2018年3月号 [Vol.28 No.12] 通巻第327号 201803_327003

北海道の陸別中学校で出前授業を行いました

  • 地球環境研究センター 衛星観測研究室 主任研究員 森野勇
  • 地球環境研究センター 衛星観測研究室 主任研究員 野田響

2017年11月25日に北海道足寄郡陸別町の陸別中学校で出前授業を行いました。この出前授業は、陸別町に観測装置を設置し研究を行っている国立環境研究所、名古屋大学等の研究・教育機関と陸別町が情報交換や地域振興などを目的として設立した陸別町社会連携連絡協議会の活動の一環として毎年開催しているものです。GOSAT(温室効果ガス観測技術衛星、Greenhouse gases Observing SATellite、愛称「いぶき」)に関する授業は2016年に引き続き2回目です。GOSATに関する出前授業が最近始まったのは、GOSATとこの陸別町との関係が非常に深くなったためです。以下にその経緯を説明致します。

GOSATは、2009年に打ち上げられた宇宙から温室効果ガスを観測する衛星で、これまで8年以上の観測データが蓄積されています。このGOSATによるプロジェクト(以下、GOSATプロジェクト)は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、環境省、および国立環境研究所が共同で実施しているものです。GOSATから観測した温室効果ガスである二酸化炭素やメタンの濃度データを研究に利用するためには、その不確かさ(GOSATデータの基準となるデータのズレとGOSATデータのバラツキの程度)を明らかにする必要があり、その作業を「検証」と言います。GOSATデータの検証を行うときには、GOSATとは別の独立した観測(たとえば航空機による観測や地上で行われている観測)によって取得されたより不確かさが小さい観測データを用いることが必要で、主にフーリエ変換分光計(FTS)を用いた全球地上温室効果ガス観測網(TCCON、Total Carbon Column Observing Network、森野勇「長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— [9] 空を見上げて温室効果ガス濃度を測る組織—TCCON—」地球環境研究センターニュース2015年3月号)によるデータとCONTRAILプロジェクト(町田敏暢「CONTRAIL観測が10周年を迎えました」地球環境研究センターニュース2016年4月号)等の航空機観測データが用いられています。

TCCONは、2004年に始まった全球規模の観測網で、観測地点は、現在世界に25カ所あります。日本には観測地点が3カ所あり、列島のほぼ中央に位置する茨城県つくば市の国立環境研究所で最初の観測を始め、次いで南の佐賀市の佐賀大学、さらに北の陸別町で観測を開始しました。陸別に関しては、2011年12月に陸別町にTCCON観測地点設置の承諾を得てから、関係者の多大なご理解とご協力により、観測機器設置と調整が進められ、2013年11月から定常的な観測運用が始まりました。GOSATデータの検証などの具体的研究成果が出始めた2016年から、地元に対するご報告を兼ねて、国立環境研究所GOSATプロジェクトで出前授業を引き受けました。

陸別におけるTCCON観測地点としての観測機器や2016年度の出前授業の様子は、2016年の出前授業の記事(石澤かおり「宙(そら)、生徒、研究者。それぞれの純粋さ。星空が美しい町、陸別での出前授業。」地球環境研究センターニュース2017年2月号)をご参照ください。

2017年は、「日本の温室効果ガス観測技術衛星いぶき(GOSAT)の観測でわかったこと」と題し、前半は森野がGOSATで得た温室効果ガスの観測成果を平面モニターで説明し、後半は野田がGOSATで初めて観測に成功した植物の光合成活動の指標となるクロロフィル蛍光観測に関する紹介を実演実験と共に行いました。

森野は、地球温暖化の仕組みと温室効果ガスの観測について説明し、次にGOSATによる成果、陸別町での「温室効果ガス」観測とGOSATへの貢献について以下のように説明しました。

地球温暖化はすべて悪いことなのではなく、適度な温室効果ガスが存在したおかげで、生命が発生・進化することができ、今人類が存在できていることを説明しました。しかし、産業革命以後、人間は化石燃料を大量に使用し、二酸化炭素などの温室効果ガスを大気中にそのまま放出しました。地球が吸収しきれない人為起源温室効果ガスは大気中に残ってしまい、温室効果ガス濃度が増加しました。その結果、地球温暖化が進み、最近様々な異常気象が起きています。

次に、温室効果ガス濃度の分布と変化を全球規模でくまなく観測するには、衛星に搭載した観測装置を用いる方法が最も有効であることを示し、日本のGOSATが2009年1月23日に世界初の温室効果ガス専用の衛星として打ち上げに成功したことを紹介しました。そして観測の原理・方法とこれまでの観測成果を示しました。

最後に、陸別町で温室効果ガスの観測に用いている観測装置と観測結果、さらにGOSATの比較結果を紹介しました。陸別町でのデータレコードは4年を超えようとしており、今後も観測を継続することを伝えました。

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写真1森野が授業の導入として地球の温暖化とその原因となる温室効果ガスの衛星による観測について説明しているところ

一方、野田は『陸上生態系での光合成の重要性と「いぶき」のクロロフィル蛍光観測』というタイトルで説明と実演を行いました。植物は光合成の際、葉緑体中のクロロフィルが吸収した光エネルギーのうち、光合成系で使われなかったエネルギーを「クロロフィル蛍光」と呼ばれる可視光の赤から近赤外域の微弱な光として放出します。GOSATの観測装置は、陸域植生が光合成の際に発するクロロフィル蛍光を検出することができ、これを利用して光合成活性の推定を行う研究が進められています。中学生にとって、「光合成」という言葉は小学校理科で習っても、光合成が地球環境の安定に果たす役割や光合成の機構についてまで学習はしません。そこで、まず光合成が地球環境の中で果たす役割として、人間活動により出された二酸化炭素のかなりの量を吸収すること、さらに光合成により固定された炭素が、食物や木材などとして人間社会を支えることに加えて、生物多様性の基盤となることを説明し、生態系の光合成機能研究の重要性を強調しました。そして、光合成の生理的な過程を模式的に示し、光合成過程でクロロフィル蛍光が出されることを説明しました。しかしこれだけでは、まだ「植物が光を出す」ということを納得してもらいにくいので、実際に生徒の目の前で実験をして、蛍光が出る様子を実演して紹介しました。

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写真2野田が実験に先立ち、クロロフィル蛍光の波長について解説している様子

実験自体はいたってシンプルなものです。まず、教室の卓上に2つの観葉植物の鉢を並べ、LEDライトを照射しました。生徒に黙っていましたが、一方の鉢は生きた本物の植物で、片方は精巧にできた造花です。これらを可視域から近赤外域を捉えることができるモノクロカメラ(一般的な防犯カメラ)で写し、それを大きな画面で生徒たちに見せました。このときには、生徒たちの目の前に並んだ2つの鉢の様子をそのまま白黒にしたような映像が映っていました(写真3左)。次にこのカメラのレンズに、クロロフィル蛍光の波長のピークがある750nmを中心とした10nmだけを通す光学フィルターをはめました。すると、画面の映像は、生きている植物の葉のみが白くなり、もう一方の造花が映っていたはずの場所は真っ暗になってしまいました(写真3右)。これは、生きている植物の葉はLEDの光を受けて光合成をし、同時に蛍光を発しているためです。光合成をしていない造花は蛍光のみを通す光学フィルター越しには何も見えなくなります。見えなくなったほうが造花であることを教えると、生徒たちは驚いていました。さらに、すべての光合成を行う植物が蛍光を発することを見せるため、サボテンで同様のことを行いました。光学フィルターを通す前は、棘のあるサボテンが写りますが、フィルターを通すと、棘が薄っすらと黒い陰になってサボテンの茎だけが白っぽく見えます。サボテンの棘は光合成しませんが、茎で光合成を行っているためです。

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写真3左は可視域から近赤外域を捉えるカメラで植物(ツタ)と造花、サボテンを写した様子。右はクロロフィル蛍光の波長(750nm付近)のみを透過する光学フィルターを通して見た様子。光学フィルター越しの写真(右)には造花とサボテンの棘は写りません

実演を終えた後、GOSATが観測した地球上の陸域植生が発するクロロフィル蛍光の世界分布から植物が活発に光合成を行う夏にはクロロフィル蛍光も強くなる様子を示して、クロロフィル蛍光研究が生態系の光合成機能の推定に役立つことを説明して話を締めくくりました。

最後に授業のまとめを行い、地球の温暖化と人間活動の関係、GOSAT等の衛星観測の重要性、GOSATによるクロロフィル蛍光観測の成功とその発展性、GOSAT後継機であるGOSAT-2の打ち上げが迫っていること、陸別町での温室効果ガスの観測に対する貢献、私たちが出来ることを考えて実践して欲しいことを訴えました。

2018年もこのような機会があれば、より工夫を行い、生徒に関心を持ってもらえる様な授業を行いたいと思いました。今回このような機会を頂きました陸別を始め関係機関の皆様に感謝致します。

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