2017年11月号 [Vol.28 No.8] 通巻第323号 201711_323003

環境研究総合推進費の研究紹介 20 北極のブラックカーボンはどこからどのくらいやってくる? 環境研究総合推進費2-1505「アジア起源の短寿命気候汚染物質が北極域の環境・気候に及ぼす影響に関する研究」

  • 地球環境研究センター 地球大気化学研究室長 谷本浩志

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1. はじめに

近年、北極圏における急激な環境や気候の変化が世界的な関心事になっています。一方、温暖化が進むと北極海航路が開けたり、海底資源が探査できるといった社会経済的な利便性も指摘されています。こうした状況で、平成25年にわが国は北極評議会へのオブザーバー資格を獲得しました。現在、北極圏における国際的枠組み作りに環境分野で貢献していくための戦略と科学的知見による裏付けが早急に必要とされています。具体的には、北極評議会の中に欧米を中心にしたブラックカーボン(BC)とメタンのタスクフォースが立ち上がり、ブラックカーボンの巨大発生源であるアジアに注目した研究を早急に行う必要がありました。本研究では、人間活動や森林火災など人為および自然起源発生源から放出されるブラックカーボンに注目し、北極圏へ長距離輸送される経路や頻度、北極圏での沈着量など、環境や気候に関する重要な情報を提供することで、国際貢献に資することを目的としています。

2. ブラックカーボンとは? その働きは?

BC粒子は、大気中を浮遊する微小粒子(エアロゾル)の成分の一つで、すす粒子や元素状炭素とも呼ばれています。ディーゼルエンジンの排気ガス、石炭の燃焼、森林火災、薪などバイオマス燃料の燃焼など、炭素を主成分とする燃料が燃焼した際に主に発生します。これらはメタンなどの温室効果ガスと異なり大気中での存在時間が短い大気汚染物質であると同時に気候に影響する物質であることから、短寿命気候汚染物質(Short-Lived Climate Pollutant: SLCP)と呼ばれるものの一つです(図1)。

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図1様々な発生源から排出されたブラックカーボン粒子が北極圏へ輸送され、沈着する様子の模式図

BCは太陽光を吸収する性質があり、大気を加熱したり、積雪や海氷面に沈着して太陽光の反射率を下げ、氷の融解を促進することで、気候変動を加速する可能性が指摘されています。北極圏は地球上で最も速く温暖化が進行している地域であり、北極圏におけるBCの発生源を理解することは重要かつ緊急の課題となっています。

そこで、世界中の研究者がグローバル大気化学輸送モデルを用いて観測データを再現し、BCの影響を正確に評価しようと試みていますが、濃度レベルやその季節的な変化といった基本的なことさえうまく再現できない状況です。世界中の科学者が行った化学輸送モデルの国際相互比較実験では、北極圏でBC濃度の季節変化が再現できていないモデルが多く、モデル間のばらつきも非常に大きいことが報告されました。これは、主に発展途上国からの排出が大きいBCの発生源について分布や強度情報(インベントリ)が圧倒的に不足していること、微粒子として大気中を輸送される際の変質過程(疎水性BCが親水性BCへと変質する過程)や除去過程(降水等による湿性除去過程)がよくわかっていないこと、が原因です。

我々は世界各地の発生源から排出されたBC粒子の排出、輸送、変質、沈着を計算できるモデルを用いて、北極圏のBCがどこからどのくらい運ばれてきて、どこへいくのか、といった発生源別の寄与や収支の評価を行いました。具体的には、発生源の種別(人為起源及びバイオマス燃焼起源)と様々な地域ごとに排出されるBCの濃度をそれぞれ区別して計算する「タグ付きトレーサー法」を全球化学輸送モデル(GEOS-Chem)に導入しました(図2)。

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図2(a) 人為起源及び、(b) バイオマス燃焼によるBCの年間排出量と、タグ付きトレーサーシミュレーションのための領域の設定を示す。アジアは通常1領域だが、ここでは日本、韓国、中国北部、中国南部の4領域に分けた

3. 北極のブラックカーボンはどこからどのくらいやってくる?

モデルを用いて、世界各地のBC発生源が北極圏のBC濃度や沈着量に及ぼす寄与を評価しました。図3に北極圏(北緯66–90度)で平均した地表面付近及び中部対流圏にあたる高度5kmでのBC濃度に対する発生源別の寄与の季節変化を示します。地表面のBC濃度に対しては、ロシア及びヨーロッパの人為起源BCによる寄与が重要であり、特に冬季と春季にかけて増加します。夏季は人為起源BCの寄与は減少する一方、シベリアやアラスカ・カナダにおける北方森林火災起源のBCの寄与が増加します。年平均濃度では、ロシアの人為起源BCの寄与が62%と最大の寄与を占め、ヨーロッパが13%で続きます。

北極圏の高度5kmでは、東アジア(日本と朝鮮半島、中国の合計)の人為起源BCの寄与が最大であり、年平均では41%を占めました。季節では、春季に最大となりました(図3)。

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図3北極圏(北緯66–90度)で平均した、(a) 地表面付近及び、(b) 高度5kmにおける月平均BC濃度に対する各発生源からの寄与の季節変化および、年平均濃度に対する寄与率。

北極圏で鉛直積算した量(カラム量)について見ると、東アジアの人為起源BCの寄与が最も大きく(27%)、ロシアの人為起源の寄与(21%)が続きます。東アジア起源のBCは、他の重要な発生源地域(ヨーロッパやロシア)からのBCと比べて、北極圏に到達するまでに降水によって除去される割合が大きいにもかかわらず、北極圏の大気中のBCに対して重要な寄与を持っています。これは、東アジアのBC排出量が非常に大きいことが原因です。

北極圏での沈着量に対しては、ロシアの人為起源BCが最も大きな寄与を占め(35%)、ヨーロッパ起源の寄与(19%)が続きます。沈着量については、人為起源のBCだけでなく、シベリアやアラスカ・カナダの森林火災起源のBCも重要な寄与(12-15%)を持つことがわかりました(図4)。

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図4主要な発生源毎のBCの収支。数値の単位はGg/年。四角形の大きさは相対的な量的関係を表す

4. 異なる高度で異なる地域が重要となる、その意味は?

東アジア起源BCの寄与は北極圏の地表面付近では大きくありませんが、中部・上部対流圏で重要となりました。一方、地表面付近で主要なロシアからの寄与は高度5kmでは大きくありません。これらの結果は、同じ北極圏でも高度によって、主要な発生源が異なっていることを示唆しています。アジアから運ばれるBCは大気の加熱に影響していますが、積雪や海氷面に沈着して融解を促進することにはあまり影響していないことを意味します。

BC粒子はPM2.5の成分の一つであり、北極圏に住む人々への大気汚染という観点からは、ロシアやヨーロッパの人為起源BCが重要となる、とも言えます。

5. ブラックカーボンと北極外交

こうした知見が、直接または間接的にどのように国民や人類に役立つのでしょうか?

実は今、世界的に北極の環境や気候の研究が活発になっており、先述のように北極評議会の中のAMAP(Arctic Monitoring and Assessment Programme: 北極監視評価プログラム)では、「ブラックカーボンとメタンのタスクフォース」が立ち上がり、世界中の科学者による北極における気候および環境変化に関する学際的研究が活発になされています。しかし、欧米各国を中心とした研究プロジェクトが多く、アジアの科学者がイニシアチブをとって進めている研究は多くありません。また、ICSU(International Council for Science: 国際科学会議)のもと始まった新しいプログラムFuture EarthのプロジェクトであるIGAC(International Global Atmospheric Chemistry: 国際地球大気化学協同計画)とIASC(International Arctic Science Committee: 国際北極科学委員会)の合同による国際的な北極研究プロジェクトであるPACES(air Pollution in the Arctic: Climate, Environment and Societies, http://pacesproject.org/)(欧州、北米、アジアやロシアから北極への大気汚染の輸送と気候・環境・社会への影響を評価する)が開始され、国際的な科学者のチームが編成されました。アジアでも、「北極に関する日中韓ハイレベル対話」が始まり、日本のみならず、韓国や中国も大きな関心を寄せています。このような状況で、どうすれば日本の北極評議会への関与を強められるか、が鍵となっています。

本研究で得られた、北極圏におけるBCの濃度や沈着に世界各地の排出源がそれぞれどの程度の寄与率を占めているか、といった知見は、温暖化の緩和策として効果的な削減対策を打つ上で重要です。人為起源と自然起源の相対的な重要性や、アジアと北米、欧州の寄与率が定量的に明らかになり、北極評議会において日本の環境面での取り組み、国際社会における役割分担の一つとして、今後、強くアピールしていけるものと思われます。

科学的成果、中でも環境分野は、もっとも平和的に国際貢献できるものの一つです。科学者と政府がうまく連携して、国際社会での日本の役割が見えるように取り組みたいと思います。

本研究は、環境省・環境研究総合推進費「アジア起源の短寿命気候汚染物質が北極域の環境・気候に及ぼす影響に関する研究」(2-1505)および、低炭素研究プログラムPJ1「マルチスケールGHG変動評価システム構築と緩和策評価に関する研究」の一環として実施されました。

論文

  • Ikeda, K., H. Tanimoto, T. Sugita, H. Akiyoshi, Y. Kanaya, C. Zhu, and F. Taketani, Tagged tracer simulations of black carbon in the Arctic: Transport, source contributions, and budget, Atmos. Chem. Phys., 17, 10515-10533, https://doi.org/10.5194/acp-17-10515-2017, 2017.
  • Tanimoto, H., K. Ikeda, K. F. Boersma, R. J. van de A, S. Garivait, Interannual variability of nitrogen oxides emissions from boreal fires in Siberia and Alaska during 1996–2011 as observed from space, Environ. Res. Lett., 10, 065004, doi:10.1088/1748-9326/10/6/065004, 2015.
  • Ikeda, K., and H, Tanimoto, Exceedances of air quality standard level of PM2.5 in Japan caused by Siberian wildfires, Environ. Res. Lett., 10, 105001, doi:10.1088/1748-9326/10/10/105001, 2015.
  • Kanaya, Y., X. Pan, T. Miyakawa, Y. Komazaki, F. Taketani, I. Uno, and Y. Kondo, Long-term observations of black carbon mass concentrations at Fukue Island, western Japan, during 2009–2015: Constraining wet removal rates and emission strengths from East Asia, Atmos. Chem. Phys., doi:10.5194/acp-2016-213, 2016.
  • Arnold, S. R., K. S. Law, C. A. Brock, J. L. Thomas, S. M. Starkweather, K. von Salzen, A. Stohl, S. Sharma, M. T. Lund, M. G. Flanner, T. Petäjä, H. Tanimoto, J. Gamble, J. E. Dibb, M. Melamed, N. Johnson, M. Fidel, V.-P. Tynkkynen, A. Baklanov, S. Eckhardt, S.A. Monks, J. Browse, H. Bozem, Arctic air pollution: Challenges and opportunities for the next decade, Elementa: Science of the Anthropocene, 4, 000104, 2016.

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