2019年11月号 [Vol.30 No.8] 通巻第347号 201911_347005

「温暖化が進むと何が困るかみんなで考える会」開催報告

  • 社会対話・協働推進オフィス コミュニケーター 岩崎茜

1. はじめに

—「地球温暖化が進むと、あなたは何が困りますか?」

地球環境研究センター(以下、地球センター)は、7月20日(土)の国立環境研究所『夏の大公開』で、「温暖化が進むと何が困るかみんなで考える会」と題したトークイベントを開催しました。

写真1 参加者は約50人で、学生からシニアの方まで幅広い年代の方に集まっていただきました

地球温暖化は様々な影響を引き起こしますが、一般の人々にとって最も心配なのはどんなことなのか? たくさんの声を聞いて研究の参考にしたい、というのがこの企画のきっかけです。

今回のイベントでは研究者が話題提供するだけでなく、グループワークを通じて参加者から色々なご意見を聞きました。

パネリストには、温暖化の影響の連鎖を総体的に捉え視覚化する研究を行った、横畠徳太・主任研究員(地球センター)と、本田靖・筑波大学体育系教授のほか、温暖化への “適応” の専門家である行木美弥・副センター長(気候変動適応センター)と、この研究を記事に取り上げた毎日新聞記者の大塲あいさんの、4名を迎えました。

モデレーターは江守正多・副センター長(地球センター)が務めました。

2. 温暖化による影響の連鎖とは

温暖化が様々な影響を引き起こすことは広く認識されています。そして、人間社会や自然環境は複雑に関係しあっているため、温暖化による影響も連鎖し、別の影響を引き起こすことにつながります。

しかしこれまで、ある特定の範囲(分野や地域)での影響は研究されていても、地球全体として見たときに何が起こっているのか、影響の連鎖を網羅的に把握するような研究は十分にされていませんでした。

横畠さん、本田さんや江守さんを含む研究者たちは、温暖化によって何が起こり得るか、幅広い分野の文献を調査して洗い出しました。さらに、複雑な影響の連鎖を分かりやすくするために、影響が及ぶ分野や因果関係などがひと目でわかる図で表現しました。

(研究の詳細はこちら https://www.nies.go.jp/whatsnew/20190228/20190228.html

図1 「食料」分野に関わる影響の因果関係を表したネットワーク図

イベントでは、温暖化の基本的な説明に続いて、横畠さんがこの研究について紹介しました。研究では、温暖化によるマイナスの影響だけでなくプラスも取り上げており、また、すでに起こっている影響のほか、対策を取らなかった場合に将来起こり得る影響も含んでいます。

では、影響の連鎖には具体的にどんなものがあるのでしょうか。横畠さんは中東のシリアを例に説明しました。

猛暑の増加や降水量の減少により、2007年のシリアでは干ばつで作物がとれなくなりました。その結果、農業で暮らせなくなり農村部から都市に移住する人が増え、都市の人口が急増することで今までにない問題が起こり、紛争に至った、という説があります。

この時は、作物生産量の減少により食糧の価格が上がり、食べ物が手に入らないことで子どもの栄養失調も増えたと考えられています。

気候変動が自然環境に変化をもたらし、社会や経済に影響を与え、最終的に人間の健康や生活に影響を与えるという連鎖が見られるのです。

写真2 影響連鎖の「見える化」の研究を行い、イベントでは話題提供を行った横畠さん

つづいて江守さんが、影響への対策が生活に及ぼす影響について言及しました。

温暖化対策には、温室効果ガス排出を減らす「緩和」と、影響に対して備える「適応」があります。

たとえば「緩和」として再生可能エネルギー利用を推進すると地域経済が活性化するというプラスをもたらす一方で、太陽光パネル設置などによる自然破壊や景観の悪化などの乱開発をもたらすことがあります。

対策ひとつとっても、プラスやマイナスを含めて様々な影響へと派生することが分かりました。

3. 人びとは、何が困ると思っているのか

話題提供の後、何が困ると思うのか意見を出し合うグループワークに入りました。

参加者は「水・食料」「自然生態系」「エネルギー・産業」「災害・健康」の4テーマから一つを選び、関心のある人同士でグループを作りました。

温暖化の影響で何が最も困ることなのか。どうして困ると思っているのか。発言の背後にあるそれぞれの個人の “思い” も聞き合いながら、グループ内で様々な影響を挙げていきました。

たとえば「災害・健康」グループでは、保育士をしている男性から、「室内外の気温差が大きいと園児を散歩に連れていくことができない」と、猛暑が続くと子どもが外で遊ぶことができないという具体的な懸念が聞かれました。

写真3 関心のあるテーマに分かれ、温暖化の影響で心配なことを出し合いました

最終的に、各グループは集まった意見を3つに絞り、会場全体で共有しました。

各グループの「困ると思う影響」ベスト3。集まった人数の多かった「災害・健康」と「自然生態系」はさらに2グループに分かれました

水・食料
  • 食糧の確保と多様性への心配
  • 雨の増加、川の氾濫
  • 肉の生産に大量の水を使う → 発展途上国は水不足
エネルギー・産業
  • インフラが機能しなくなる
  • エネルギー供給が不安定になる
  • どんな会社にどんな事が起こるか不安
災害・健康
  • 害虫増加と伝染病
  • ゲリラ豪雨、洪水
  • 気温差による体調への影響 → 子供が外で遊べない
  • 感染症
  • 熱中症
  • 風水害
自然生態系
  • 生息地の変化による種の絶滅、新たな病気や病害の拡大
  • 日本固有の自然の喪失、四季や固有の動植物、それに関連した文化
  • 畜産による自然破壊と温暖化の増大(アマゾンの森林破壊など)
  • 農作物への被害
  • サンゴの減少
  • 生物種の減少

それぞれのグループワークを見て回った行木さんは「あちこちの地域で、気候変動の影響にどう対応するのかを考えてもらう仕事をしているが、今日は皆さんが意見を出すスピードと幅の広さに驚いた」と参加者の関心の高さに注目していました。

写真4 気候変動の影響への対策である「適応」の視点からコメントする行木さん

大塲さんは「何が困るか、というよりも、今すでに困っていることが目の前にあるというご意見が非常に多かった。メディアの危機感が現実と離れすぎているという反省を感じた」と話していました。

4. 対策のはなし-話題は畜産と肉食へ

後半は参加者から挙がった「困ると思う影響」のリストから気になるものを眺めつつ、その対策も含めて、議論を深めていきました。

温暖化への健康影響が専門であるパネリストの本田さんは、熱中症への心配の声を受け止めつつも「熱中症だけを見ていると全体像を見失う」とし、次のように補足しました。

「お年寄りは、熱中症とまでいかなくても、暑い日に亡くなることが多い。熱中症の典型的な症状がなくても、もともと心臓や肺が悪い人が、暑いことによって亡くなる。熱による死亡というのは非常に大きな問題である」。

写真5 参加者の関心が高かった熱中症や感染症の心配を受け止め、コメントする本田さん

横畠さんは、グループワークで多くの参加者が「自然生態系」をテーマに選んだことに、「自然生態系は、都会に暮らす多くの人にとって直接関わることが比較的少ないテーマなので、関心を持つ人が少ないと思っていたが、多くの人が集まったので意外だった。どんな議論がされたのか興味がある」と、会場に意見を求めました。

ここから、ディスカッションが思いがけず “肉食” で盛り上がることになりました。

まず、「畜産による自然破壊と温暖化の増大」を心配に挙げた参加者が、思いを語りました。

「畜産には飼料となる穀物が大量に必要で、そのためにアマゾンの熱帯雨林が失われている。また家畜の出すメタンが温室効果を生んでいる。大きな問題なのに、なぜ大々的に取り上げられていないのか」。

すると、関心はあるが、この問題において自分に何ができるか分からないという参加者の声も。

「生物多様性の損失に対して、個人レベルで何をしたらいいのかがイメージしにくい。影響の一つに畜産というのがあり、人は豊かになると肉食が増えると書かれているのを読んだが、個人として何ができるのかが気になっている」。

さらに、普段肉を食べないという参加者が、世界規模で問題が及ぶ点を指摘しました。

「肉を食べることが悪いかどうかは置いておいて、問題を複雑にしていると思うのが、食が豊富な国が、食糧不足の国の穀物を飼料にして肉を得ているということ。まずは国内で完結させるように、農作物被害を起こしているイノシシを狩って食べるなどしたらどうか」。

江守さんは、「特にヨーロッパの人と話すと、肉を食べない人が結構増えている。そういうムーブメントがあることを、皆さんはどう思うか? アマゾンの熱帯雨林破壊が心配で、肉を食べるのをやめる、ということを個人の判断でする人たちは増えてきている。新しい社会的議論かもしれない」と、個人的な経験から伝えました。

さらに江守さんは、「森林伐採や温暖化があるところまで進むと、今までCO2を吸収していた熱帯雨林がどんどん枯れ始めて、CO2をどんどん排出してしまうかもしれない」と、熱帯雨林の劣化が温暖化をさらに加速させるおそれについても触れました。

ひとしきり続いた議論を聞いた大塲さんは、「今、肉はすごく安いと思う。環境リスクを踏まえたコストになっていけば、気候変動への影響を抑えつつ畜産も維持できるのではないかと希望を持っているが、世界規模でうまくいくかどうかは分からない」と自らの関心を伝えました。

写真6 メディアの報じ方についても振り返りながら語る大塲さん

ディスカッションの終盤では、広い視野で温暖化対策を考えることの重要性を、参加者のひとりが次のように指摘しました。

「人が何か行動を起こすには動機がすごく大事。私は生物多様性も好きだが、それ以上に文化の多様性も、人の多様性も大好き。温暖化はあらゆる側面に影響が出てくる。たいていの人はどこかに強いシンパシーを感じるし、私の場合は文化が失われていくことには強い寂しさを感じるし、その対策にはお金を払おうという気持ちになる。一つにフォーカスしないで、多面的な動きができればよいのではないか」。

5. おわりに

イベントの最後に、パネリストから感想やメッセージを聞きました。

横畠さん
「自然生態系に温暖化が与える影響は、イメージが湧きにくいという理由で、多くの人の理解を得られにくいのかもしれない。様々な影響の全体像を把握するための研究を進めて、よりイメージが湧くようにそれを伝えていくことも大事だと思った」。

本田さん
「CO2を減らそうとすることが他のいい影響につながる場合がある。たとえば畜産を減らすために肉食を減らすと、CO2も減らせるし、生活習慣病を発症しにくいなど健康にもいい。どのくらいのコベネフィット(co-benefit:相乗便益)があるのかが分かれば、対策に対する見方もある程度変わってくるのではないか」。

行木さん
「気候変動の影響は我々の生活に色々な形で出てくるし、その地域の気候や地形、産業など色々な要素が絡み合ってでるので、何をどうすればいいか、なかなか見えないところがある。国環研としては研究や情報発信という側面で、今日挙がってきた色々な “分からない” に応えるために、頑張っていかなければならないと思った」。

大塲さん
「IPCCの議長にインタビューした際、メディアは恐怖だけでなく希望を伝えてもいいんじゃないかという指摘を受けた。緩和も適応も大変だとは思うが、リスクをちゃんと認識していれば対策の取りようはある。この対策で生活が豊かになる側面もある、ということもちゃんと報道していけたら」。

そして最後に、江守さんが締めくくりました。

「他の国に比べると、日本は気候変動への危機感が低く、社会の中であまり話題にならず、選挙の争点にもならないと言われている。温暖化による色々な影響の話を、少しずつでも周りに広げていただきたい」。

この日、参加者の皆さんに挙げて頂いた「困ると思う影響」や、ディスカッションで聞いた様々なご意見を、今後の研究に参考にさせて頂きます。

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP