2020年2月号 [Vol.30 No.11] 通巻第350号 202002_350004

Monitoring the Earth’s Evolving Climate from Space (進化する地球の気候を宇宙から監視する)

  • 米国NASAジェット推進研究所 シニアリサーチサイエンティスト Dr. David Crisp

Dr. David Crisp プロフィール

アメリカ ジェット推進研究所 大気物理学者
1984年プリンストン大学で地球物理流体力学の学位取得後、地球や他の惑星の大気や地表面による光の反射や放射、散乱を解析するための機器や数値モデルの開発に従事。Soviet/French/US VEGA Balloon mission, NASA’s Hubble Space Telescope Wide Field/Planetary Camera-2, Mars Pathfinder missions, the European Space Agency (ESA) Venus Express missionにおける科学チームの一員。NASAの軌道上炭素観測衛星(OCO)の責任者を務め、現在はその後継機であるOCO-2とOCO-3ミッションのサイエンスチームのリーダー。また、GeoCarb衛星の科学チームのメンバーやEuropean Copernicus CO2 Mission Advisory Groupのメンバー、地球観測衛星委員会(CEOS)Atmospheric Composition - Virtual Constellation (AC-VC)におけるGreenhouse Gas Lead のメンバーとして活躍。
https://science.jpl.nasa.gov/people/DCrisp/ から和訳)

自分の将来の計画を立てる

本日は私のキャリアパスについて簡単に紹介します。若い研究者にとって学位を取得した後、希望のもてる人生を歩むヒントになればいいと思います。私は自分の学生には常に「学位を取った後もっとも大切なのは、自分の将来の計画を立てる権利ができたことだ」と話しています。どんなことでもできるのです。満足がいく仕事ができるようなキラキラしたチャンスが世界中にあります。それを活かすのです。私自身もそういうチャンスに恵まれました。

ポスドクとして最初の仕事はロシアとフランスの研究者と一緒に金星の大気に向けて2個の気象観測気球を打ち上げることでした。この気球で大気圧や気温、雲の厚さを測定し、開発したばかりの新しい技術(超長基線干渉計:VLBI)を使って測定結果をトレースすることにより金星の風速と風向をかなり正確に捉えることができました。それはとても楽しい仕事でしたが、残念なことにポスドクとしての任期がここで切れてしまいました。その後新しい職を得ようとしましたが、筆頭著者としての論文がなかったために、すぐには見つかりませんでした。そんなある日、ハッブル宇宙望遠鏡に広域惑星カメラ(WF/PC)を取り付けるため、コンピュータをセットし放射伝達計算ができる人を探している人と出会いました。放射伝達に関する専門知識をもっていた私は、その人から誘われ、職を得ることができました。

CO2がどこから排出されどこに吸収されるのか

数年後、大学院生とリモートセンシングデータを利用して火星の表面温度と大気温度を捉える仕事に就きました。私が愛してやまない金星についても研究を再開しました。金星の二酸化炭素(CO2)や放射輸送、温室効果の影響などを研究しているうちに、もう一つの惑星のことが気になってきました。地球です。地球の大気を測定する方法はあるのだろうか、大気中のCO2濃度を測るだけではなく、CO2がどこから排出されどこに吸収されるのかを観測する方法はあるのだろうか、と思い始めました。

地球が惑星の一つであることを再認識

1968年12月24日、史上初めてアポロ8号が月周回飛行を行いました。そのとき、宇宙飛行士の一人、Bill Andersが月の水平線上に現れる地球を撮影しました。地球に送られてきたその写真を見て、アポロ8号の3人の宇宙飛行士を除いて、私たちはみなどこに住んでいてもこの中にいるんだと感動しました。誰もが地球という、救命ボートのような小さな惑星に乗り合わせているということを教えてくれました。この写真はアメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration: NASA)にも大きなインパクトを与えました。地球が惑星の一つであることを再認識させ、地球についても研究すべきだと考えるようになったのです。それからNASAでは地球について以前にも増して積極的に研究に取り組み、衛星のネットワークをもつ宇宙観測の分野で現在も世界をリードし続けています。

規制の効果も見えてくる

NASAの衛星は北極海を覆う氷床の経年変化をモニタリングしています。NASAと共同研究を行う機関は、ハリケーンや台風などの悪天候を追跡するため降雨も測定しています。成層圏のオゾン層も1970年代からNASAの衛星によって観測されています。この時期に衛星画像が南極上空の成層圏のオゾン層が著しく減少していることを示しました。これがいわゆる「オゾンホール」です。オゾンホールの原因が解明されると世界中の国が集まり、オゾン層にもっとも深刻な影響を与えるクロロフルオロカーボン類(CFCs)の生産を規制しました。1988年に「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」が採択されてから、南極上空のオゾンホールは規模が小さくなっています。NASAでは、二酸化窒素(NO2)も観測しています。NO2は化石燃料燃焼や人間活動によって大気中に排出される大気汚染物質の一つです。NO2濃度は2000年以降、排出規制により先進国ではかなり減少してきていますが、途上国のなかで工業化が進んでいるところは増えています。

地球の息づかいを感じる人工衛星たち

軌道上炭素観測衛星2(Orbiting Carbon Observatory 2: OCO-2)は宇宙から大気中のCO2を観測したNASAの最初の衛星で、CO2の大気への放出や自然吸収を高精度・高分解能で検出しました。OCO-2の観測により、春に陸上の植物が新しい葉や茎、根をつくるためにCO2を吸収し、活動を休止する秋や冬にはCO2を吐き出すという地球の息づかいを感じることができました。さらにバックグラウンドのCO2濃度についても、年間0.5%ずつ増加し、2013年5月に初めてハワイのマウナロアで400ppmを超えたことを示しました。しかし、CO2の排出源や大気中のCO2の自然による吸収を解明するためには、さらに高い精度で正確に観測しなければなりません。OCO-2は南から北へ毎日地球を14.5周し、72000の観測データを収集しています。そのデータを、温室効果ガス観測技術衛星(Greenhouse gases Observing SATellite: GOSAT)や最近打ち上げに成功したGOSAT-2、OCO-3の観測データと結合させると、きわめて高分解能で高精度なテータを取得することができます。OCO-2はCO2をはじめとする全球の温室効果ガスの正確なデータを高い空間分解能で収集しています。この観測データは、人間活動に由来するCO2排出を追跡するために、温室効果ガスモニタリングシステムをデザインするときに重要な役割を果たすでしょう。

人間活動によるものか自然起源のものか

炭素循環の研究者のコミュニティではOCO-2のデータ解析を続けているので、地域スケールのCO2の排出と自然による吸収について定量的な推定が進むことが期待されています。私の同僚が、OCO-2とGOSATのデータをモデルに入れ、CO2の排出と吸収のシミュレーションを行ったところ、驚くような結果が得られました。CO2の排出源はどこにあるか、そしてそれが人間活動によるものか自然起源によるものかを見積もったのですが、2015年と2016年の強いエルニーニョのときには熱帯地域はCO2の排出源になっていました。エルニーニョが終われば排出は止まるだろうと考えていたのですが、2017年のラニーニャ以降も、2018年から2019年まで排出は続きました。では熱帯地域からは今でも排出しているのでしょうか。かつて熱帯地域はCO2を大量に吸収していましたが、その機能はすでになく、現在CO2を吸収していると考えられているのは海洋と高緯度の森林です。そこで衛星観測と地上観測データとが合っていないことがわかりました。データのミスマッチの原因については3つ考えられます。衛星観測か地上観測のどちらかが間違っているのかもしれませんし、これまで30年間信頼して利用してきたモデルが間違っているのかもしれません。3つ目はすべてが変わってしまったのかもしれません。気候変動による別の影響のせいなのでしょうか、炭素循環における気候変動の影響を見ているのでしょうか、炭素を貯留していた場所の多くが排出に転じ始めたことを意味するのでしょうか。

私は知りたい

そうしたことを知りたくはないですか。私は知りたいです。必要な場所の地上観測データを取得できたら、衛星観測と検証ができます。ですから私は地上観測や航空機観測を行っている人たちと共同研究したいと思っています。地球科学の課題は非常に難しいので、英知を結集して問題解決に当たらなければなりません。国際的な科学者のコミュニティをつくり研究を進めることが最も重要だと思います。というのは、将来、人間活動による排出抑制だけでは気候変動対策にはならないからです。もちろん、人為起源の排出について監視し続けなければなりませんが、自然からの排出についても注視する必要があります。炭素循環のなかで、自然から排出され自然が再吸収するCO2量は、人間活動による年間の排出量の20倍にもなるからです。こうしたことが私をワクワクさせてくれ、研究へのモチベーションになっているのです。

クライマックスが大切

地球は変化しています。1968年に宇宙飛行士が見たものと現在とは違う惑星のようです。変化のスピードは速く、激しいものです。若いあなた方が地球科学を学んでいるなら、あなた方は必要とされる人材です。地上観測ステーションを構築し、さらに観測データを取得するためには、あなた方の協力が必要なのです。

学位取得後、活気に満ちた人生はあるのでしょうか。あります。しかし好機を逃してはいけません。私の場合はちょっと風変わりな旅でした。思い通りには決していかなかったのですが、自分が想像していたよりはるかに面白いところにたどり着きました。反対に思っていたよりはるかに悪いことになり失敗もしました。学位取得後の人生は毎日がバラ色とは限りませんし、困難もたくさんありますが、クライマックスが大切です。人生という旅の終わりに何かやりがいのあることを成し遂げたかもしれないとか、きれいな空気や水を作り出すため責任を果たしたかもしれないと感じられるでしょう。私の次の仕事が終わるまでには地球の大気はクリーンになっていると期待しています。地球が生き続けられるよう努力しましょう。そうすれば私たち人間も生き続けることができます。

英語も掲載しています。本稿は英文からの抜粋を編集局が和訳したものです。
English version

*国立環境研究所における講演会「There are hopes, jobs and life after PhD(学位取得後の人生に希望をもって研究活動を)」(2019年10月18日開催)より

本講演会は、若手研究者のキャリア形成および国際的な視野の醸成を目的に、国立環境研究所地球環境研究センターと日本大気化学会などが共同で開催したものです。若手だけではなく、中堅の研究者にとっても、今までを振り返り、研究者としての人生のあり方を再考してもらう良い機会になりました。

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