2019年2月号 [Vol.29 No.11] 通巻第338号 201902_338004

北海道釧路市・国立環境研究所地球環境セミナー「地球温暖化とわたしたちの将来」開催報告

  • 公益財団法人北海道環境財団 宇山生朗

2018年10月27日(土)北海道釧路市の釧路地方合同庁舎にて、地球温暖化を考えるセミナー「地球温暖化とわたしたちの将来」を開催しました。本セミナーは、国立環境研究所が開催地の主体である環境省釧路自然環境事務所、北海道釧路総合振興局、釧路市、当財団との連携を図り、地域を巻き込みながら実施したものです。

近年、台風上陸による農作物への被害や海水温上昇による漁獲量の変化、平均気温が過去100年間で約1.6°C上昇するなど、地球温暖化の影響と考えられる様々な現象がこの北海道でも表れはじめています。こうした状況下で、これからどのように地球温暖化と向き合っていくべきか、地域の将来を地域の方々と考える機会として、本セミナーでは国立環境研究所に所属する3名の研究者が地域性を踏まえた温暖化研究の情報提供を行い、参加した50人以上の方々と対話を進めました。

1. 温室効果ガス濃度—その後

【講師】向井人史(国立環境研究所企画部、フェロー)

国立環境研究所は、1994年から北海道根室市にある落石岬にて温室効果ガス(GHG)の長期トレンドを観測しています。この観測結果によると、大気中の二酸化炭素(CO2)濃度は近年約2ppmの増加を続けているほか、今年に入ってからは年平均410ppmを上回るCO2濃度を検出しています。パリ協定の2°C目標を達成するためには2100年時点でCO2濃度を世界平均450ppm程度までに抑えることが必要とされている中、今後もCO2の増加が続き、温暖化が進めばどのような現象を引き起こすのか。実験等も交えながら最新研究の情報提供を行いました。講演内容(概要)は以下の通りです。

写真1向井人史フェローは、CO2が毎年どのくらい大気中に蓄積されるか、さらにその変動について説明しました

温暖化の進行により一定の気温上昇を迎えると、様々な現象がドミノ倒しのように起こり、温暖化がさらに加速する危険性がある。この現象は「温室と化した地球(hothouse earth)」といわれ、今年度に論文が発表されてから注目を集めています。

森林はCO2の吸収源として知られていますが、より温暖化が進むと一部の地域では乾燥化が進行し、それに伴い森林火災が頻発するようになり、森林はCO2の吸収能を低下させるほか、逆にCO2の増加要因にもなりうると考えられています。このほかにも温暖化は、水温上昇による海洋のCO2吸収能の低下、氷床・凍土の融解によるCO2やメタンの大気露出など、さらにGHGを増加させる現象を引き起こすことがわかっています。先に述べた論文では、これらのような現象がドミノ倒しのようにさらなる温暖化をよんでしまう危険性があると述べています。

上記の図によると、まずはグリーンランドの氷床など、気温上昇に対する閾値が低いもの(黄色、1°C〜3°C上昇)が最初に影響を受けるとされています。それによりGHGの増加、気温上昇が引き起こされると、次に閾値が低いものが影響を受けるといった形で、さらにこうした現象が連鎖していくと示しています。これは我々人類がGHGの排出を抑制しても、すでにこうしたシステムが始動してしまった場合、制御不能な温暖化が進行する可能性があることを意味しています。加えて、すでにグリーンランドの氷床が解け始めていることを踏まえると、パリ協定の2°C目標が定める基準を守ったとしても、2100年には2°C以上の温暖化が進む恐れがあります。

このようなリスクを極力下げるためには、我々人類が真剣にこの問題に向き合い、パリ協定への動きが十分に進んでいない状況を打開し、可能な限り迅速で具体的なGHG排出抑制に着手することが重要です。

写真2海水がCO2を吸収することを実験で確認しました

講演中には、海水にCO2を吸収させる実験を行いました。酸性とアルカリ性を区別できる溶液(BTB溶液)を混ぜた海水入りの小瓶に息を吹き込み、振り混ぜた時の色の変化を観察するものです。海水は息からCO2を吸収すると、青色(弱アルカリ性)から黄色(酸性)に変化します。また、息を部屋の空気と入れ替えて振り混ぜると、もとに近い青色に戻ります。海水のCO2吸収能と大気中のCO2を吸収することで海は酸性化に向かうということが理解できたかと思います。

2. 気候変動と道東の沿岸生態系—森里海のつながり—

【講師】阿部博哉(国立環境研究所生物・生態系環境研究センター、特別研究員)

北海道釧路地方に位置する厚岸町は水産資源に恵まれたまちとして知られ、とりわけ牡蠣については全国でも珍しい通年出荷を可能としており、北海道一の生産量を誇っています。そんななか、近年相次いで発生している記録的な猛暑や台風上陸などの異常気象を受け、牡蠣が大量死するといった被害がでてきています。温暖化が進むことでこれらの現象が増加すると予測されるなか、牡蠣をはじめ厚岸の水産資源はどのような影響を受ける可能性があるのか。北海道大学在学時に気候変動と道東の沿岸生態系に関して研究実績のある阿部氏より、情報提供を行いました。講演内容(概要)は以下の通りです。

写真3阿部博哉特別研究員は地球温暖化が牡蠣の生産に与える影響について講演しました

地球規模での気候変動の将来予測などの研究が進展する一方で、地域規模ではどのような変化が生じるか、十分に研究が進んでいない状況にあります。このことを踏まえ、本研究は、厚岸湾・厚岸湖を対象に沿岸生態系における気候変動の影響を調査・解析し、地域がとるべき気候変動対策を議論するため実施したものになります。今回はその結果から、水温上昇による牡蠣の成育への影響などについて紹介します。

前提として、牡蠣の成熟は水温に大きく左右されることで知られています。一定以上の水温が何日か継続すると産卵期に入るため、一般的に春から夏の時期は身が落ちるとされ、食用に適しません。厚岸では、こうした生態を逆に利用し、河川由来の豊富な栄養塩を持つ厚岸湖と、夏でも寒流の影響で低水温を保つ厚岸湾を行き来させながら、水温に応じて牡蠣の成育場をコントロールする養殖手法をとっています。これにより夏でも産卵期を避け、通年出荷を可能としています。

厚岸湾・厚岸湖の水温上昇をIPCCにおけるRCP8.5シナリオ(最も気温が上昇するシナリオ、2100年に21世紀初頭に比べ2.6°C〜4.8°C上昇)と想定しシミュレーションによる解析を行った結果、牡蠣の生産性は厚岸湾・厚岸湖ともに向上することがわかりました。これは水温上昇が餌となる植物プランクトンなどを増加させ、牡蠣の成長が促進されたことが主な要因です。一方、産卵の可能性がある場所・時期は厚岸湾・厚岸湖ともに増加しており、加えて夏の死亡リスクも高まっています。このことから、RCP8.5シナリオ下では、水温の監視を強化し、状況に応じて養殖場所を変えるなどの適応策が必要になるといえます。また、本研究では水温上昇に焦点をあてましたが、より精密な将来予測を行う上では、塩分や濁りの変化、酸性化など様々な条件を複合的に評価することが不可欠と考えます。

また、近年増えている台風や集中豪雨なども、牡蠣の成育に大きな影響を及ぼすことがわかっています。例えば厚岸湖では豪雨による低塩分水化や濁水の流入が進むと、牡蠣の斃死や、湖内で繁茂するアマモの枯死などを連鎖的に引き起こすと考えられます。なお、このアマモも牡蠣の成育環境を保つ上で重要で、厚岸湖の酸性化の緩和や餌資源を保つ機能をもっていることがわかっています。

これまでの研究により、気候変動が牡蠣にどのような影響を与えるかわかってきた一方で、河川や外洋の状況把握、不確実性の評価など、精密な将来予測を行うにはデータが足りていない状況です。データの充実化を図り、将来の変化に備えていくためには、こうした研究に地域の方々に関心をもっていただくことが非常に重要です。そして、研究者・行政・市民が環境の変化を察知できる地域協働の体制づくりを図ることが、対策を進める上での近道ではないかと考えます。

3. 「脱炭素化」に不可欠な社会の「大転換(トランスフォーメーション)」

【講師】江守正多(国立環境研究所地球環境研究センター、副センター長)

地球温暖化防止のための国際枠組み「パリ協定」では、歴史上初めて、全ての国がGHG排出削減に取り組むことを合意しました。パリ協定の長期目標としては、「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2°Cより十分低く抑えるとともに、1.5°Cに抑える努力を追及する」ことを掲げています。現在既に産業革命以前と比べて約1°C上昇しているなか、パリ協定を達成するには、個人あるいは社会・世界規模で、どのようなことを変えていかなければならないのか。参加者への質問を交えながら情報提供を行いました。講演内容(概要)は以下の通りです。

写真4江守正多副センター長は、10月に公表されたIPCCの「1.5°C特別報告書」の概要を紹介し、「脱炭素化」に必要な社会の「大転換」について解説しました

パリ協定の目標達成に向けて、一体どれくらいの排出削減が必要なのか。協定の中では「今世紀後半に人為的なGHG排出と吸収源による除去の均衡を達成する」(GHG排出量を正味ゼロにする)と明記しています。このことは大雑把に述べると、人類が消費しているエネルギーをCO2排出源となる化石燃料から、再生可能エネルギーに100%切替えるなど、抜本的な脱炭素化を図ることが必要になります。例えば自動車であれば、ガソリンから再エネ起源の電気や水素に切替えるなどが挙げられます。これは決して技術的に不可能なものではありません。社会の大転換を図ることで成し遂げられるものであり、それを今世紀中に目指そうとしているのがパリ協定であるといえます。

ここで事前に配布した〇×札を利用し、江守氏より質問を行いました。質問は「今世紀中に、エネルギーを化石燃料から再エネ等に代替し、脱炭素を図れるかどうか?」です。その結果、〇(できそう)が3割、×(無理そう)が7割といった比率になりました。この結果は、どの地域で聞いてもほぼ同じ傾向になるとのことです。

写真5参加者への質問を織り込みながら講演しました

パリ協定に関する最新の動きとして、10月8日にIPCC1.5°C特別報告書が発表されました。これは2°C目標ではなく、1.5°C上昇の影響と排出経路、その対策についてまとめたものです。発表経緯としては、既に海面上昇などのリスクにさらされる島国等から「2°C目標では不十分」との意見が出たことにあります。報告書の結論をまとめると、(1) このままのペースであれば2040年前後に1.5°Cへ到達してしまう、(2) 1.5°C温暖化したときの悪影響は現在よりも高くなる、(3) 1.5°C未満に抑えるには2050年ごろまでにCO2排出量を正味ゼロにする必要がある、この3点になります。なぜ1.5°Cに注目するかといえば、「1.5°Cなら平気、2°Cで困る」のではなく、今の段階でもすでに困っており、早急に対策を行わなければより困難な状況が待っていると考えるべきといえます。

脱炭素化は、イヤイヤ努力する段階にはもうなく、それで達成できるものではありません。社会構造そのものの「大転換」が起きる必要があると考えます。大転換とは、単なる制度や技術の導入ではなく、人々の世界観の変化を伴う過程を差します。産業革命、奴隷制廃止など、大きく人々の常識が変わったことと同様に脱炭素化を進めなければなりません。そのためには、新奇性や多様性など、いままでの常識を覆すアプローチが不可欠です。逆に計画、管理、均一性、過去の延長など、日本人がこれまで得意としていたものを改める必要もあるでしょう。

1.5°C未満の実現性を考えたときに、報告書では自然科学的・技術的・経済学的には不可能ではないとしています。しかしながら、あらゆる主体が呼応し、投資の増加、政策、イノベーション、行動変容、国際協力などが同時に進まなければ成し遂げられるものではありません。また、1.5°C未満の実現には、持続可能な社会の構造が必要です。1.5°Cの実現を目指すことで、持続可能な社会の形成に向けた取組みを加速する機会にすべきと考えます。

人類は化石燃料文明を今世紀中に卒業しようとしています。少し前までは化石燃料の枯渇を心配していましたが、最近では「余っているのに使うのを止める」ことを目指し始めました。石器時代が終わったのは石がなくなったからではありません。もっと良いものが出てきたからです。脱炭素化に向けて、化石燃料でも同じことが起きようとしています。

4. ディスカッション

発表内容の疑問点などを付箋に記入の上、壇上のホワイトボードに貼付けていただき、3名の研究者がそれを見ながら内容に答えるといった形で質疑応答を行いました。その一部を紹介します。

写真6休憩時間中に参加者からの質問内容を確認しました

質問
日本のGHG排出量について、3年連続減少しているとの報道を目にしましたが、これはどのように評価しているのでしょうか?

回答(向井氏):
原発がかなり止まっている状態でもCO2排出量が減少傾向にあることは、省エネまたは低炭素化が進んでいて喜ばしいことです。しかし、その減少量はまだ不十分です。例えば100あったものが95になったとして、その半分が吸収源で除去されると考えても45は増えてしまう計算になります。排出量を半分ぐらいに減少させない限り、GHG濃度は増加を続けます。今の減少率では大気中の濃度上昇を止める効果には届かないと考えられます。また、世界に目を向けても十分に取組みが進んでいるとはいえず、特に中国は排出量がここ10年で倍になっており、そこから一旦高止まりしたままという状態です。

質問
実際に海の酸性化が進むと、牡蠣などの水産資源はどのような打撃を受けますか?

回答(阿部氏):
海の酸性化は、牡蠣など2枚貝における殻の形成に強く影響を及ぼし、特に幼生の成育が阻害されるといわれています。大気中のCO2がこれ以上増加すれば、殻の縮小・奇形などが発生しやすくなり、生産量が低下する恐れがあります。

写真7ディスカッションでは、参加者からたくさんの質問をいただき、講演者が回答しました

質問
釧路市は産炭地であり、その石炭を利用した火力発電所は2019年から稼働することになっています。これについてどうお考えですか?

回答(江守氏):
温暖化を止めるという観点からすれば、基本的には新たな火力発電所の増設・稼働は避けるべきだと考えます。ただし、それを社会の中で実現していくためには様々な工夫が必要だと思います。例えば、ドイツでは脱炭素化を図る手段として、再生可能エネルギーの拡大とともに、石炭産業の収縮化を進めていますが、そのために石炭産業に従事している労働者を10年かけて教育を行い、別の職業に就けるような仕組みを作っています。ただ単に停止を求めるのではなく、こうした他産業に移行できるような社会的な仕組みづくりを進める必要があると考えます。

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