2017年1月号 [Vol.27 No.10] 通巻第313号 201701_313004

インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 19 「見える化」のさらに先へ—一人ひとりの排出削減行動を引き出す入り口をたくさん見つけたい—

  • 岩渕裕子さん
    一般社団法人地球温暖化防止全国ネット地域活動支援グループ 嘱託職員
  • インタビュア:金森有子さん(社会環境システム研究センター 環境政策研究室 主任研究員)
  • 地球環境研究センターニュース編集局

【連載】インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 一覧ページへ

国立環境研究所地球環境研究センター編著の「地球温暖化の事典」が平成26年3月に丸善出版から発行されました。その執筆者に、発行後新たに加わった知見や今後の展望について、さらに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究が今後どう活かされるのかなどを、地球環境研究センターニュース編集局または低炭素研究プログラム・地球環境研究センターなどの研究者がインタビューします。

第19回は、岩渕裕子さんに、「見える化」の普及と温室効果ガス削減の難しさについてお聞きしました。

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「地球温暖化の事典」担当した章
8.7 部門横断的対策「見える化」
次回「地球温暖化の事典」に書きたいこと
一般市民の意識喚起や行動変容につながる普及啓発の方法

専門家ではなかったが執筆担当に

金森

まず、岩渕さんがどのような経緯で『地球温暖化の事典』の “部門横断的対策「見える化」” の章を担当されることになったのか教えてください。

岩渕

国立環境研究所(以下、国環研)在職中、当時上司だった藤野純一さん(社会環境システム研究センター 主任研究員)から「見える化」(温室効果ガス排出量を表示し、排出量削減に資する形で情報提供を行うもの)の担当をお願いしたいと言われ、藤野さんと共同執筆しました。それ以前に、脱温暖化2050プロジェクトで「低炭素社会に向けた12の方策」(http://2050.nies.go.jp/press/080522/file/20080807_dozenactions_j.pdf)を発表し、そのなかの “「見える化」で賢い選択” という方策に関連した研究発表ポスターの作成にかかわったことで、“部門横断的対策「見える化」” の担当になったのかなと考えています。

金森

ずっと「見える化」の研究をしてきたということではなかったのですね。

岩渕

大学院修士課程のときにレジ袋のライフサイクルアセスメント(Life Cycle Assessment: LCA[1])について計算したことがありますが、「見える化」の専門家ということではなかったです。

金森

それでしたら、執筆するのは大変だったのではないでしょうか。

岩渕

自分の興味ある分野でしたから、いろいろと調べていくのは楽しかったです。

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「見える化」の効果に関する定量的評価は?

金森

「見える化」は温室効果ガス排出削減の一つの有効な策であるといわれていますが、「見える化」の効果について、定量的評価はなされているのでしょうか。

岩渕

東京大学の岩船由美子先生のグループによる家電の電力消費の見える化に関する一連の研究ありますが、カーボンフットプリント(Carbon Footprint of Products: CFP[2])の効果については、まだ包括的かつ定量的な分析はできてないのではないかと思います。

金森

もし、あらゆる生活のシーンについて「見える化」したら、省エネは進むでしょうか。

岩渕

それについて私は懐疑的です。家電の電力消費量を「見える化」しても、継続的に電力消費量を減らすことへの強いインセンティブがないと、なかなか進まないと思います。

金森

情報提供だけでは削減にはつながらないということですね。では、さらに何が必要でしょうか。

岩渕

ポイント付与や減税措置など、金銭的なインセンティブに結びつかないと厳しいと思っています。

ところで、金森さんはCFPのマークを日常で購入する商品のなかでご覧になったことがありますか。

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金森

ありません。たとえば、どんな商品についていますか。

岩渕

私は、3年前ぐらいに、スーパーで売られているウィンナーのパッケージについているのを実際に見た経験ぐらいしかありません。見つけた時は、「やっと普段のくらしのなかでCFPマークを見つけた!」と、妙に感動してしまい、早速購入して写真まで撮ってしまいました(写真)。

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写真2013年3月に岩渕さんがつくば市近郊のスーパーで見つけた、ウィンナーに表示されていたCFPマーク 裏面の円グラフは、表面に記載されているCO2排出量のうち、原材料・製造・流通・保管廃棄に係る排出量がどのくらいの割合を占めているかを表現しています。(写真提供:岩渕裕子氏)

金森

基本的な質問ですが、ウィンナーの製造会社が判断をしてCFPマークをつけているのですか。

岩渕

認定しているのは一般社団法人産業環境管理協会です。事業者は自社の製品(商品・サービス)について、製品種別基準(Product Category Rule: PCR)というものを策定し、認定を受けます。次に、それに基づいてCFPを算定し、検証を受け、合格するとマークをつけることができます。しかし、一般の方の目に触れる商品やサービスは、そんなに多くはないと思います。調べてみると、今まで認定された商品やサービスは1300件くらいあるのですが、決められた表示期間が切れているものもあるので、それほど世間一般にマークがついた商品やサービスが広く出回っているという印象は薄いです。

金森

仕入れ先が変わってしまうかもしれませんし、必要に応じて情報を更新して管理協会に申請し、認定をいただくというのを続けなければいけないということですね。

岩渕

この計算に関する負担がかなり大きいことが、普及を阻んでいるような気がします。

金森

CFPの表示について、世界はもっと進んでいますか。

岩渕

一番進んでいるのはイギリスですね。CFPの国内認証規格を最初に固めたのがイギリスで、それがCFPのISO国際規格化検討の議論の基盤になったと言われています。[3]

金森

日本は遅れている方ですか。

岩渕

そんなに遅れているとは思いません。ただ、カナダやオーストラリア、南アフリカなどで、イギリスの制度や規格が適用されている例があります。ほかの国の見本になる制度を作ったという意味で、イギリスは別格だと思います。

「見える化」が普及するために

金森

すべてを「見える化」しても大幅な削減効果を得るのは難しいとおっしゃっていましたが、まず「見える化」しないと何も情報がわかりません。「見える化」が普及するには何が必要だと思いますか。

岩渕

「見える化」の普及にも経済的なインセンティブは必要だと思います。事業者がLCAの計算を継続的に実施するための技術や資金の提供があると、普及が進みやすくなると思います。

金森

情報やノウハウを製造業者などに伝えたら、もう少し計算の負担が減って、普及するかもしれない。いろいろな商品にCFPのマークがつくようになり、私たちの目に触れる日が来るということですね。しかし、私たちはCFPマークを見ても、簡単には排出を減らす行動を起こさないでしょう。削減するための工夫としてはどんなことがあると思いますか。

岩渕

製品を購入する市民側にも、小売業者や製品の生産者にも経済的なインセンティブがあるといいと思います。たとえば、一定額以上のCFP商品を購入すると減税措置が受けられるとか、CFPマークのついた製品を作ることに補助金を出すとか、小売業者にもそうした製品の取り扱い量を増やすことで何か経済的なインセンティブがあると、買ってくれる生活者や取り組んでくれる事業者が増えることが期待できると思います。

金森

経済的なインセンティブ以外の方策、あるいは併用する形でもいいのですが、ほかはないですか。

岩渕

省エネ・省CO2商品を多く扱った事業者を表彰したり、そういう商品をたくさん買った消費者を報奨したりするということもあるのかと思います。競争させるところまでいくといき過ぎかもしれませんが、貢献が大きい市民や事業者を褒め讃えることは一つの手だと思います。

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金森

省エネや節水など、無駄を省く意識は年々高まっているというアンケート結果を目にします。それは人々の環境に対する意識の一つの表れかと思います。このような環境への意識がさらに高まったら、経済的インセンティブがなくても温室効果ガス削減は進むと考えていいでしょうか。

岩渕

これは難しいと個人的には思います。現在の日本の社会状況として、将来の生活に不安を感じている人が多く、貯蓄や老後の資金準備が大きな話題になっています。この状況では、環境にまで配慮できる余裕がないのかなと思ってしまいます。

金森

確かに無駄を省くということは、お金に余裕ができるということが強い動機となっている可能性はありますよね。環境のためを思って無駄を省いているのか、無駄を省いたことで結果的に自由に使えるお金が増えることにつながっているのかということは、判断が難しいです。

岩渕

最近内閣府が行った世論調査で、環境問題への関心度をたずねたものがあり、地球温暖化問題への関心度が以前より低下しているという結果があります[4]。私が現在所属している地球温暖化防止全国ネット(http://www.zenkoku-net.org/)でも、こういった意識の低下をどうやって向上させていくかが大きな課題になっています。

「見える化」のさらに進んだ方策

金森

「見える化」について、執筆当時よりもさらに進んだ方策等あれば教えてください。

岩渕

経済産業省の主導で、CFP制度を利用したカーボン・オフセット[5]の制度が平成25年度に発足しました(http://www.cfp-offset.jp/)。商品やサービスの一生に係る温室効果ガス排出量の全量、または一部の量をオフセットしたことが認証された商品やサービスには、どんぐりマークを表示して温室効果ガス削減に貢献していることを示すことができます(図)。平成26〜27年度にかけて、実際にオフセットされた商品が四国周辺(愛媛県、香川県、岡山県)や北海道、横浜、宮崎などで売られました。また、オフセットされた商品に「どんぐりポイント」と呼ばれるポイントをつけて、それをベルマークのように学校で集め、環境保全活動に寄付をするか、環境配慮型製品に交換できるというシステムを回す取り組みも進められています。

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カーボン・オフセットによって温室効果ガスの削減に貢献している商品の目印として、商品に表示されている「どんぐりマーク」 出典:経済産業省「CFPを活用したカーボン・オフセット制度」(http://www.cfp-offset.jp/

金森

なぜ四国周辺なのでしょうか。何かきっかけはあったのでしょうか。

岩渕

直接的なきっかけが何であったのかは不明ですが、個人的な感触として、地域の地球温暖化防止活動推進センターの活動が活発なところという気がします。

国環研での経験を活かして、より市民に近い業務を

金森

地球温暖化防止全国ネットに異動されて、どんな業務をされているのですか。

岩渕

環境省の補助金の交付執行機関になっているので、地域の地球温暖化防止活動推進センターから提出された補助金の申請書のチェックや事業の進捗状況把握を行ったり、「うちエコ診断」(http://www.uchieco-shindan.go.jp/)の診断士の試験問題を作ったりしました。国環研で勤務していたときよりも一般市民に近いところの業務があるのかなと思っていたのですが、今のところ私が市民のみなさんと直接やりとりをする業務はほとんどないです。

金森

組織のなかには市民の人と近い仕事をされている人もいるんですよね。

岩渕

私もこれから、何らかの形でかかわることがたぶん出てくるのだと思います。エコプロダクツ展などへの出展や、低炭素杯(http://www.zenkoku-net.org/teitansohai/)というイベントに今後かかわっていく可能性があります。

金森

これまでかかわった仕事で面白かったというものはありますか。

岩渕

年に数回、地域の地球温暖化防止活動推進センターの代表者が集まるブロック調整会議というのがあります。話をうかがっていると、地域センターのみなさんも地域の温暖化防止活動の推進に苦戦しているということがわかりました。やはり地球温暖化問題に関する知識を伝える普及啓発だけで、日常のくらしにかかわる温室効果ガスの排出が大幅に減るわけではないので、どうすれば実効性のある取り組みを効果的に普及させることができるのか、とても悩んでいます。これは研究者のみなさんと同じような悩みだと思います。ですから、何らかの形で手助けができればいいなと思うことがあります。

金森

私は自治体の温暖化対策推進計画の作成に関する委員をしていますが、計画を作ってもそれを実行していくのは大変なことです。ちなみに、国環研在職中の仕事が役に立ったというのはありますか。

岩渕

国環研で取り組んできた地球温暖化防止のためのコミュニケーション活動の経験は、地域での地球温暖化防止の普及啓発活動の現状を把握する上で、とても活きています。また、地域の地球温暖化防止実行計画にインプットするために、ある市の家庭部門の温室効果ガス排出量の計算をしたり対策として従来型の機器を省エネ機器に置き換えた場合の排出量削減量の試算に取り組んだりしたことは、地域での温室効果ガス排出削減対策のあり方を考える上で、とても役に立っています。

研究者も生活者の視点をもってほしい

金森

国環研では、私たち研究者の研究成果を、少しでもわかりやすく一般の方に伝えられるようさまざまな形で尽力してくださいました。新しい仕事にかかわって感じる国環研への期待、研究者への期待を教えてください。

岩渕

研究者は研究が第一の仕事であることは理解できるのですが、生活者の視点をもって温暖化対策のあり方を考えることにも関心をもたれたほうがいいのかなと思うことはありました。ご自身の生活者としての視点と、一般市民の生活者としての視点が乖離してないかと考えを巡らせていただくと、新たな研究にも結びつくのではと思います。

金森

どういう点でそれを感じますか。もう少し具体的に説明してください。

岩渕

たとえば、先ほどのCFPについても、研究者だから興味をもつのではなく、生活者として関心をもつにはどうしたらいいかを考えたり、研究を離れて、自分が普段の生活で温暖化対策というものをどうやって見ているのだろうということを、折に触れて想像していただけるといいのかなと思います。

金森

研究者も一生活者としての自分を忘れずにものごとを見たり、そういう視点から地球温暖化を考えたりするということを決して忘れてはいけないということですね。

岩渕

また、自戒を込めてなのですが、地球温暖化問題にあまり関心がない人とも、いろいろな交流をするほうがいいと思います。

金森

それはとても重要なことだと私も思います。地球温暖化問題に関心のない友人と話をすると気づくことはたくさんあります。そういうことを踏まえた上での伝え方があると思いますし、少し意識が高まってきたら次のステップの伝え方があるのかなって思います。

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一般市民の意識喚起や行動を変える普及啓発

金森

次回『地球温暖化の事典』に書きたいことは何ですか。

岩渕

どうやったら一般市民の意識喚起や行動変容につながるような、効果的な普及啓発ができるかということに非常に興味があるのですが、まだ、これがいい方法ですとは言えない状態にあります。「見える化」を含めて、研究や市民の活動の取材などを通して効果的な方法に関する幅広い知見を集め、それを実践に役立つ形でまとめることができたら、書きたいと思いますね。

金森

いろいろな生活をしている人がいるなかで、なるべく多くの人に関心をもってもらえて、かつ削減効果を得られるような情報を提供できたらいいと私も思いますが、自分の経験でいい効果が得られたことが人にとっても効果的な方法とは限りません。

岩渕

でも、一部の人にとって効果的な方法が、全く役に立たないというわけではないと思います。自分自身が環境問題に興味をもったきっかけというのは、一つの入り口にはなるのではないでしょうか。私の場合は高校生のとき、地学の授業で地球温暖化問題を学び、地球環境を改善していくためには温室効果ガスを削減する取り組みが必要だと意識したのがきっかけで、これまでずっと環境問題への関心をもち続け、それにかかわる仕事に就いてもいます。私と同じようなきっかけで地球温暖化問題に興味をもった人には、適切なアプローチがしやすいのではないかと思います。ほかにも、普段のくらしのなかにある、一人ひとりの排出削減行動を引き出すような、いろいろな入り口を積極的に見つけにいく好奇心をもち続けたいですね。

金森

そうですね。これからも情報交換しながら、お互いの仕事にうまく役立てていけたらいいですね。

脚注

  1. ある製品・サービスのライフサイクル全体(資源採取-原料生産-製品生産-流通・消費-廃棄・リサイクル)、またはその特定段階における環境負荷を定量的に評価する手法。
  2. ライフサイクルアセスメントによる温室効果ガス排出量を二酸化炭素に換算して表示。
  3. ISO規格化は見送られたものの、2013年5月28日にISO/TS14067として発行。「TS」とは「Technical Specification:技術仕様書」の略で、「将来的にIS(International Standard:国際規格)として合意される可能性はあるが、現時点ではISに達する基準に満たない文書」を指す。発行後3年以内に見直しを行い、規格化・廃止・継続の決定をしなければならないとされる。(CFPプログラム新着情報より https://cfp-japan.jp/news/details.php?id=634
  4. 内閣府大臣官房政府広報室世論調査報告書平成28年8月調査「地球温暖化対策に関する世論調査」より http://survey.gov-online.go.jp/h28/h28-ondanka/index.html
  5. 日常生活や経済活動において避けることができない二酸化炭素等の温室効果ガスの排出について、できるだけ排出量の削減努力を行い、どうしても排出される温室効果ガスについては、排出量に見合った削減活動への投資等により、排出される温室効果ガスを埋め合わせる考え方。

*このインタビューは2016年10月27日に行われました。

*次回は町田敏暢さん(地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室長)に白井知子さん(地球環境研究センター 地球環境データ統合解析推進室 主任研究員)がインタビューします。

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