2018年7月号 [Vol.29 No.4] 通巻第331号 201807_331005

IoT時代における環境にやさしいスマートシティを目指して

  • GCPつくば国際オフィス 事務局長 Ayyoob Sharifi
  • 地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室 特別研究員 吉田崇紘
  • GCPつくば国際オフィス 代表(地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室 主席研究員) 山形与志樹

1. はじめに

都市におけるさまざまな公共サービスやシステム(例えば、交通や電力、水道)を情報通信技術の活用によって制御・運用するスマートシティの開発と、スマートフォンやパソコンだけでなく、生活の中のありとあらゆるもの(例えば、自動車や時計、洋服)が情報通信機能を備えるIoT(Internet of Things:アイ・オー・ティーと読む)の進展は、都市の計画・管理に対し、いま抜本的改革をもたらそうとしています。それは、都市における諸課題とその解決策に影響を及ぼし、気候変動への適応、低炭素かつ回復力のある(レジリエントな)都市環境の構築に資することも期待されています。都市における主要機能(拠点)を集約することで、効率的な公共サービス(特に交通サービス)を提供し、自動車移動から公共交通移動にシフトすることで低炭素化を導こうとするコンパクトシティは、スマートシティの目指す方向性のひとつでもあります。

「都市と地域の炭素管理」プロジェクトを10年以上にわたり進めてきたグローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)つくば国際オフィスは、2018年3月19日から21日にかけて、東京大学において、Future Earth(江守正多, 三枝信子「国際研究プログラムFuture Earthへの日本の対応」地球環境研究センターニュース2013年10月号を参照)、東京大学、ジョージア工科大学と共同で、「IoT時代における環境にやさしいスマートシティを目指して」と題する国際ワークショップを開催しました。その目的は、低炭素でありながら住民の幸福感を増進し、最終的には持続可能な開発目標(SDGs)の達成に貢献するような環境にやさしい都市システムの設計に向けて、最先端技術やビッグデータの活用がどのような変革をもたらしうるのか、研究者や産業界の専門家、会社役員、都市開発の責任者と議論することでした。ワークショップでは、スマートシティに関連した幅広い分野の口頭発表とパネルディスカッションが行われました。

写真ワークショップの目標と目的を紹介する村山顕人准教授(東京大学)

2. ワークショップの概要

ワークショップでは、スマートシティが実現した場合、どのようにして人の交通環境を変化させうるのか、資源効率や経済的生産性を上げうるのか、災害に対応しうるのか、といった幅広いさまざまなトピックについて、理論と実践の両側面からの発表がありました。資源効率を上げうる技術開発の例として、スマートな道路照明システムは、人や車を検知し移動先を予測して必要な場所だけを逐次的に照らすことで、垂れ流しの照明利用を回避することができる、などの紹介がありました。ディスカッションでは、スマートシティ開発の究極目標は、住民の生活の質(well-being)を向上させ、また持続可能な発展に導くことだ、という認識が参加者の間で共有されました。

また、スマートシティの将来計画を策定し実施する上で、データの取得や管理の重要性が強調されました。IoT時代において、データは価値を生み出すものとなり、その役割は、産業革命期において化石燃料が果たした役割に匹敵するものともいえます。ビッグデータの重要性・有用性が高まる中にあって、得られるチャンスを最大限に活用するために、各種産業はデータをより適切に利用・運用する方法を選択する必要に迫られますし、組織の構成にもさまざまな変革が求められるようになります。都市は多種多様なシステムによって構成されるため、個別のシステムを最適化していくだけでは機能しえません。適切な管理方法を構築することによって、データの取得とその運用手順が統合化され、システム間の相互運用を円滑化する効率的なデータ取引も推し進めることができます。望月氏(NEC副社長)は、発表のなかで、FIWARE(Future Internet WARE[注])のようなオープンソースのプラットフォーム(プログラムのソース・コードが公開されていて、誰もが自由に利用・編集できる基盤技術)を利用すると、これまでに異なるプラットフォームを利用してきた産業/企業間にあっても、必要に応じてデータを適切にやりとりしうることを述べました。加えて、データのセキュリティ保証の重要性についても述べました。すべてが通信環境下に置かれることによる情報流出やプライバシー侵害といった、政府や企業、住民など各種ステークホルダーにとっての懸念事項が、スマートシティを計画・開発していく上で重要な検討事項になることに異論はありません。ステークホルダーがスマートシティの開発に関与していくためには、社会的信頼関係の構築が不可欠な要素となります。透明性を高め、プライバシーに配慮し、データの悪用を防ぎ、そしてスマートシティの開発に関与することで住民にメリットがあるようなインセンティブを付与する仕組みを整えることで、社会的信頼関係が築かれていきます。望月氏は、ステークホルダーが重要視している点がどのようにスマートシティの計画・開発に反映されるかというひとつの例として、IoTとステークホルダー間で共有されたプラットフォームを用いることで、各種ステークホルダーの取り組みが瞬時に通知され、ボトムアップ的に価値のあるものに開発が集中するようなシステムを紹介しました。また、ステークホルダー同士が協力関係を築くことの重要性についても言及がありました。

口頭発表・討論のいずれにおいても、議論の中心は、スマートシティの計画・開発をどのように評価していくべきかという点にありました。今回のワークショップのように、ディスカッション形式(ボトムアップ方式)で進められる場合、スマートシティの計画・開発やその評価について、参加者が共通の将来像を描きやすくなります。共通の将来像は、参加者らにとって価値ある像であり、ディスカッション形式によってそれが自然と削り出されてきました。議論の結果、スマートシティの評価には、まず計画・開発に関するガイドライン策定が必要であること、また、計画・開発を進める上では、今後の都市政策に関する透明性や説明責任、検証可能性が求められるという意見が出されました。

すでに世界中で多くの評価活動が進められています。政策決定者がスマートシティの計画・開発の内容を評価できるように、この数年で多くの評価ツールが整理されました。一方、議論のなかで、政府主導の評価アプローチ(トップダウン方式)が望ましい方法で行われていないことにも言及がありました。これは、評価の策定と実行段階で、多様なステークホルダーが関与していないため、参加者らの価値評価が反映されないためといえるかもしれません。参加者らが価値を認め、実践に耐え、そして、評価項目に偏りのないツールを開発する必要があるため、ステークホルダーの関与は不可欠です。また、評価の指標として、複雑でないこと、世界共通に算出可能であること、測定可能なこと、変換可能なことの重要性がワークショップで強調されました。現在、ある特定の(恵まれた)都市においてでしか算出が困難で、また、オープンデータを利用した評価が不可能な指標が多くあります。このため、評価の比較検討が複雑になり、世界共通に使えるという基準に合わないものになっています。そこで、世界共通に適用可能で、比較可能な指標セットが求められています。今後、社会経済や環境の変化スピードに対応できるダイナミック(リアルタイム)で、かつ世界共通で使える指標がスマートシティの計画と開発に必要になります。

3. 国立環境研究所グローバル・カーボン・プロジェクトからの発表

GCPからは山形、Sharifiの2人が発表しました.山形は、「IoT・ビッグデータとグリーンスマートシティ」について講演を行いました。ワークショップの開会挨拶に加えて、現在進めている2つの研究について発表しました。[1]「ビッグデータを用いた建物・道路ごとの時間別CO2排出量推計」:スマートフォンから収集したGPSデータや建物用途別のエネルギー消費量原単位などを用いながら地理情報システムの上で統合解析した、東京都墨田区におけるCO2排出量の時空間変動を3次元マッピングした結果を発表しました。ボトムアップ的に、いつ・どの建物や道路がどれだけCO2を排出しているかを地図上でわかりやすく可視化したことで、ミクロな単位でのCO2排出量削減行動を喚起することに有効ではないかということが議論されました。今後は、墨田区周辺部におけるCO2排出量や風流による影響の考慮も検討し、東京スカイツリーでのCO2濃度観測との関連も解析する予定です。[2]「GPS・ビッグデータを用いた歩行環境評価」:これまで街区設計や都市計画の中で用いられてきた各道路における歩きやすさの評価指標をIoTで観測可能なデータを用いて改善する研究について報告を実施しました。これまでは、歩きやすさが、道路ネットワークの評価(幅員、密度など)の物理的な条件によって評価されてきましたが、GPSデータを用いて人が実際にどこを歩いているかというデータを分析することで、歩行環境指標が人の回遊行動に与えている影響を正確に評価して、まちづくりに応用することが可能になることがわかりました。

Sharifiは、オーガナイザーの一人として、開会挨拶の中で、ワークショップのタイトルにもある「環境にやさしい(Green)」スマートシティという部分に焦点を当てて、これまでGCPつくば国際オフィスが進めてきた「都市と地域における炭素管理」の活動を、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change、気候変動に関する政府間パネル)やFuture Earthとの関連を含めて紹介しました。

4. 今後の重要なテーマ:スマートシティの計画・開発

  • スマートシティの計画・開発は、将来の社会・通信環境の状況を見越した上で行われるべきであること
  • 学術団体と産業界との戦略的なパートナーシップの構築が今後の発展にとって重要であること
  • 個別システムに最適化された開発ではなく、より統合されたシステムにとってメリットをもたらすようなスマートシティの技術開発へのパラダイムシフトが必要であること
  • 拡張・展開を考慮した計画、あるいは実証実験を行うこと
  • スマートシティの開発は今後のIT関連のイノベーションに依存している部分があるため、これを促進するための投資コストの削減は避けるべきであること
  • 情報通信技術(ICT)の限界を考慮すること。ある特異点を過ぎると、ICTや最先端技術は複雑かつ膨大になり、人間の理解を超えたところでシステムが動くことが想定される。人間が制御できないため、人間の幸福や都市の持続性に直接的にはあまり貢献しない可能性があることを理解すること
  • スマートシティが脱炭素化社会の構築にどのように貢献しうるのかについての研究はあまり進んでいない。最先端技術は画期的な脱炭素化を促進する可能性があるため、この分野の研究を推進すること
  • スマートシティに関連した評価指標や認定は都市の変革を起こしうるため、よりローカルなスケールにあってもこれ進展させること
  • スマートシティの実現が気候変動の安定化目標の達成にどのように貢献しうるのかを明らかにすること
  • SDGsに対応し、コミュニティスケールで持続可能な開発を進める関係者と協議してデザインするシステムの潜在的可能性を探ること
  • 通信環境や歩行環境の整備状況といった都市指標を標準化し、その実行可能性(都市における成長の変化と、ステークホルダーから受け入れられる標準化)を追求すること
  • 温室効果ガスを削減することへの都市や企業の積極的な関与を促し、気候変動の安定化目標を達成するため、重要となる評価指標(key performance indicator)・認定の構築と、またそれがもたらす貢献について研究を進めること
  • 都市の脱炭素化を進めるためのインセンティブを探ること
  • ICTやIoTとの組み合わせが都市にどのような作用をもたらすか、誰もが自由に入手・編集可能なオープンデータやオープンソースのプラットフォームが、脱炭素化を推進するためにどの程度有効かを検討すること(誰もが自由に入手、及び編集可能なものであっても、それを活用するのに必要なIT知識などがあり、全体にとってどう有効かを検討する必要がある)
  • 都市の持続可能性評価指標群の中に、スマートシティに関連した指標を組み込むこと

最先端技術を活用することで持続可能性な社会を実現しうる都市システム、スマートシティがもたらしえる恩恵を我々はうまく活用する必要があります。また、私たちは、上記のテーマに一緒に取り組んでいただける学界、政府機関、産業界などの参加を期待しています。ご関心のある方は、http://www.cger.nies.go.jp/gcp/contact.htmlまでご連絡下さい。

ワークショップのプログラムと一部の発表スライドは、下記リンク先に掲載しています。
http://www.cger.nies.go.jp/gcp/international-workshop-on-towards-green-smart-cities-in-the-iot-era.html

脚注

  • EU(欧州共同体)が2011年から取り組んできたスマートシティ構築に向けたクラウドプラットフォームの一種。インターネット上にセキュリティを確保したプラットフォームを構築し、その上に交通、エネルギー、医療などスマートシティに求められるサービスを実装できる。

原文(英語)も掲載しています。

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