2018年3月号 [Vol.28 No.12] 通巻第327号 201803_327002

環境研究総合推進費の研究紹介 21 東アジア地域はどのくらいメタンを放出しているか? 環境研究総合推進費2-1710「メタンの合理的排出削減に資する東アジアの起源別収支監視と評価システムの構築」

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員 伊藤昭彦

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1. 研究の背景

2015年12月に採択されたパリ協定により、将来の平均気温上昇を産業革命前に比べて2°C未満に抑制し、さらに1.5°C未満に抑えるため最大限の努力をするという国際合意が成立しました。その実現には人為的に排出される温室効果ガスを大幅に削減する必要があるのは明白で、温暖化への寄与が最も大きい二酸化炭素(CO2)だけではなく、メタン(CH4)や一酸化二窒素(N2O)など微量ガスの削減も必須と考えられています。しかし、温室効果ガスは人為起源だけでなく自然起源のソース(発生源)・シンク(吸収源)が地表に不均質に分布しており、時間的にも変動が大きいためにその収支を正確に把握することは非常に困難でした。現在ではGOSAT(温室効果ガス観測技術衛星、いぶき)など人工衛星による大気中濃度の広域観測も可能となっていますが、ソース・シンクの分布を高い精度で推定するには地表での観測やモデル・統計のデータも用いる必要があります。温室効果ガス収支の不確実性は、気候の将来予測だけでなく、パリ協定をはじめとする気候変動対策による緩和・適応に重大な影響を及ぼすため、科学的手法を高度化して信頼性の高い収支の監視を実現することが求められています。

2. メタンの重要性、東アジアの特殊性

温室効果ガスの中でもCH4は興味深い性質と挙動を示し、世界の研究者の注目を集めています。CH4は天然ガスなどの化石燃料や陸域における微生物の活動が主な放出源となっていますが(図1)、同じ重量ならCO2と比べて約28倍(100年間で比較)も温暖化に寄与する重要な温室効果ガスです。近年の大気観測だけでなく、氷床コアなどから得られた過去のデータから、大気中のCH4濃度は産業革命以降に150%以上も増加したことが分かっています。原因はいろいろ考えられますが、化石燃料消費などの人間活動に由来する放出増加がその主因であることは確かでしょう。加えて、CH4は大気中での寿命(平均滞留時間)が10年程度と短いこともポイントです。なぜなら、排出量を減らせば大気中での消滅が進み、大気中の濃度をかなり速やかに低下させられる可能性があるからです。

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図1陸域におけるメタンの主要な排出源のイメージ

その一方で、地球規模でのソース・シンクの変動を反映する大気中CH4の挙動には未解明の部分があります。大気観測のデータは、1990年代前半から2006年まで大気中のCH4濃度の上昇が予想外に停滞したことを示していますが、その原因に関する議論に決着はついていません。2007年以降、再度増加に転じたことも大きな謎となっています。このような十年規模でのCH4収支の変動は、排出削減による温暖化の抑制効果を考える上で是非とも解決すべき問題です。

グローバルなCH4収支を考える上で、アジア地域、なかでも東アジアは注目すべき特徴があります。第一に、東アジアには広大な水田が分布しており、それが大きなCH4放出源となっています。その放出量は人間による水管理や肥料投入などの影響を受けるため、排出削減の対象としても重要です。第二に、この地域は人口増加と経済成長が著しく、石炭や天然ガスなど化石燃料の採掘と消費の規模も増加しているため、そこから漏出するCH4も増えてきたと考えられます。都市の拡大は廃棄物や埋立地からのCH4発生量も増加させているでしょう。第三に、上記の2要因と関係しますが、食習慣の変化も相まって家畜の飼育が増加しており、牛や山羊のような反芻動物(胃の中で微生物がCH4を発生させる)からの放出量も増加していると考えられています。

3. 研究課題2-1710の概要

前項のような東アジア地域の特性を踏まえてCH4の収支を把握するため、環境研究総合推進費2-1710を提案し、2017年度から3年間の計画で実施しています。ここでは課題の概要、事業を構成するサブテーマの実施内容、期待される成果についてご説明します(図2参照)。なお、本課題の参加機関は国立環境研究所(伊藤昭彦、遠嶋康徳、平田竜一、齊藤誠、斉藤拓也、寺尾有希夫、梅澤拓)と海洋研究開発機構(羽島知洋)です。

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図2推進費課題2-1710の構成(サブテーマ1〜3)と研究フロー

本課題の対象とする地域は、主として日本、中国、韓国、モンゴルからなる東アジア地域です。これは面積で1100万km2を超える広大な地域ですが、さらに16億人以上の人口(世界全体の21%以上)、GDPについては、日中韓がそれぞれ世界3位、1位、11位の経済規模です。そしてCH4など温室効果ガスの排出削減の点でも注目すべき地域となっているのは前項に述べたとおりです。本課題では、複数の手法を用いて相互に検証しつつ東アジア地域のCH4収支を把握・監視する手法を確立することを目指し、以下の3サブテーマを設定しました。

(1) 陸域メタン放出量とその緩和効果の推定モデルに関する研究

東アジア地域からの自然起源と人為起源のそれぞれのCH4放出量を数値モデルと排出インベントリの解析によって把握します。全地域を0.25度メッシュ(約25km間隔、将来的に分解能を高める可能性もある)でカバーし、各格子におけるCH4のシンク・ソースを推定して正味収支を求めます。国立環境研究所で開発を行ってきた陸域モデルVISIT(Vegetation Integrative SImulator for Trace gases)を適用し、湿原や水田からの放出量や乾燥土壌での吸収量を推定しています。人為起源排出に関しては、統計ベースの排出インベントリ・マップ(例えばEDGAR)や、家畜の飼育頭数や土地利用の分布に基づく推定を行います。温暖化研究で用いられているグローバルな社会経済シナリオ(SSP)や排出シナリオ(RCP)に準拠した、東アジア地域のCH4排出削減シナリオを開発するための研究を行います。

(2) 地域スケールのメタン放出量推定精度向上のための観測研究

地上観測によって東アジア地域(特に上海から北京など大都市を含む中国沿岸部)におけるCH4排出量を自然・人為起源別に把握するための研究を行います。国立環境研究所が長年にわたり大気観測を行ってきた沖縄県・波照間ステーションにおいて、大気中のCH4濃度や関連する成分を観測します。さらに、近年注目されているCH4の炭素の安定同位体比(13Cと12Cの存在比)を新しく精密に測定し、濃度変動をもたらした排出源を推定します。これには代表的な人為起源排出である化石燃料と、湿原や家畜などの生物起源排出では安定同位体比に明らかな差があることを利用しています。また、人為的な排出源からは、CH4だけでなく多数の炭化水素類も同時に放出されるため、それらを補助データ(トレーサー)として組み合わせることで、さらに排出源に関する情報を得ることができます。

(3) メタンの気候変動フィードバック効果に関する研究

大気海洋の物理過程だけでなく生物地球化学的過程や人間活動を導入して気候変動を再現する地球システムモデルを用いて、CH4の気候的なフィードバック効果に関する研究を行います。温度や降水の変化は湿原のCH4生成に影響を強く与えるため、気候変動とCH4放出の間には特有のフィードバック関係があると考えられます。海洋研究開発機構が中心となって2002年から開発を行ってきた地球システムモデルMIROC-ESM(Watanabe et al. 2011)に、新たに陸域のCH4放出に関する推定式を導入し、過去から将来のCH4放出量の変化とその気候変動に与える影響を調べます。また、将来の人為起源排出シナリオに基づいたシミュレーションを行うことで、CH4排出削減による温度上昇抑制の効果を評価します。

4. 研究課題2-1710のねらい

本課題の目標は、東アジア地域においてCH4を排出起源別に把握する監視システムを構築し、そこから得られるデータを参照して有効な排出削減のシナリオを提示することです(図2参照)。このシナリオは、パリ協定で掲げられた気候変動に関する目標や、持続可能な開発目標(SDGs)を達成する上で有用な科学的根拠となります。また、過去から現在の収支を評価することで、GOSAT観測を含む、グローバルなCH4収支の解明に寄与する事ができます。さらに、東アジア地域のCH4収支に関して独自のデータと分析結果を提供し、温暖化現象の全体像解明にも貢献します。

引用文献

  • Ito A, Inatomi M (2012) Use and uncertainty evaluation of a process-based model for assessing the methane budget of global terrestrial ecosystems. Biogeosciences 9: 759-773. DOI: 10.5194/bg-9-759-2012
  • Tohjima Y, Kubo M, Minejima C, Mukai H, Tanimoto H, Ganshin A, Maksyutov S, Matsumata K, Machida T, Kita K (2014) Temporal changes in the emissions of CH4 and CO from China estimated from CH4 / CO2 and CO / CO2 correlations observed at Hateruma Island. Atmospheric Chemistry and Physics 14: 1663-1677. DOI: 10.5194/acp-14-1663-2014
  • Watanabe S, Hajima T, Sudo K, Nagashima T, Takemura T, Okajima H, Nozawa T, Kawase H, Abe M, Yokohata T, Ise T, Sato H, Kato E, Takata K, Emori S, Kawamiya M (2011) MIROC-ESM 2010: model description and basic results of CMIP5-20c3m experiments. Geoscientific Model Development 4: 845-872. DOI: 10.5194/gmd-4-845-2011

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