RESULT2021年6月号 Vol. 32 No. 3(通巻367号)

最近の研究成果 北極域のメタン収支に関する包括的な評価

  • 伊藤昭彦(地球システム領域 物質循環モデリング・解析研究室長)

1. 第4期中長期計画の概要

メタン(CH4)は、地球温暖化をもたらす温室効果ガス、そして大気汚染に関与する短寿命気候強制因子(Short-lived Climate Forcers: SLCF)として注目されていますが、その地域スケールの収支は正確には分かっていません。北極域には、広大な湿地など自然起源だけでなく、天然ガス採掘など人間活動に伴う放出源があり、そのメタン放出量の増減は地球環境に様々な影響を与えると考えられます。

本研究では、北ヨーロッパ、カナダ・アラスカ、ロシアを含む北極域のメタン収支を包括的に明らかにすることを目的に、湿原モデル*1、火災放出データ、人為排出インベントリなどを用いたボトムアップ的手法*2で1980年から2015年の放出・吸収量の分布や変化を分析しました。

ボトムアップ的手法には、分布や放出の内訳が分かる利点がある反面、使用するデータの種類が多く不確実性が残されているという問題がありますが、今回の分析の結果、北極域は平均して57.3 Tg CH4 yr-1(1 Tg = 1012 g)のメタン放出源であり、その約40%が化石燃料採掘などの人間活動によるものであることが分かりました。最も大きな放出源は、西シベリアやカナダに広がる湿原でしたが、年々の変動は人間活動の影響を強く反映していました。

この地域の総放出量は全世界の1割近くを占めており、温暖化に伴って湿原・凍土・火災からの放出量増加も見込まれることから、今後も注視していく必要があります。

 北極域におけるメタン収支の分布。自然起源と人為起源を合わせた2000~2015年の正味収支。西シベリアやカナダの大きな放出は主に湿原に分布し、ユーラシア南部には化石燃料採掘の地、北ヨーロッパでは都市域にも放出源が点在している。北極海などに見えるラインは、航空機や船舶が航行する際に燃料の燃焼によって放出されたもの。