2020年2月号 [Vol.30 No.11] 通巻第350号 202002_350006

科学・観測・研究とのつながりの中にある教育 —「日本一寒い町」北海道陸別町での出前授業

  • 地球環境研究センター 観測第二係 小野明日美

1. 「日本一寒い町」での出前授業

2019年11月8日、「日本一寒い町」北海道足寄郡陸別町で出前授業を行いました。国立環境研究所は陸別町銀河の森天文台(りくべつ宇宙地球科学館)の一室に「陸別成層圏総合観測室」を置き、観測を行っています。また陸別は、太陽光が大気の層を通過する間に大気中の物質に吸収を受ける性質を利用することで温室効果ガス等の濃度を推定する装置、地上FTS(高分解能フーリエ変換分光計)による世界的観測網、TCCON(全量炭素カラム観測ネットワーク)の観測地点に認定されています。世界中に25箇所しかない内の一地点であり、人工衛星による温室効果ガス観測の検証地点として、重要な役割を果たしています。

ところで、「日本一寒い町」とは、どのように定義されるでしょうか? 「日本一寒い」は、必ずしも国内の最低気温を記録していることを意味するわけではありません。陸別町に関わる研究者や地元の方々により、寒さランキング全国1位の回数やランキングポイントでの順位等、冬季全体の気温を反映する指標で「日本一」であることが、学術的に示されています。[注]

写真1 ちょうど北海道で初雪が観測された11月の寒い日でした

今回の出前授業は、社会連携連絡協議会による地域貢献特別支援事業として位置づけられています。社会連携連絡協議会は、陸別で観測を行う名古屋大学を始めとする研究・教育機関、国立環境研究所及び陸別町によって構成されており、情報交換や地域振興等を目的として設立されたユニークなものです。

2. 陸別と南極観測とのつながり

出前授業には北見工業大学や名古屋大学からも講師が参加し、「天からの手紙」とも表される雪を題材とした授業や、球体スクリーンに地球の姿を投影する「ダジックアース」を用いた授業が、まず陸別小学校で行われました。

国立環境研究所からは、大気・海洋モニタリング推進室の町田敏暢室長が、陸別中学校の1年生14名を対象に授業を行いました。

写真2 くすっと笑える町田室長の自己紹介にてアイスブレイク

前半は、「二酸化炭素(CO2)はどこから来てどこに行くのだろう」というテーマの講義です。CO2観測の歴史から話は始まりました。世界で初めてCO2の観測が行われたのは1958年、キーリング博士がハワイのマウナロア山と南極点で実施したものです。マウナロア山で観測されたCO2データのグラフを見ながら、CO2濃度が長期的に増加していることを確認しました。

写真3 町田室長からのクイズに挑戦! CO2の季節変化の要因をみんなで考えてみます

では1958年以前のCO2濃度は、どのように測ったのでしょうか? 初めての観測が1958年なので、当然それ以前の記録は残っていません。町田室長からは、空気がどこかに残っていないかどうか探したところ、南極の氷の中にあった!という浪漫あふれる話が、子どもたちに伝えられました。「氷床コア」と呼ばれる、南極の地中深くから掘り出されたとても長く細い筒状の氷の中には、昔の空気がたくさん残されています。

実はこの氷床コアと陸別町との間には、深いつながりがあります。富士山よりも高い標高に位置する南極のドームふじ基地で、氷床コアの掘削を行うために使用されたドリルの開発実験が行われたのが、ここ陸別町です。

氷床コアを分析することで明らかになった18世紀後半の産業革命時代の空気では、CO2は280ppmという低い濃度でしたが、今は400ppmを越えています。つまり120ppm増加しているということになります。時間幅がイメージしやすいよう、町田室長が生まれた年、中学1年生が生まれた年を確認しながらグラフを見てみると、産業革命から200年以上もかかって最初の60ppmの増加があったのに対し、最近のたった30年で残りの60ppmが増加してしまったことが分かります。

さらに、化石燃料を使用すると半分のCO2が大気に残り、陸上植物と海が残り半分を吸収していることが説明されました。植物が光合成によってCO2を吸収することは比較的よく知られていますが、本当に海はCO2を吸収するのでしょうか?

3. 大好評の海水実験

そこで後半は、「海水が二酸化酸素を吸収・放出する実験」を行いました。BTB溶液を入れた海水に息を吹き込むと、弱アルカリ性の海水が酸性に近づき、青色が緑色、黄色へと変化します。海がCO2を吸収していることを、実際に目で確認できる実験です。逆にきれいな空気を送り込むと、今度は海水がCO2を放出し海水は青色に戻ります。

写真4 国立環境研究所の海水実験キット

写真5 興味津々で海水が入った小瓶を振る子どもたち

CO2濃度が高くなると、海が酸性に近づいてしまうということにも触れられました。酸性に近づくと、貝殻がつくられにくくなるため生態系に影響を及ぼすといった側面もあり、化石燃料に頼り過ぎないこととともに、自然を守っていくことの重要性が伝えられました。子どもたちからは、「実験はおもしろい!」、「海水がCO2を吸収していることが初めて分かった」、「海水が酸性になるという問題は知らなかった」という声が聞こえました。

4. おわりに —つながりの中で

出前授業に参加して、地元に根ざしたトピックを題材に第一線で活躍する研究者が授業を展開し、子どもたちがそれを聴くことができるのは、陸別町ならではのことなのではないかと感じました。そのような子どもたちの「環境」は、率直にとても羨ましく思います。

写真6 「わあ…」と声を上げたくなる子どもたちの学びの場(陸別小学校にて)

それは一方で、陸別町が観測や研究に多大な理解をもって我々を受け入れてくれているということ、日々の観測活動が地元の皆様のご協力の下で成り立っているということに他なりません。

今ここにはない新たな世界を探求する観測や研究の場、そして新たな世界を学ぶ教育の場を大切にする陸別町に、微力ながら関わることができてとても嬉しく思っています。

脚注

  • 空井猛寿・浜田始・亀田貴雄・高橋修平, 2016,「日本一寒い町, 北海道陸別 —気象庁による2007年から2016年までの10年間の観測データに基づく—」『天気』63-11, pp.879–887.

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP