2019年2月号 [Vol.29 No.11] 通巻第338号 201902_338005

脱炭素社会に向けて重要となる日本の貢献と非政府主体の役割 —浜中裕徳さんに聞きました—

  • 地球環境研究センターニュース編集局

地球温暖化・気候変動の研究者や地球環境問題に携わる方にその内容や成果、今後の展望などをインタビューします。今回は、地球環境戦略研究機関の浜中裕徳さんに、地球環境研究センター主幹の広兼克憲と副センター長の江守正多がお話をうかがいました。

浜中裕徳(はまなか ひろのり)さんプロフィール

1944年東京生まれ。
1967年東京大学工学部都市工学科卒業。1995年7月環境庁企画調整局地球環境部長、2001年1月環境省地球環境局長、同年7月同地球環境審議官。2004年7月から2010年3月まで慶應義塾大学環境情報学部教授、2010年4月から2015年3月まで同大学大学院政策・メディア研究科非常勤講師。2007年4月より2017年6月まで(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)理事長。2017年7月よりIGES特別研究顧問。2005年7月より(一社)イクレイ日本理事長。35年以上にわたり、厚生省(当時)、環境省などで地球環境問題を含め環境政策の分野で活躍。特に、京都議定書とその実施ルールに関する政府間交渉や同議定書を実施するための国家政策の作成に尽力。2006年から2008年まで京都議定書遵守委員会共同議長及び同委員会促進部議長を務めた。

30年間の変化と国立環境研究所に今後求められるもの

広兼

地球環境研究センターニュースは1990年10月の創刊後2019年で29年目を迎えることになります。30年前と現在の地球温暖化を巡る世間(市民)や政治・行政の考え方、研究に対する期待感や科学的知見を含めた知識の普及状況を比較した場合、どのような違いがあるとお考えになりますか。そのなかで、国立環境研究所(NIES)は今後どのような研究を進めるべきでしょうか。

浜中

この30年間に想像を超えた大きな変化がありました。科学的知見については、1988年にIPCCが創設され、すでに公表された第5次評価報告書まで累次の研究成果の評価が進み、地球温暖化問題に取り組む実務者、政治家などに大きなインパクトを与えました。私自身が携わってきた国際制度の面では、国連に気候変動枠組条約ができ、1回目の締約国会議(COP1)が1995年にベルリンで開催されて、2018年でCOP24になります。その間、1997年のCOP3では京都議定書が採択されました。そして、より幅広い国々が参加し、その行動の強化を目指すパリ協定が2015年に合意されました。こうした国際制度の成立と進化の背景には、科学的知見の進展と関係者の認識や行動の変化があげられます。プレイヤーとしても国家主体だけではなく非国家主体が加わってきています。最近は、都市の大気汚染防止と温暖化対策との相乗効果(シナジー)が注目され、中国やインド、ヨーロッパでは、ディーゼル車からEVへの移行が進んでいます。さらに、気候リスクへの対処がビジネス機会、投資機会をもたらすという認識の広がりもあります。日本では2009年に持続可能な脱炭素社会実現を目指す企業グループとして、日本気候リーダーズ・パートナーシップ(Japan-CLP、https://japan-clp.jp/)ができました。

2010年代に入ってCOPで2°C目標が定着し、それがパリ協定の目標となり、今世紀後半には実質排出量ゼロ、脱炭素を目指すべきということになりました。ところが2018年10月に公表されたIPCCの1.5°C特別報告書では、1.5°C未満に温暖化を抑制する世界を目指すためには、脱炭素化のスピードをさらに上げなければいけないと指摘しています。しかし、各国が2025年、2030年目標で誓約している削減目標ではこのような脱炭素化には到底足りません。NIESは自然科学を中心に社会科学も含めて地球環境変動のメカニズムを解明してきましたが、さらに研究を推進していかなければならない分野に注力し、社会や経済との接点である影響についても最先端の研究を行ってほしいという期待をもっています。温暖化防止の行動をレベルアップしていく、スケールアップしていくためにはどうしたらいいのだろうかと考えたとき、私は、いろいろな関係主体とともに研究をデザインし、研究者自身も実践に加わり理解を深めて知識を向上させるという、コデザインやコプロダクションがますますます重要になると思っています。

江守

社会や経済の接点である影響の研究をNIESでさらに進めるべきとのお話がありました。2018年6月に気候変動適応法ができ、12月1日からNIES内の気候変動適応センター http://ccca.nies.go.jp/)で情報提供の役割を担うことになりました。それをどのように見ていらっしゃいますか。また、国際企業は日本国内の影響に限らないところにも関心があるでしょうから、それについてはどう考えたらいいでしょうか。

浜中

NIESは国内の適応の情報のプラットフォームをつくって進めています。同時に、アジアを中心に展開する動きがあり、NIESはその事務局になる予定ですね。アジアはサプライチェーンとしてもマーケットとしても日本としては非常に大事なパートナーですから、大変重要な仕事になると思います。そのときに関係者とのコラボレーションが大きな課題になるでしょうから、そういう経験を積み、また、行動力のある組織とのパートナーシップができるといいのかもしれません。地球環境戦略研究機関(IGES)など、パートナーのリソースをうまく活用しながらNIESが中心になり新しい分野を是非開拓していただきたいと思います。

脱炭素社会に向けて日本がすべき貢献とは

広兼

近年、地球温暖化対策分野において日本のさまざまな取り組みが他国の後追いになっている感があり、「激甚な公害を克服した技術でさらなる環境貢献を行う」という従来の政府のキャッチコピーの説得力が薄れている気がします。日本は今後も技術を生かすことを主としてこの問題に取り組むべきでしょうか。それとも別の方法を追求する方がよいでしょうか。

浜中

かつては国をあげて公害対策に取組み、日本の社会が一斉に動きました。後で経済分析してみたらちょうど高度経済成長期にあたっていたというラッキーな面もありましたが、日本は独自に環境改善に資する技術を開発・実用化し、それらを活用して国内で設備投資を行い、結果として公害対策は経済的にペイしたという成功体験がずっと残りました。それに加えて、1979年の第2次石油危機以降の省エネ投資により、日本の産業界は世界に冠たるエネルギー効率を誇るようになり、環境先進国という自己像が定着しました。産業界で省エネ投資が進んだこと自体は否定しません。しかし、温暖化対策として求められることはそれだけなのだろうかと、京都議定書交渉の頃から思っていました。当時「日本はすでに大変な省エネを達成しているのにさらに削ろうなんてとんでもない、自虐的なことはやるべきではない」と産業界の人から言われました。私は、この人たちは本当にそんなことを考えているのだろうかと耳を疑いました。その当時は5%とか大きくても15%といった削減率を議論していましたが、ゆくゆくはもっと削減しなくてはいけない、そうしないと温暖化が進行して日本を含め世界が大変深刻な影響を受けますから、不利だ、不公平だと言っている場合ではありません。

パリ協定では、今世紀後半に世界の温室効果ガス排出量を実質的にゼロにすることが決まりました。依然として日本のなかでは、これ以上は削減できないので海外の削減可能なところで日本は貢献すべきだという議論がありますが、それはおかしいと思います。日本がもっている最高の技術で海外の削減に貢献したとして、その結果排出実質ゼロになるのでしょうか。多くの企業は生産拠点を海外に移し最新設備を導入していますが、国内の生産拠点は古い設備のままでエネルギー効率が落ちているところが多いです。日本が得意だったはずの省エネですら、世界の最先端を走り続けているという状況ではもはやありません。再エネの大規模な導入やエネルギー転換については、世界のリーダー的な国々から水をあけられています。脱炭素を進めなければならないとき、そのモデルを先導して国内でつくる。それなくしてどうして国際貢献ができるのか、というのが、私が一番言いたいことです。環境先進国という自己像にとらわれずに、謙虚に自分が今どこにいるのか、そしてどこに行く必要があって、どうしたらそこに行けるかという3つのクエスチョンの答えを自ら考えて出すことです。そうしないと何も進みません。

パリ協定実現のための非国家主体の役割

広兼

パリ協定の目標を達成するために、地方政府、ビジネス、投資家・金融機関、NGO、そして政策シンクタンクなどの専門機関といった「非国家主体」の役割が増大しているといわれます。そうした非国家主体が、今後の国際制度の形成や対策実施においてどのような役割を果たしていくべきでしょうか。また、その中でNIESやIGESがどんな活動を強化していくべきでしょうか。

浜中

非国家主体の動きはこの5〜10年で目覚ましいものがあります。まずは、NIESもIGESも非国家主体が国際制度の形成や温暖化対策の実施においてどんな役割を果たしているのか、中央政府や国連のような国際機関の役割とどう違い、どんな関係かをしっかりと把握することです。その上で、非国家主体は今後どのようにしてその役割を一層強化、発展させられるのかを検討する必要があります。パリ協定の目標の実現には社会、経済の大きな変革が必要になりますが、それは言い換えればそれぞれの課題をかかえている各主体が変わらなければならないということです。そうした新しい社会、経済への移行のための「移行マネジメント」が必要でしょう。そういうことを念頭においたときに非国家主体がどういう役割を果たしうるのか、またその役割を果たしていくためにはどういう課題があって、その課題にどう取り組んでいくべきなのか一緒に考えることです。私はIGESの理事長をしていたときにJapan-CLPの事務局も引き受けて、非国家主体の人たちと一緒に悩み、模索してきました。そのなかで世界のビジネスの仲間と議論し刺激を受けました。持続可能な都市と地域をめざす自治体協議会(イクレイ)本部とIGESは協力協定を結び連携を強化しています。そういうことを通じて課題の克服策を追求していくのが大事なのではないかと思っています。NIESともコラボレーションできるといいと思います。

江守

移行マネジメントが非常に大事だというのはその通りだと思いますが、移行が難しい人たちがどうしたらいいかということに関心があります。これは社会全体の問題でもあります。何かお考えはありますか。

浜中

IGESの気候変動関係のスタッフは、ドイツのルール工業地帯の事例をヒントに日本で鉄鋼産業など、一番移行が難しそうなところで何かできることはないかと検討しています。カーボンプライシング(炭素価格付け)を本格的に導入しようとすると、そういう産業から待ったと声が上がります。ドイツの例ですと、再エネの普及が進んで、しかも日本ほどコストも高くないですし、再エネ由来の水素をかなり確保できる見通しもあります。鉄鋼生産プロセスで発生する水素などのガスを活用した新しいプロジェクトを、化学産業界を巻き込んで進めているようです。日本でのハードルは低くなさそうですが、最近、鉄鋼連盟は2100年に脱炭素化するという長期戦略を発表しました。変化の兆しはありますから、そこを深掘りしていくことが重要です。

広兼

中国やインドなど温室効果ガスの主要排出国との間でも、非政府主体の取り組みが重要になると思います。IGESでは北京事務所を創設し、中国との連携を進めていらっしゃいますが、うまくいった事例等をご教示いただけますか。

浜中

IGESで北京事務所の事業展開を企画しているときは京都議定書が実施の段階に入っていましたから、クリーン開発メカニズムなどの新しい仕組みを中国の関係者が十分使いこなせるようにすることを目的に事業を始めました。関係情報の提供とともに、地方の行政官や意欲のある事業者、清華大学などの研究機関との連携を図りながら、キャパシティビルディングを進めてきました。長年にわたり協力関係を維持し相手方の信頼を得ています。その後、中国の関係機関やNIESの研究者と一緒に低炭素発展の政策研究対話を実施しています。これは日中双方がwin-winの関係です。これまで協力してきた中国側の研究者が日本とのパートナーシップに強い意識をもっているので、これからも発展していくといいと思います。

地球温暖化を自分事として考えてもらうために

広兼

地球温暖化対策への市民の参加を活性化するためには、地球温暖化を自分事(じぶんごと)にしてもらうことが必要だと思います。この観点に立った時に、NIESやIGES等の研究機関はこれから市民とどんなコミュニケーションを進めていくべきでしょうか。

浜中

誰に対してどういうメッセージを届けるのかという意識がないとメッセージが生きてきませんし、コミュニケーションがうまくいきません。私はそういう問題意識をずっともっていました。地球温暖化をまだ自分事と捉えていない人たちへのアプローチにはいろいろ工夫がいるでしょう。さらに、江守先生もご苦労されていますが、非常に懐疑的な人や、温暖化対策への取り組みは負担が増えて嫌だという人たちへのアプローチは容易ではありませんが、進めなければなりません。まず懐疑的ではないし反発もしていないが、あまり自分とは関係ないと思っているような人たちへのアプローチについては、私は非常に常識的ですが、やはり気候リスクについてできるだけ理解や認識を深めていただくことだと思います。2018年も身近に感じられる気象災害がたくさんありましたから、もしかしたら自分にも直接ふりかかるかもしれないということが、一つの大きなきっかけになり得るのではないでしょうか。また、アプローチしようとする人たちがどのようなことに関心をもっているのか、それとの接点を見つけていくのが一つの方向かもしれません。その場合大事なのは一方通行的なコミュニケーションではなく、対話を通じて双方向的で行うことです。相手が何に関心をもち、どういうことを心配して、何をしたいと思っているかを理解することです。もしできれば、これは大変労力がかかることではあるのですが、地産地消など何かプロジェクトを通じて実際に一緒に進めてみるということも大事でしょう。それを実行するにはNIESもIGESも自分たちだけですべてを進めるはとても大変なので、いいパートナーを見つけることが重要です。

若い世代に参加してもらう機会を提供したい

広兼

パリ協定の目標のスパンは今世紀中をめどとしていますが、残念ながら我々の世代はそれを見届けることが難しい状況です。そのような中で、この問題に取り組む若い世代の育成に責任を感じるのですが、どのような方法で引き継いでいくのがよいでしょうか。

浜中

若い人たちへの環境教育が大事だというのは「上から目線」的な認識だと思います。世界的には、持続可能な開発のための教育(ESD)という取組みが進められており、次世代の人たちが持続可能な社会を自ら形成していく能力を身につけてもらうのが目標になっています。パリ協定のもと、大規模にかなり早いスピードで脱炭素に向かうために社会経済の大転換が必要になっています。それは誰が進めるのでしょう。私も老骨にむち打ってやらなければと思いますが、現役で活躍している世代、さらにはもっと若い世代の人たちも自分事として考え、取り組んでいかなければなりません。そのために必要な知識や能力が求められますが、現実にはギャップがあるだろうと思います。そうしたギャップを把握し、それを埋めるために研究や実践などの活動を通じて能力を高め、求められる社会や経済の変革のどこにかかわって貢献していくのかということをしっかり理解する必要があります。単に育成といっても答えがなかなか出てこないと思います。ですから、いろいろなステークホルダーとコラボレーションし、実際の活動や実践を通して知識を増やし、認識を共有していくプロセスが大事です。そうしたプロセスにおいて若い世代の人たちも一緒に取り組み、彼ら自身が経験を通じて学んで認識を深め、能力を高めてもらう機会を作っていくことが大事なのではないかと思います。若い人たちにIGESやNIESの活動に参加してもらうことも良いと思います。そういう機会をつくることが大事だと思います。

*このインタビューは2018年11月26日に行われました。

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