2019年12月号 [Vol.30 No.9] 通巻第348号 201912_348004

【最近の研究成果】北極域の湿原から放出されるメタン量はどのくらいか〜1901年から2016年までのモデル推定〜

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室長 伊藤昭彦

北極域には広大な湿原やツンドラと呼ばれる草地が広がっており、そこでは主に夏季の湿潤な状態で温室効果ガスのメタン(CH4)が発生して大気に放出されていると考えられています。その大部分は微生物の作用によるものであり、現在進行している温暖化が微生物活動を促すことでメタン放出量は大幅に増加する可能性があります。本研究では、湿原からのメタン放出量を推定するスキームを組み込んだ生態系モデル(VISIT)[注]を用いて、北緯60°以北に分布する湿原(世界の湿原の約17%)からのメタン放出量を推定しました。20世紀初めからの116年間について、観測に基づく気象条件を与えてシミュレーションを行ったところ、平均的な放出量は年間1090万トンから1140万トン(メタン重量)と推定されました。これは全陸地の湿原から放出されるメタンの5〜7%を占める規模であり、特に西シベリアや北米ハドソン湾低地、大河川下流の平野が主要な放出源となっていました(図(a)のうち青で示された領域)。近年の推定メタン放出量には、気象変化に伴う年々の変動や緩やかな増加傾向が見られました(図(b))。ただし、そのような時間変化は推定に用いるモデル間で異なっており、また観測でも明確に検出されている段階ではありません。今後温暖化が進み、凍土融解などのより劇的な現象が加われば、メタン放出量はより強く変動する可能性があるため、今後も観測による監視と広域モデル推定を進めていく必要があります。

 陸域生態系モデル(VISIT)で推定された北極域(>北緯60°)の湿原によるメタン放出量。(a)平均的な放出量の分布。(b)年々の放出量変化。いずれもVISITに組み込まれた2種類のCH4計算スキームのうち、メカニズムをより詳しく扱うWalter-Heimannスキームの結果

脚注

  • VISIT: Vegetation Integrative SImulator for Trace gases. 温暖化研究のために陸域生態系の炭素循環、窒素循環、温室効果ガス交換を表現するモデルで、国立環境研究所において開発が進められている。

本研究の論文情報

Methane emission from pan-Arctic natural wetlands estimated using a process-based model, 1901–2016
著者: Ito, Akihiko
掲載誌: Polar Science (2019) 21, 26–36. doi:10.1016/j.polar.2018.12.001

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