2020年2月号 [Vol.30 No.11] 通巻第350号 202002_350003

フィンランド環境研究所(SYKE)訪問報告:ブラックカーボン研究の情報交換と今後の研究協力に向けて

  • 地球環境研究センター 地球大気化学研究室 研究員 池田恒平
  • 地球環境研究センター 地球大気化学研究室長 谷本浩志

1. SYKE訪問のきっかけ

2019年9月23日、フィンランド・ヘルシンキにあるフィンランド環境研究所(Finnish Environment Institute: SYKE)を訪問した(写真1)。国立環境研究所(National Institute for Environmental Studies: NIES)とSYKEは、2017年7月に北極域を含む環境の保全と改善、及び気候変動問題を含む持続可能な開発に関する課題に対する相互の研究協力促進を目指した研究協力協定(Minutes of Cooperation: MoC)を締結した。今回の訪問は、SYKEをはじめとしたフィンランドにおけるブラックカーボン(BC)の研究と、我々のグループのBC研究について互いに紹介し、今後の研究協力の可能性について意見交換することを目的として行われた。BC粒子は、大気中を浮遊するエアロゾル(PM2.5)成分の一つで、太陽光の可視光を強く吸収する性質があり、大気を加熱したり、積雪や海氷に沈着して融解を促進することで、地球温暖化を加速する可能性が指摘されている。特に北極域は地球上で最も速く温暖化が進行している地域であり、BCによる気候変動への影響を理解することは重要な課題となっている。フィンランド側からの出席者はSYKEのMikael Hilden氏、Niko Karvosenoja氏、Ville-Veikko Paunu氏、及びフィンランド気象研究所(Finnish Meteorological Institute: FMI)のAntti Hyvärinen氏の4人、NIES側からは谷本と池田の2人が出席した(写真2)。

写真1 ヘルシンキ郊外にあるSYKEの建物

2. SYKEとNIESにおけるブラックカーボンの研究

初めに、SYKEで進行しているBCに関する研究について、Niko Karvosenoja氏から説明を受けた。特に、フィンランド国内外におけるBCを含む短寿命気候汚染物質(Short-Lived Climate Pollutants: SLCP 詳細は、谷本浩志・奈良英樹「地球環境豆知識 [31] SLCP」を参照)の排出量推計や将来シナリオの分析、BC等による気候や健康への影響評価の研究について紹介された。BC排出量の推計については、フィンランド国内を対象とした高分解能(水平解像度250m)のものから、他の北欧諸国と共同で行っている北欧の領域スケールのインベントリや、欧州におけるグローバル・インベントリ開発のプロジェクトへの参画など、ローカルから全球規模まで様々なスケールでのインベントリ開発を行っていることが印象に残った。

フィンランドにおいて最も排出量の多いBCの発生源は、住居で暖房等に使用される木の燃焼だそうである。フィンランドのBC排出量マップを見ると、都市域から遠隔地まで全体的に拡がっている。ヘルシンキのような都市域においても中心部を除くと、家庭での木の燃焼が一般的に行なわれているとのことで、あまり馴染みのないその国の事情も知ることができた。

SYKEにおけるBC関連の研究として、もう一つの柱となっているのがBCを含むSLCPによる気候影響や健康影響の評価である。フィンランドから排出されたBCによる北極域や全球平均の地表気温への影響が調べられている。フィンランドのBC排出量が全球排出量に占める割合は大きくないので、気候へのインパクトも小さいようであるが、気温への影響などを具体的な数値として出していくことの重要性を感じた。また健康影響に関しては、高解像度のインベントリを基にフィンランド国内におけるPM2.5による健康影響(早期死亡者数)の定量的な評価が行なわれている。

北極評議会のAMAP(Arctic Monitoring and Assessment Programme)で行われているBCに関するプロジェクト(EU Action on Black Carbon in the Arctic)についても紹介があった。このプロジェクトは、SYKEを含む欧州の複数の研究機関が中心となって行われており、BC排出量の削減や北極の環境保全等について国際的な協力の強化が目的に挙げられている。北極評議会のメンバー国ではない日本までは伝わりにくい最新の国際的な動向を知る良い機会となった。また、北欧諸国におけるBCの北極域への影響についての関心の高さも改めて感じた。

FMIのHyvärinen氏は、FMIで行われている主にBCの観測的研究について紹介した。観測サイトはフィンランド国内には数カ所あり、大気中の濃度だけでなく、積雪中の BC濃度についても測定が行われている。フィンランド国外においても、ロシア北極圏のケープ・バラノバ基地(Ice Base Cape Baranova)でBCの観測を新たに開始したとのことである。さらに、インドのヒマラヤにおいても大気中や積雪中のBC濃度の測定を行っており、北極からアジアまで広範囲にわたって観測が行われていることに驚かされた。大気化学輸送モデルの検証にはBCの観測データは非常に重要だが、北極域ではBCを測定している観測サイトはまだ数が少なく貴重である。今回初めて知った観測点も含まれており、重要な情報を得ることができた。

NIES側からは、谷本が地球環境研究センターで行われている研究の概要として、地上、船舶、航空機、衛星観測を用いた温室効果ガス等のモニタリングや、大気輸送モデルを用いたフラックス推計、温室効果ガスと大気汚染物質の研究連携の方針等について説明した。また、我々のグループが海洋研究開発機構と共に進めている環境研究総合推進費(推進費)のBC関連課題の概要についても紹介した。

池田からは、上記の推進費で行っている全球大気化学輸送モデルを用いたBC研究のより具体的な内容について紹介した。北半球中・高緯度の主要なBC発生源である東アジアやヨーロッパ、ロシア等から北極域への輸送過程の違いについて、タグトレーサー計算をもとに示した。また、北極域の大気中BCに対する発生源別の寄与は高度によって異なり、地表面付近ではロシア起源のBCが最大となる一方、高度5kmでは東アジア起源のBCの寄与が最も大きくなること等を説明した。

また、東アジア域のBC排出量をモデルと観測を用いて検証した例についても紹介した。ボトムアップ・インベントリのBC排出量推計には大きな不確実性があることが知られており、不確実性の低減が課題となっている。SYKEが参画している欧州のプロジェクトで開発されたインベントリ(ECLIPSE)も含めて、6つの異なる人為起源インベントリについて、BC排出量を相互比較した結果や、長崎県福江島のBC観測値とモデルの結果を比較して、各インベントリの中国からのBC排出量を検証した結果などについて紹介した。

写真2 会合の出席者。左から、Mikael Hilden氏、Ville-Veikko Paunu氏、Antti Hyvärinen氏(FMI)、Niko Karvosenoja氏、谷本、池田

3. まとめと今後

NIESとSYKE双方の研究紹介を受けて、今後の研究協力について議論した。BCの人為起源排出量が世界で最も大きい東アジアにある日本と、北極に地理的に近いフィンランドの間で、インベントリの検証やモデルの比較等、両者の特徴を生かした研究協力の可能性があるように思われた。また、日本とフィンランドの研究者による合同ワークショップを2020年に日本で開催することもNIES側から提案した。今回の訪問をきっかけに、本会合の翌週に行われたAMAPのBCプロジェクト会合の場で、SYKEのPaunu氏が日本におけるアクティビティの一つとして、我々のBC推進費課題の成果を紹介してくれることになった。このように研究協力を通じて、国際的な場で日本(NIES)の存在を示す機会が増えることもその意義の一つであると感じた。

今回のSYKE訪問では、フィンランドにおけるBC研究の活発さと蓄積を感じた。その背景には、フィンランドを含む北欧諸国では急速に温暖化の進む北極域の当事国として、BCやその気候影響に対する関心が高いことが想像できる。これは、日本では東アジア域の広域大気汚染について、当事国として長年にわたって幅広い研究がなされてきたことと似ているのかもしれない。BCや北極を対象とした研究には、排出インベントリの開発から数値モデルを使った気候影響の評価まで様々なアプローチがあることを改めて認識した。北極BCの研究で先行するSYKEで異分野を含む色々なテーマの話を聞くことによって、より広い視点から我々の研究の位置付けを知り、NIESにおける今後の研究の方向性を考える上でも有意義な機会となった。

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