2017年12月号 [Vol.28 No.9] 通巻第324号 201712_324002

第10回二酸化炭素国際会議報告 海洋CO2研究の最前線

  • 地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室 主任研究員 中岡慎一郎

2017年8月21〜25日にスイス・インターラーケンのCongress Centre Kursaal Interlakenにおいて、第10回二酸化炭素国際会議(The 10th International Carbon Dioxide Conference: ICDC10)が開催された。この会議に参加した地球環境研究センターの西橋政秀と中岡慎一郎が、それぞれの研究分野に関する動向を紹介する。

1. はじめに

今回ICDC10が開かれたスイス・ベルン州の都市インターラーケンは人口6千人弱の小さな街だが、世界遺産であるスイスアルプスの玄関口として登山客に親しまれ、会議が開催された8月末には多くの来訪者で街全体に活気が感じられた。そのような街の中心部に位置するCasino KussalでICDC10は500名を超える参加者を迎えて開催された。

本稿では筆者らのポスター発表内容の紹介を交えつつ、海洋分野の研究内容と会議中に行われた海洋関連のサイドイベントについて報告する。

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写真1会場入口に配されたICDC10のウェルカムボード

2. 海洋CO2研究

地球表層の約7割を占める海洋はCO2の大きな貯蔵庫であるだけでなく、人間活動によって大気中に放出されたCO2の吸収源でもある。大気CO2濃度に関しては近年そのカラム濃度(地表面から大気上端までの大気の平均濃度)が人工衛星『いぶき』などを用いて観測できるようになったが、海洋表層CO2分圧(pCO2)に関しては現在も船舶やブイによる直接観測でしか測定できない。しかし、広大な領域を網羅的に観測することは不可能であるため、観測結果に基づいてpCO2分布を再現して海洋全体のCO2収支が見積もられている。近年は、観測データの充実とともに、ニューラルネットワークと呼ばれる人工知能技術などの推定手法が発達し、水温や塩分、海洋生物活動の指標であるクロロフィル濃度とpCO2を関連付けてpCO2分布を推定することでCO2フラックスの年々変動を理解することが可能になり、その成果の一部はGlobal Carbon Projectの年次レポートであるGlobal Carbon Budgetにも反映されている。そのため、海洋CO2に関する研究発表は海洋全体のCO2収支がどの程度なのかという議論よりもCO2収支やpCO2の年々変動についてその要因を調べた例が多く報告され、口頭発表では特に、太平洋域と南極海(南大洋)域についての発表が目立っていた。例えば、McKinleyら(米国ウィスコンシン州立大学)はpCO2観測データやモデル計算結果を用いてCO2吸収量の長期傾向について解析を行い、北太平洋では長期的にCO2吸収量が増加傾向にある一方、南大洋では10年程度のスケールでCO2吸収量が低下したり増加したりすることを示唆した。石井ら(気象研究所)は気象庁の東経137度測線上(北緯7度〜33度)長期各層観測データを解析し、pCO2トレンドが黒潮海域では大気CO2濃度の増加傾向に追随しているのに対して赤道域ではそれよりも低いことを示し、亜熱帯域に表層で取り込まれたCO2が鉛直的に輸送されるメカニズムがあることを示唆した。村田ら(海洋研究開発機構)は、1994—95年と2012—13年に観測された南大洋の南緯62度測線(東経30度〜160度)上での全炭酸濃度の鉛直経度断面分布から南大洋の底層水中に含まれる人間活動由来のCO2量が東側(ニュージーランド沖側)で高く、西側(南アフリカ沖側)で低いことを示した。

また海洋CO2の “双子の問題” として注目を集めている海洋酸性化についてもポスター発表を中心に活発な議論がなされ、例えば窪田ら(海洋研究開発機構)は特に環境ストレスに強いと考えられてきた日本近海のハマサンゴの骨格形成にも海水酸性化による悪影響が現れていることを指摘した(詳しくはICDC10期間中に発表された東京大学大気海洋研究所のプレスリリースを参照のこと http://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2017/20170821.html)。

ここでポスター発表を行った筆者らの研究について説明する。化石燃料の消費により大気のCO2濃度はほぼ全球一様に増加(約2ppm yr−1)しているが、海洋では水温や塩分変化による炭酸平衡の遷移や海洋生物活動の変化によって、その傾向が時空間的に大きく変化しており、見かけのpCO2トレンドのうちどの程度がCO2吸収の影響で、どの程度が生物物理的な変動の影響によるものか把握することは困難であった。筆者らは、ニューラルネットワーク手法を用いて観測データに基づく太平洋のpCO2分布推定を行い、これまで誤差として扱っていたデータの中に海洋が大気からCO2を吸収することによる増加トレンドの情報が含まれることを見出し、さらに水温や塩分、植物プランクトン濃度の経年変化によるpCO2トレンドについても分離できることを明らかにした。本成果についてはICDC10の特集号に投稿する準備を進めるとともに、本手法を全球にも拡大して適用し、海域の違いによるpCO2トレンド変化要因の違いについて詳細に検討したいと考えている。

3. サイドイベント

ICDC10開催期間の中日にはスイスの自然を満喫できる半日のツアー(いわゆるエクスカーション)が複数企画されており、出席者の多くが興味のあるエクスカーションに参加していたが、筆者も含めた海洋観測の関係者たちにはInternational Ocean Carbon Coordination Project(IOCCP)が主催する “Marine Carbon and Biogeochemistry Data Management and Synthesis” という会議が用意されていたため、エクスカーションの報告は他に譲って本サイドイベントの概要を報告する。

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写真2サイドイベントの終了後撮影した参加者の集合写真(写真提供:Telszewski氏(IOCCP))

この会議ではまずSurface Ocean CO2 Atlas(SOCAT)データベースの現状と今後の展望についての発表と議論がなされた。SOCATは表層海洋pCO2データを収集し、統一基準で品質管理を行うことを目的に2007年に発足し、今年で10年となった。データベースは2011年に第1版が公開され、2015年からは毎年更新する体制を構築して今年7月には第5版が公開された。そこでSOCATの統括責任者であるBakker(英国イーストアングリア大学)からは今後の計画としてSOCATが海洋表層CO2データのみならず、航走観測で得られる栄養塩類や大気CO2データについても積極的に収集し、大気CO2については大気コミュニティーと協力して統一基準を策定して品質を管理するという説明があった。また、O’Brien(米国海洋大気局, National Oceanic and Atmospheric Administration: NOAA)からはデータの提出作業と品質管理作業をより簡便にするためのSOCATシステムの改良について説明がなされた。次に、全球海洋の表層から深層までカバーする化学データベースであるGlobal Ocean Data Analysis Project(GLODAP)の現状について、Olsen(ノルウェーベルゲン大学)から説明があった。GLODAPはデータ収集と品質管理に時間を要したため、第1版が公開された2004年から改訂版である第2版が公開された2015年まで、公開間隔が10年以上空いてしまったことが課題であるとの説明がなされた。そこで第3版の迅速な公開のために、データマネジメント体制の構築についての議論がなされた。Kozyr(NOAA)からは、今年9月に活動を停止したCarbon Dioxide Information Analysis Center(CDIAC)に代わる海洋CO2データポータルとしてOcean Carbon Data System(OCADS)が発足し、メタデータ作成支援ツールを提供するなどしてSOCATやGLODAPの活動をNOAAとして支援することが説明された。

4. おわりに

4年に一度開催されるICDCはいわば温室効果ガス研究のオリンピックであり、それぞれの成果やアイデアを発表しあい、刺激を受けて各々の研究を発展させることのできる良い機会であった。またサイドイベンドでは研究のベースとなる観測データの管理や公開の在り方などについて各機関の責任者がリードして礎となる議論を行うことができた。前述したSOCATの中で国立環境研究所はメジャーなデータ提供機関というだけでなく北太平洋のデータ品質管理を担う責任機関として位置付けられており、記念すべきICDCの10回大会でSOCAT発足10周年を関係者と迎えて今後の方針を議論できたことは有意義であった。

*ICDCに関するこれまでの記事は以下からご覧いただけます。

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