2018年4月号 [Vol.29 No.1] 通巻第328号 201804_328001

環境問題の解決は正確な科学計測から:第33回APMP TCQM-GAWGへの参加報告

  • 地球環境研究センター 炭素循環研究室 主任研究員 奈良英樹

2017年11月24日から12月1日にかけて、第33回アジア太平洋計量計画(Asia Pacific Metrology Program: APMP)総会および関連会議がインドのニューデリーにあるインド国立物理学研究所(National Physical Laboratory of India: NPLI)で開催されました。著者はこの総会の会期中の11月25日に行われた、物質量技術委員会のガス分析ワーキンググループ(Technical Committee for Amount of Substance-Gas Analysis Working Group: TCQM-GAWG)主催の第15回ガス標準ワークショップに参加しました。APMPはアジア太平洋地域の国家計量標準機関が保持する国家計量標準の同等性の確保や較正能力の改善等を目的とした組織であり、TCQM-GAWGは標準ガス関係従事者の情報交換を目的とした場です。ワークショップには日本を含めインド、中国、韓国、台湾、インドネシア、シンガポール、および南アフリカの各国の計量機関に加え、イギリス国立物理学研究所(National Physical Laboratory: NPL)と国際度量衡局(Bureau international des poids et mesures: BIPM)からのオブザーバー参加があり、総勢23名の研究者および技術者が集まりました。日本からは産業技術総合研究所の計量標準総合センター(National Metrology Institute of Japan: NMIJ)、化学物質評価研究機構、そして国立環境研究所が参加しました(写真1)。国立環境研究所からは地球環境研究センターの著者と勝又高度技能専門員が参加し、著者はオブザーバーとして参加しました。

写真1第15回APMP/TCQMガスワークショップの参加者

ワークショップは1日限りの短い時間ではありましたが、7件の口頭、6件のポスター発表が行われました。発表内容は研究あるいは活動報告の2つに大別され、研究報告は韓国標準科学研究院(Korea Research Institute for Standard and Science: KRISS)、NMIJ、そしてNPLが行いました。KRISSからの研究報告はジメチルスルフィド(Dimethyl sulfide: DMS)の標準ガス開発についてでした。DMSは大気中の雲の生成に関与することで地球の気候システムに影響を与えると考えられている重要な大気中微量気体の一つです。KRISSは既存のガス調整方法、シリンダー材質を見直し・検討することで、従来よりも遥かに小さな不確かさで、長期的に安定したDMS標準ガスをppm(parts per million)オーダーの濃度で生成することができるようになったと報告しました。その後、KRISSは世界気象機関(World Meteorological Organization: WMO)による全球大気監視(Global Atmosphere Watch: GAW)計画のDMSについての世界較正センター(World Calibration Center)として指名されました(2018年1月11日公式発表)。NMIJからは大気中酸素観測用の標準ガスの調整とその検証を目的とした酸素分析計についての研究発表がありました。発表では、質量比混合法という、高精度天秤を使用したガス調整法を洗練することで標準ガス調整技術を確立したこと、酸素が磁石に引き寄せられる性質を利用した磁気式酸素分析計を用いることで高精度の標準ガス中の酸素濃度の計測ができるようになったことが報告されました。NPLからは二酸化炭素(CO2)の標準ガスについての研究発表があり、シリンダーから供給される標準ガス中のCO2濃度とシリンダー内ガス残圧、シリンダー内壁の不活性化処理およびシリンダー内水分の有無による影響について検討し、いずれもCO2濃度に有意な影響が見られた、という内容の報告がありました。また、NPLでは最近CO2の従来計測法に取って代わる分析法になりつつある、レーザー吸収分光法による計測に対応するため、CO2の安定同位体比率を調整した標準ガスの確立に取り組んでいることも報告されました。

活動報告については、台湾の工業技術研究員計測標準センター(Center for Measurement Standards: CMS-Industrial Technology Research Institute: ITRI)、インドネシアのインドネシア科学院の計量研究センター(Research Center for Metrology: RCM-Lembaga Ilmu Pengetahuan Indonesia: LIPI)、南アフリカの国家計量標準機関(National Metrology Institute of South America: NMISA)、およびNPLIから発表が行われました。CMS-ITRIでは大気汚染物質であるPM2.5について、主要市販計測装置の計測値に両立性を確保するためにフィールドおよび実験室環境における並行計測を通じて装置評価を進めていることが報告されました。今後、上記のPM2.5計測装置の評価と同様に、オゾン(2018年)、窒素酸化物(2019年)の計測装置についても評価を実施していくとのことです。RCM-LIPIは2014年に設立されたばかりの新しい組織であり、標準ガスの製造についてはまだ技術途上の段階にありますが、2018年には百万米ドルという巨額の予算が付くこともあり、今後標準ガスの製造と較正に必要な装置類を充実させていく、という報告がありました。NMISAもLIPI同様に標準ガス製造においては技術途上の段階にあり、限られた人員ではあるものの、KRISSの支援を受けて技術水準が向上していることが報告されました。NPLIからは研究所のガス分析ファシリティーの紹介がありましたが、現在インド北部ではPM2.5による大気汚染問題が深刻化していることもあり、PM2.5の国産分級機の開発に力を入れていることが報告されました。

上述のNPLIの発表でもあったように、インド北部では現在大気汚染が深刻化しており、特にPM2.5による大気汚染による健康影響被害が強く懸念されています。インド北部では米と小麦の二毛作が行われており、9月の米の収穫後に11月から小麦の作付けが行われます。このとき、米の収穫後、時間を空けずにいち早く小麦の作付けを始めるために各農家は農業残滓を安価かつ安易に処理できる野焼きを一斉に行います。ところがこの野焼きが行われる秋から冬季にかけて、インド北部では乾季に入るため少雨となり、風が弱まります。その上、地表における気温の低下のために地表と上空の大気の混合が弱まるため、大気が淀んだ状態になります。このような気象条件化では大気中から粒子状物質がなかなか除去されないため、野焼きによって発生する大量の粒子状物質がもともと自動車や工場から排出されるものと合わさることで、このような大規模な大気汚染を引き起こしていると報告されています。実際に著者が会議に参加した11月には、ニューデリー市内でも1立方メートルあたり1000マイクログラム超のPM2.5の濃度が観測された事例が会議中のNPLIの発表で報告されました。WMOの推奨するPM2.5の環境基準値は1日平均で1立方メートルあたり25マイクログラムですから、ニューデリーで観測された濃度は瞬間的とはいえ基準値の40倍に相当する量に到達していることになります。著者はマスクを携行して行きましたが、屋外でマスクを外すと喉に違和感を感じたことが鮮明に思い出されます(写真2)。このように環境問題を、科学計測を介して数値化し、正確に事態を把握することが問題解決のための対策立案に有効な手段の一つとなると考えられますが、数値化したそれぞれの結果は全て同じ基準で規格化する必要があるのは読者のみなさんもご存知のことと思います。今回のTCQM-GAWGワークショップでも環境先進国における計量研究成果の発表のみならず、アジアの環境発展途上国においても温室効果ガスや大気汚染物質の計量に力を入れており、各国が協力して技術レベルの向上に取り組んでいることが報告されました。これはアジア域全体としても温室効果ガスや大気汚染物質の正確な観測が重視されてきていることを裏付けているものと思われます。

写真2ニューデリーでは11月に車や工場からの排ガスに加え近隣の州で実施される農業残渣の焼却によって放出されるPM2.5と秋季の終わりから冬季の始まりにかけて発生するインド北部に特有の気象条件が重なることで深刻な大気汚染が発生する。写真は著者がニューデリーで早朝に撮ったもので、大気汚染により視程が著しく低下し、空が茶色く染まっている様子がわかる

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