

1. はじめに

イベントからさかのぼること2か月、今年の5月に国の地球温暖化対策計画が決まったことをご存知でしょうか。

昨年12月に採択されたパリ協定を受けて、二酸化炭素の排出量を大幅に減らして今世紀末には実質ゼロにする社会を、世界全体で目指すことになりました。各国は自国で決めた目標に沿って動き出します。日本は、温室効果ガスを2030年までに2013年比で26%削減するという中期目標を立てており、この目標に向けて国の施策や各主体が取り組むべき対策を取りまとめたのが先の計画です。また長期目標として2050年までに80%削減を目指すことも記されています。

あと14年で本当に26%も減らせるの? 将来的にゼロ炭素社会は可能なの?

そんな声も聞こえてきそうです。そこで今回のパネルディスカッションはテーマを「低炭素社会を目指す」とし、ゼロ炭素社会に向けた第一段階である国の中期計画について理解するとともに、将来的な目標達成のために具体的に何をするべきか、会場で議論することを目的としました。

パネリストには、この対策計画を取りまとめた環境省の関谷氏をお招きして、計画を詳しく解説してもらいました。毎日新聞社の大場氏には、政策を分かりやすく市民に伝える立場から、記者の目で見た計画のポイントを指摘してもらいました。研究所と同じつくば市にある茗渓学園高等学校の髙木さんには、計画に対する素朴な疑問や感想を忌憚なく述べてもらいました。研究所からは藤野主任研究員が登壇し、2050年の80%削減に向けて考えるべき対策を可視化したオリジナルのツールを使って、長期目標への道のりを示しました。

2. 対策計画の概要

本題に入る前に、そもそも国の対策計画について知っているかどうかを会場に問いかけたところ、知っているという人はわずかでした。その様子に関谷氏は「宣伝がまだまだ足りない」と苦笑い。

2030年に26%削減をどのように達成するのか、低炭素化の道筋を具体的に示したのがこの対策計画です。産業やエネルギー部門では徹底した省エネや、再生可能エネルギー導入の最大化などが挙げられていますが、注目したいのは家庭部門などで大きな削減が必要とされていることです。家庭部門だけでも約4割削減を目指すとされており、計画でもこの部門の取り組みが大きな柱になっていると関谷氏は言います。

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写真2グラフや図を示しながら排出削減の道のりを解説する関谷氏(左)

具体的な対策としては、LED照明の普及率100%、省エネ基準に合った新築住宅の建設、スマートメーターなどを利用したエネルギー管理の徹底、ハイブリッドや電気など次世代自動車の大幅普及などが挙げられています。また「国民運動」と称して、クールビズに代表されるような低炭素なライフスタイルへの転換も打ち出されています(写真2)。

対策計画について詳しくはこちらをご参照ください。 http://www.env.go.jp/press/102512.html

3. 計画をどう思う?

国の計画案が今年3月に発表された際に新聞で報じた記者の大場氏は、地球温暖化対策に関して国の行き先を初めて明確に示した重要な計画だと評価する一方で、策定プロセスの中で果たして十分な議論があったのか疑問を感じたと言います。特に、日本全体で取り組むべき課題であるのに、計画策定をめぐって、環境省と、エネルギー関連を管轄する経産省との思惑がずれ、2つの省庁の間で綱引きが生まれてしまったのではないかと懸念を示していました。

会場スクリーンには大場氏が3月に計画案を報じた新聞紙面が映し出され、記事に至るまでの背景が紹介されました。注目したいのは、この記事に「『家庭4割減』道険し」の見出しがつけられていることです。読者の多くが一般の人であることから「家庭4割減」の文字はよいとしても、これから取り組んでいこうというときに最初から「道険し」としてよかったのか、社内でも議論があったと話していました(写真3)。

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写真3記者の立場から計画のポイントを指摘する大場氏

これまでの話を聞いていた高校生の髙木さんは、やや遠慮がちながらも「率直に言うと現実味を帯びていない」と、対策計画をチクリ。26%削減という目標を一般の人の多くは知らないであろうし、当然、その目標に向けて人々が努力をすることも期待できないだろうと話しました(写真4)。

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写真4多くの一般市民の素朴な感覚を代弁してくれた髙木さん

そこで、国のこの計画を実現できると思うか会場の参加者に○×の札を使って答えてもらったところ、「できそう」の○を挙げた人はわずかという結果になりました。取り組んでいくべき対策が具体的に国によって示されてもなお、実現への道のりを想像するのは難しく、多くの人々は26%達成を “道険し” と感じていることが分かりました。

4. 2050年までの道のりを様々な選択肢から考える

ここからは視点をさらに先に向けて、2050年に80%削減という長期目標を考えていくことにしました。国の計画でも長期目標に言及はされていますが、具体的にどのようにして達成するのかの議論は、今年の夏から始められるとのこと。そこで一足先に、会場の参加者と一緒に80%削減に向けた道のりを検討するために、オリジナルのツールを使ったシミュレーションを行いました。

このツールは「2050低炭素ナビ」というもので、どんな対策をどのくらいすると温室効果ガスが何%削減できるのか、数値として示すことができます。簡易版には10の項目があり、「次世代自動車の普及率」や「再生可能エネルギーの普及率」といった技術の普及割合や、「資源自立型社会や分かち合い社会、どんな社会を望むのか」という理想の社会像まで、10の項目についてそれぞれ選択肢が用意されています。一つひとつの回答を会場の参加者に求めながら、藤野主任研究員がシミュレーションを進めていきました(写真5)。

低炭素ナビについてはこちらをご覧ください。 http://www.2050-low-carbon-navi.jp/web/jp/

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写真5会場を回って項目を参加者に一つずつ回答してもらう藤野主任研究員

この日、10項目の回答を終えて導き出された結果は、ちょうど80%削減という数値になりました。これは、「原子力発電を利用するか」の項目に対して、「再稼働 + 新設を急速に進める」の選択肢を選んだ参加者がいたことが大きく影響しました。

排出削減のために家庭部門等での大幅な省エネ政策が進む計画である一方で、エネルギー関連部門に目を向けると、原発の稼働を今後どうするかが二酸化炭素の排出量にも大きな影響を与えうることも、ここで浮き彫りになりました。

5. 排出削減に影響する原発について

奇しくも長期目標を達成した今回のシミュレーション結果に「待った」をかけたのは、福島出身という会場の参加者でした。

「福島県人として非常に複雑な思いで聞いていた。80%達成見込みの数字が、原子力発電が前提条件だということは、非常に不愉快で、困った問題だ。」

この参加者の意見に対し、江守室長は「80%削減の目標を達成するために原子力が必要だというのは政府の立場では決してありません。国民がこれから議論して選び取っていく未来でしょう。」と強調しました。また、藤野主任研究員が慎重に答えました。

「必要なことは、選択できる未来があることではないかと思います。1億2000万人のなかには原子力を選ぶ人もいるし、選びたくない人もいるでしょう。それぞれの未来を考えたときに、こういったツールも使いながらメリット・デメリットを踏まえて議論していくプロセスが大事ですが、今はそこが足りていない。」

対策を可視化できるツールを使うことで、たとえば原子力発電に頼らない社会でも80%削減が達成できるのかどうか、多様な選択肢を求めて考えていくことができます。

関谷氏も、「80%削減は原発が前提条件となっているわけではない。」と改めて示したうえで、どのように目標を達成するのかという議論と並行して、原発をどうするのかという議論もこれから深めていく必要があると指摘していました。

6. 低炭素社会に向けたメッセージ

最後に、パネルディスカッションでは恒例となった「パネリストからのメッセージ」を聞きました。

中期目標、そして長期目標を経て最終的にはゼロ炭素社会を達成するために、私たちは今、何をすべきなのでしょうか。以下に4人のパネリストのメッセージとその意図を紹介します。


関谷氏

「Yes, we can! と言えるように」
“we” つまり “みんな” が認識を深められるよう、早く議論を成熟させていく必要がある。


大場氏

「直感と勉強」
目標をもっていけばやれるのではないかという直感があるが、直感は外れることがある。それが正しいかどうかは勉強を繰り返していきたい。


髙木さん

「関心を持ちつづける」
国レベルのことなので、一人ひとりが考えを持って、どうすればいいのか自分たちで少しでも考えなければ。


藤野研究員

「Think Locally, Act Globally」
通常の “Think Globally, Act Locally” とは逆。現場でよく考えて、それを世界全体に広げて活動していく。

締めくくりは、モデレータを務めた江守室長からのメッセージです。スマートフォンがこの数年であっという間に普及したことを引き合いに、イノベーションというキーワードを使って次のように話しました。

「新しい技術の普及は十分に期待できますが、技術の開発に期待しているだけでいいのかといえば、そうではないでしょう。イノベーションのためには、技術が普及するための社会の変化も必要であり、私たちがどんな社会を望むかということに基づいて選択をする意義が大きくあります。」

エネルギーを例にすると、排出削減のために発電の仕組みが大きく変わることが期待されますが、技術革新だけではなく、送配電のあり方も変わり、私たちのエネルギー選択のあり方も変わるかもしれません。

単に新しい技術の普及が社会を変えるのではなく、社会が変わることで我々の望みも変わり、社会が進む方向自体もそれに応じて大きく変わる。その先に、80%削減を達成する新しい常識が生まれているかもしれません。そんな未来への思いと覚悟を会場で共有して、イベントは締めくくられました。

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