2018年4月号 [Vol.29 No.1] 通巻第328号 201804_328011

最近の研究成果 気候変動問題の長期目標をリスクの観点から考える 〜「ICA-RUSプロジェクト」の成果のまとめ〜

  • 地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室長 江守正多

国連気候変動枠組条約において2015年に合意されたパリ協定では、世界平均気温の上昇を産業化以前を基準として2°Cより十分低く抑え、さらに1.5°C未満に抑えることを目指して努力する目標が定められている。また、このために世界の温室効果ガス排出量を今世紀後半に正味ゼロにする目標も記されている。これらの目標を社会はどのように受け止めたらよいのだろうか。我々は、2012–2016年度に行われた環境研究総合推進費S-10(愛称:ICA-RUS)プロジェクトにおいて、世界平均気温上昇を1.5°C、2.0°C、2.5°C未満に抑える目標をそれぞれ目指した場合の気候変動影響や対策に伴うリスクを総合的に検討した。

ある排出削減経路を実現したときに気温が何°C上昇するかの予測には科学的な不確かさがあり、しばしば「気候感度」という指標で特徴付けられる(気候感度が高いほど気温上昇が大きい)。この気候感度の不確実性があるため、1.5°Cや2°Cといった温度目標を確実に達成する排出削減経路を事前に描き、それを忠実に達成するという考え方は困難である。従って、社会はまず「温室効果ガス排出を今世紀後半に正味ゼロ」という排出目標の実現を目指し、不確実性の取り扱いは別途考えることが実際的である。

仮に気候感度が高いことが将来のある時点で判明し、「排出正味ゼロ」を達成しても気温上昇が1.5°Cや2°Cを超える見通しとなった場合、残された選択肢は以下の3つおよびそれらの組み合わせである。A. 目標より大きい気温上昇の受容(適応を含む)、B. 緩和の強化(排出量を負にする技術を含む)、C. 気候工学(主として太陽放射管理)。どの選択肢も社会にとって深刻なリスクを伴う可能性があるため、それらのリスクを科学的、倫理的に深く検討した上で判断がなされる必要がある。

そのほかに、「排出正味ゼロ」の考え方に関して、以下の2点を指摘した。1. 排出削減のための政策を狭い意味での気候政策(排出削減技術の導入)に限定せず、様々な「持続可能性政策」に広げて考えるべきであること。2. 現在の社会経済モデルで描き得るシナリオの範囲に視野を限定せず、より新奇的、創造的な解決策を思い描くこと。

最後に、リスク判断の社会的側面に注目して検討した結果から、気候リスクの問題を社会の文脈に即して解釈するとともに、社会が検討すべき倫理的な課題を整理して意思決定を支援する「媒介専門家」を組織することを提案したい。

本研究の論文情報

Risk implications of long-term global climate goals: overall conclusions of the ICA-RUS project.
著者: Emori S., Takahashi K., Yamagata Y., Kanae S., Mori S., Fujigaki Y.
掲載誌: Sustainability Science, doi.org/10.1007/s11625-018-0530-0.

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