2017年2月号 [Vol.27 No.11] 通巻第314号 201702_314002

インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 20 競争から協調へ—CO2濃度の観測における空白域を埋めていくために—

  • 町田敏暢さん
    地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室長
  • インタビュア:白井知子さん(地球環境研究センター 地球環境データ統合解析推進室 主任研究員)
  • 地球環境研究センターニュース編集局

【連載】インタビュー「地球温暖化の事典」に書けなかったこと 一覧ページへ

国立環境研究所地球環境研究センター編著の「地球温暖化の事典」が平成26年3月に丸善出版から発行されました。その執筆者に、発行後新たに加わった知見や今後の展望について、さらに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究が今後どう活かされるのかなどを、地球環境研究センターニュース編集局または低炭素研究プログラム・地球環境研究センターなどの研究者がインタビューします。

第20回は、町田敏暢さんに、二酸化炭素の観測や炭素循環に関する研究の進展についてお聞きしました。

photo
「地球温暖化の事典」担当した章
2.1 二酸化炭素

CO2を観測する研究室に入ったきっかけ

白井

『地球温暖化の事典』のなかで、町田さんは二酸化炭素(CO2)について書かれています。CO2は、主要な温室効果ガスとして現在は注目を集めていますが、昔からそうではなかったと思います。しかし、東北大学の田中正之先生、中澤高清先生はあまり注目されてなかった1970年代からCO2の研究を進めておられました。町田さんは中澤研究室のご出身ですが、CO2に関する研究をされるようになったきっかけについて教えて下さい。

photo
町田

私が東北大学でどうして中澤研究室に入ろうと思ったかをお話します。大学の地球物理学科では、コンピュータでいろいろな計算をしたり実験室で実験したりする人がいました。でも、私は外に出て、自分で地球の大気のデータを採りたかったので、CO2を測っている研究室に入りました。当時、CO2観測の分野で日本は決して最先端ではありませんでしたが、世界に追いつこうという気概をものすごく感じる研究室でした。それを学生のときに感じられたのはありがたかったと思っています。さらに追いつくだけではなく、飛行機観測を始めようとか、他の国や研究機関よりも高い精度で測ろうという、日本のオリジナルのことを進めようという雰囲気もありました。

厳しい面もありました。CO2観測は1、2回測ってその成果が論文になるというものではありません。それはCO2が長寿命気体であるがゆえの宿命で、大気中のわずかな季節変動や経年変動をきちんと観測して、それを読み取って、そこから新しいことを発見していくのに、どうしても長期間測らなければならないのです。私のいた研究室では、じっくり測ってきちんとデータを出してしっかりした解析をしないと、学会発表をさせてくれませんし、論文も書かせてくれませんでした。そういう部分は今でも変わっていませんが、評価として論文の数を競う時代になり、長寿命の気体の観測をしている研究者はちょっとハンディがあるなと感じています。とはいえ、誰も見たことがないデータを採るのが、これからも炭素循環の解明にとって大事だと思っています。

南極氷中の空気から過去のCO2濃度を測定する面白さとプレッシャー

白井

CO2に関する研究で、町田さんが初めて面白いなと思った瞬間というのはどういうときでしたか。

町田

大学院の学生の頃、過去のCO2濃度を測るというテーマを与えられました。具体的には、南極の氷(アイスコア)のなかから空気を取り出してCO2濃度を測るという方法ですが、一点のデータをプロットするのに時間も労力も体力も使います。東京に出張し、国立極地研究所でサンプルをいただき、空気を取り出して仙台に持って帰ってきて、ガスクロマトグラフィーにかけます。現在の大気中CO2濃度がどれくらいかはわかっていますから、測った濃度がそれより低くなったときにはガッツポーズがでました。また、世界でまだ何人も過去のCO2濃度を測ってなかったので、学生でも世界の研究グループのなかで少し貢献ができたかなと思ったときは嬉しかったです。

白井

南極観測に行っている人たちが氷のサンプリングをしてくれ、それを持ち帰り国立極地研究所できちんと品質管理して、町田さんが分析してはじめてCO2濃度のグラフを描けるわけです。そのコーディネートがものすごく大事だと思います。

町田

一度も南極に行ったことがない自分がサンプルをもらって分析するというプレッシャーと、アイスコアはほんの少ししかサンプルをとれないので、汚染して分析に失敗すると採ってきてくれた人に申し訳ないという二重のプレッシャーもありました。国立環境研究所(以下、国環研)に来てからは、自分でサンプルを採りに行けるようになりました。白井さんとお話ししていて気づいたのは、学生の頃の気持ちがあったから余計に今、自分で採取したいと思うのかもしれません。また自分でサンプルを採ると、データへの信頼度が全く違ってきます。

信頼できる観測データでモデルを検証

白井

どんどんサンプリングの方に軸足が移っているようですが、解析に関してはどう考えていらっしゃいますか。

町田

コンピュータのフォワードモデルで再現した結果と実際の観測がどれくらい合っているかというのは、私たちが見なければいけないと思っています。自分が測ったものがどこまで信頼できるかというのは自分が一番よくわかっていますから。

photo
白井

観測した自分のデータに関する解析の結果は集まってきますが、逆は真ではありません。解析をしていると、測定値の信頼性については、観測者からの報告を信じるしかないことが多いです。

町田

どれだけのモデラーがそう思ってくれているでしょうか。白井さんは観測をやってきた人だからそう思ってくれるのでしょうね。

観測の空白域を埋める動き

白井

“二酸化炭素” の章の最後に、炭素循環における海洋と陸域生態系のフラックスの定量化については高度なテクニックが増えてきているけれど、観測値が圧倒的に足りないと書かれています。観測サイトを一つ増やすのはとても大変なことなのですが、観測値が増えると解析結果が大きく変わってきます。CO2観測ネットワークのなかで、世界的に観測の空白域を埋めていく動きはどんなふうに進んでいますか。

町田

『地球温暖化の事典』を書いたときには温室効果ガス観測技術衛星「GOSAT」がまだ本格的な観測をしてなかったと思いますが、2009年に打ち上げられたGOSATが予想以上に高い信頼度でデータを出すようになるなど、衛星観測の発展が一番進んだところだと思います。とはいっても、GOSATでも観測できないところもありますし、観測精度には限界があります。また、バイアス(系統誤差)問題はどうしても課題となります。衛星は非常に有力なツールではありますが、それだけでは空白域を埋めるのにまだ完全ではありません。GOSATの場合、雲が多い熱帯域、冬に観測ができない高緯度域などは観測の空白域です。ところが、熱帯林やシベリアの森林はCO2の循環にとって大変重要な場所の一つです。国環研は、これらのように重要なところをGOSAT以外でもおさえようとしています。たとえば、20年くらい前にシベリア上空の温室効果ガスに関する航空機モニタリングを開始し、現在でも継続しています。

白井

国環研は、土地利用変化により熱帯林の減少が急速に進む東南アジアでも、温室効果ガスの大気中濃度や地上フラックス観測を始めていますね。空白域の中でも、日本からのアクセスが不便なアフリカや南米は、それぞれヨーロッパや北米の研究機関が進めているのでしょうか。

町田

そうです。私たちがアフリカや南米に行こうとしても時間や費用がかかってしまい、あまり現実的ではありません。

競争から協調へシフトするCO2観測

白井

CO2観測は全世界で一つのサイエンスを進めることですから、競争というより協力することが重要だと思っています。

町田

そのとおりです。私が学生の時も国環研に入った頃も欧米に追いつけという状況でした。競争することで技術が高まりますし、誰もやっていないところを観測するのはいいことですが、次は協調です。現在進めている、CONTRAILプロジェクト(国環研、気象研究所、日本航空株式会社、株式会社ジャムコ、JAL財団が共同で進めている航空機による大気観測プロジェクト[注])にしても、日本だけではなく、アメリカとヨーロッパが同じような観測をすることによって、世界全体をカバーするようなデータがやっと採れるのです。協調については、年齢を重ねて思うのですが、データを提供して貢献するという時代からもう一歩進まなければいけないと思っています。つまり、日本が何かの分野でイニシアティブをとって、引っ張っていかなければいけないなと思います。

白井

CONTRAILは、CO2のデータ量にしても観測の継続性にしても、世界の研究者から高く評価されていると思います。南米でも、ブラジルが航空機観測を多少始めるなど、いろいろな動きがあるようですが、今後、ヨーロッパ、アメリカ以外のところで、どのように観測を進められそうなのかということにも興味があります。

町田

ヨーロッパはIAGOS(In-service Aircraft for a Global Observing System)というプロジェクトがあって、すでに航空機でオゾンを観測しています。IAGOSは、独自に観測装置を作って、ヨーロッパだけではなくアジアの航空会社にも載せていますから、世界中の観測ができつつあります。現在CO2の観測装置も作っていて、彼らのCO2観測装置の搭載許可が出れば、すごくいい観測ができると思います。私たちにとってはちょっと脅威ではありますが、早く一緒に進めたいとも思っています。

photo

世界の民間航空機による大気観測ネットワーク(2009年当時)。矢印は観測ルートと飛行頻度を表しており、黄色がMOZAIC(現在のIAGOS-CORE)、青がCARIBIC(現在のIAGOS-CARIBIC)、赤紫がCONTRAILのもの (出典:Volz-Thomas et al., 2009)

パリ協定における観測研究のチャレンジ

白井

この10年くらいで、CO2フラックス分布がかなり数値化されてきました。

町田

でも、まだわからないことがいっぱいある分野だと思います。

白井

観測値が増えると、もしかしたら思いがけない現象が見えてくるかもしれませんね。

町田

その通りです。今までは陸上生態系に注目していました。これからも陸上生態系から興味深いデータがいっぱい出てくるかもしれませんが、それだけではなく、パリ協定にも対応していく必要があります。2015年の気候変動枠組条約第21回締約国会合(COP21)で採択されたパリ協定に基づき、各国がCO2排出削減をしますが、観測がそれをどこまでおさえられるかチャレンジしなければいけないと思います。

白井

人為起源による排出をサイエンスのターゲットとして、そのシグナルをキャッチすることがもっと重視されてくるのでしょうか。

町田

かもしれません。社会的要請もあると思います。

白井

かなりチャレンジングですね。

町田

「フラックスが何ギガトンですよ」とまでは言えないと思いますが、ある国が、二つの年を比べて排出量が減りましたと発表したときに、「観測のほうからは、少なくとも減ったとは見えてない」とか、そういうことくらいは言えるかもしれません。

白井

そうなるとますます国際協調が重要になってきますね。

トップダウン・アプローチとボトムアップ・アプローチが同じ土俵にのる

白井

『地球温暖化の事典』の発行後、特に理解が進んだことは何でしょうか。

町田

最近やっとトップダウン・アプローチ(人工衛星や航空機などで測定した地球上の大気中CO2濃度データから、大気の流れを再現する数値モデルを用いて、地球表面のどこでどれだけ吸収・排出があったかを逆算して推定する方法)とボトムアップ・アプローチ(現場の観測データを積み上げて広域化し、そこから地球全体の自然吸収量・排出量を求める方法)が比べられるようになってきました。合っているものと、どうかな?というデータがありますが、少なくともトップダウンとボトムアップ・アプローチが同じ土俵にのせられるようになってきたのはすごいなと思います。

白井

以前は、トップダウン・アプローチの研究者とボトムアップ・アプローチの研究者は、相手がどんなことをしているのか、お互いにあまり理解していませんでした。

町田

空間分解能的にもまったく違うことをやっていたのですが、一緒に議論できる時代になってきたのが新しいところです。最近、研究者どうしの会話が増えてきました。生態系のプロセスの話など、今まで知らなかったことを聞くことができ、非常に楽しいです。

photo

CO2、炭素循環研究の面白さと難しさ

白井

学生の頃、過去のCO2濃度が測定できたと思ったとき、とても興奮したとお話しされていました。現在、CO2、炭素循環に関する研究で、最も重要と思われるのはどんなことでしょう。また、最も難しいポイントは何ですか。

町田

一番難しいのは、さきほどお話ししたとおり観測の空白域を埋めることです。まだ観測地点は足りてなくて、一つのデータを採るのに苦労するところはたくさんあります。最初にお話ししたように、CO2は長寿命気体なので、一定期間以上しっかりしたデータを採らなければいけないのが難しいところですし、重要なところでもあります。さらに測った場所での特有の炭素循環が解明されれば、それはまた面白いと思います。私の研究室の梅澤拓特別研究員がCONTRAILプロジェクトによるインドの観測結果に関する論文を書きました。彼は、インドでは冬小麦の栽培によって冬季にCO2濃度が減少することを明らかにしました。現在、記者発表の準備をしています(12月1日に記者発表されました。http://www.nies.go.jp/whatsnew/2016/20161201/20161201.html)。

白井

ほかの化合物と比べてCO2に関する研究が興味深いと思えるのはどういうところでしょうか。私は、CO2の濃度には、植物起源も人為起源もどちらもとても影響力が大きいところに面白さと難しさがあると思っています。

町田

成分の話をすると、CO2は大気中で反応しませんから、CO2が大気のトレーサーとして使えるというのが、副次的に面白いことだと思っています。対流圏-成層圏の大気交換や南北両半球の大気輸送をCONTRAILのCO2濃度で明瞭に示せたことなどがその例です。

白井

それは私も非常に興味深い点だと思っています。

CO2の研究分野を引っ張る日本のリーダーを育てたい

白井

町田さんの今後の目標はありますか。

町田

CO2に関する研究で、協調して世界を引っ張っていけるような日本のリーダーを育てたいと思っています。自分でやると言えないところが弱いのですが。国際会議に参加すると、結構若い人が発言してその場におけるさまざまな意見をまとめているのを見て頼もしく思います。私は、日本人があの中の一人にならなければいけないと感じています。CONTRAILはいい観測をしていると周囲の人が言ってくれるのですが、自分が他国の研究者をリードしてまとめるところまではできていません。

photo
白井

町田さんなら大丈夫ですよ。こんなに長くCO2の生データを見続けている研究者は貴重な存在と思います。

町田

そうかもしれませんが、引っ張っていくためにはもう一皮むけなければいけないと思います。CO2の観測においては、たとえばチャールズ・デービッド・キーリングがCO2濃度の計測を始めて世界をリードし、それを息子であるラルフ・キーリングが引っ張ってきました。さらに現在は彼の弟子も若手をまとめようとしています。そういうなかに日本人を入れたいなと思っていますし、そういう若手をサポートできればと思っています。

脚注

*このインタビューは2016年11月21日に行われました。

*次回は向井人史さん(地球環境研究センター長)に広兼克憲(地球環境研究センターニュース編集局)がインタビューします。

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP