日経エコロミー 連載コラム 温暖化科学の虚実 研究の現場から「斬る」!

国立環境研究所 地球環境研究センター 江守正多

第5回 新しい温暖化予測計算が始動! 天気予報との関係は?

2009年7月23日

こんにちは、国立環境研究所の江守正多です。2013〜14年に予定されている気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書の発行に向けて、世界中の研究グループが新しい温暖化予測計算を開始しつつあります。もちろん日本でも、この4月に新しくなった「地球シミュレータ」へのプログラムの移行などを経て、いざ計算開始という段階に来ました。今回はこの新予測計算のうち、「近未来予測」についてお話ししたいと思います。実はこの「近未来予測」は天気予報に少し似ているのです。

IPCCで報告される温暖化予測計算といえば、従来は2100年までの予測が標準的でした。2100年というと今の世代はほとんど生きていませんから、けっこう遠い未来ですね。それよりも、もっと近い将来、例えば2030年くらいのことを教えてほしいのが人情のようです。自分が生きているうちにどれくらい温暖化の影響が出るか詳しく知れば、温暖化対策をどれくらい頑張らなくてはいけないか判断するのにも、温暖化の影響が出た場合への備えを講じるのにも、もっと役に立つと思うでしょう。

実は、2100年までの予測計算では、現在から2100年までをずっと通して順番に計算しますので、2030年の予測も当然出ています。にもかかわらず、なぜ今まで研究者は2030年ごろの予測の話をあまりしなかったのでしょうか。それは、第3回のコラムで話した、「自然変動」のせいです。

気候は外部的な原因が何もなくても自然に変動します。2030年ごろだと、自然変動が邪魔をして、温暖化による変化が見えにくいのです。ちょうど、自然変動という雑音の中で温暖化という音楽が小さな音で聞こえている感じです。2100年ごろになると、温暖化による変化が大きくなるので、自然変動の雑音があっても、予測結果の解釈などが容易になります。したがって、2030年ごろの近未来を真面目に予測しようとすると、自然変動をどう処理するかが大きな問題になるのです。

そのポイントを理解してもらうために、ちょっとここで天気予報の話をしましょう。「天気予報と温暖化予測はどう違うのか」というのはよくある話題で、僕も過去に何度か説明してきました。今回はさらに一歩踏み込んでみます。ただし、今回は基本的な説明をかなり省きますので、基本から詳しく知りたい方は拙著『地球温暖化の予測は「正しい」か?』(化学同人)を読んでください。

天気予報も温暖化予測も計算は同じ?

天気予報も温暖化予測も、コンピューターによって物理法則の計算を行うシミュレーションモデルを使います。天気予報の場合は地球全体の大気、温暖化予測の場合は地球全体の大気と海をくっつけたモデルを使ってシミュレーションします。温暖化予測の大気の部分の計算と天気予報の計算は、ほぼ同じものです。

シミュレーションでは、現在の状態から出発して、ちょっと先(たとえば10分後)の状態を計算して、今度はそれを出発点にしてさらにちょっと先の状態を計算して、同様にちょっと先、ちょっと先……と順々に時間を進めて計算していきます。すごく大ざっぱにいうと、これを1日先まで計算したものが「明日の天気予報」ですし、そのままずっと続けて100年先まで計算したものが「100年後の温暖化予測」です。

10分程度の時間刻みで計算しているので、1日の中の昼と夜の変化も、日々の低気圧や高気圧の変化も再現されます。温暖化予測の場合は、1年の中の季節の変化だけでなく、年々不規則にやってくるエルニーニョ(中・東部熱帯太平洋の海面水温が上昇する現象)やラニーニャ(同海域の海面水温が下がる現象)なども再現されます。これらの現象は物理法則の方程式を解けば勝手に現れるものです。

そして、天気予報には「初期値」が必要です。つまり、「今日の天気の状態」を計算の出発点にする必要があります。そのため、世界中の観測地点や船や人工衛星から、気温、気圧、風、湿度などの観測データを集めてきます。一国の天気予報にも世界中の観測データが必要です。したがって、このデータを国際的なネットワークで共有するシステムができています。もちろんデータを計測していない場所もたくさんありますので、そこはシミュレーションモデルを使って物理法則の方程式を満たすように推定してやります(これを「データ同化」といいます)。

少し先の天気予報が外れる原因は「カオス」?!

さて、ここで「カオス」の説明をしなければなりません。ここでいうカオスとは、数学的な用語で、初期値がほんの少しだけ違っても将来の答えがまったく違ってしまうことです。具体的な例で見てみましょう。下の図は、カオスをつくり出す簡単な方程式に、微妙に違う2つの初期値を入れてみた場合の計算結果です。20ステップ目くらいまで結果の違いは分かりませんが、その後次第に違いが大きくなって、30ステップ目ではまったく違う結果になっています。

Xn+1=3.8 Xn (1-Xn)に従って計算した数列{Xn}。青線は初期値X1=0.600000、赤線はX1=0.600001の場合。

大気や海洋の物理法則の方程式はこれと同じようなカオスの性質を持っています。そのため、初期値にほんの少し誤差があるだけで、しばらく先の計算結果には必ず大きな狂いが出てきます。そして、限られた観測データから作った初期値の誤差がゼロということは決してあり得ません。したがって、しばらく先の天気予報は「必ず外れます」。天気予報の場合、このようなカオスによる予測の限界は1〜2週間先と考えられています。

では、1週間程度より先の大気の状態を予測するのはまったく意味が無いのでしょうか。そんなことはありません。気象庁では、1週間後までの天気予報のほかに、1カ月予報や3カ月予報を出しています。これは、1カ月後や3カ月後までの毎日の天気を予報するのが目的ではなく、1〜3カ月後が平年と比べて高温か低温か、雨が多いか少ないか、などを予報するためのものです。このために気象庁では、「初期値」を少しずつ変えて予測計算を何十回も繰り返しています(これを「アンサンブル予報」といいます)。

大気の方程式はカオス的ですから、初期値を少し変えただけでも、1カ月後や3カ月後の計算結果は様々なものが出てきます。気象庁の予報官はこの結果を見て「1カ月後が高温になる確率が4割、平年並みの確率が3割、低温になる確率が3割」といった具合に、確率的に予報結果を示します。

ここで、ようやく温暖化予測の話に戻ります。まず確認しておきますが、大気や海洋がカオス的であっても、100年後までの計算を行うことにはもちろん意味があります。カオス的というのは、先がどうなるかまったくわからないという意味ではありません。1カ月予報や3カ月予報もそうですが、個々の天気の変動が予測できなくても、平均的な気候がどちらに変化するかは予測できる場合があります。簡単な例を挙げると、いくら大気がカオス的であっても、100年後の日本の夏が100年後の日本の冬より高温であると予測できますし、その予測はきっと当たるでしょう。そんなの当たり前だというかもしれませんが、温室効果ガスが増えれば平均的に気温が上がることも(ほかに予想外の事象が起きなければ)、それと同じくらい当り前であり、カオスとはほぼ関係なく予測できることなのです。

30年先を予測するには「初期値」が重要

2100年までの温暖化予測の場合、2071〜2100年の平均が1971〜2000年の平均と比べてどれくらい気温が上がるか、雨がどれくらい増えるか、減るかという見方をしてやれば、自然変動のことを気にする必要はあまりありませんでした。100年後の天気を当てるわけではないので、初期値もあまり重要ではありませんでした。

しかし、2030年ごろまでの近未来予測の場合、初期値がかなり重要になってきます。中でも重要なのは、大気ではなく海洋の初期値なのです。

海洋は(より正確にいえば、大気と海洋の結合したシステムは)数年から数十年をかけてゆっくりと変動するので、現在の海洋の状態を精度よく表した初期値から計算を始れば、数年から10年程度の変動を予測できる可能性があります。

そのような変動の代表的なものの1つが第3回のコラムで説明した太平洋十年規模振動(PDO)です。現在PDOは負になっていますが、これがいつごろ正になるかを予測することが近未来予測の1つのターゲットになります。ただし、海洋の変動もカオス的ですので、海洋の初期値を少しずつ変えた予測計算を何度も繰り返して、計算結果のばらつきを見ながら「確率的に」予測を示す必要があります。

というわけで、今回はほとんど天気予報の説明になってしまいましたが、次のIPCCに向けた新しい温暖化予測である「近未来予測」のポイントは、

  • 現実的な現在の海洋の初期値からスタートして、10年程度の自然変動を予測する
  • 初期値を少しずつ変えた多数の計算を行って、確率的に予測を示す

です。

現在、このテーマに世界中の研究グループが取り組んでいます。加えて、日本の我々のグループは新しい地球シミュレータの力を借りて、水平方向の解像度が大気で60キロメートル程度、海洋で20キロメートル程度という世界で最も詳細な大気海洋結合計算に挑戦します。この結果を使って、近未来に大雨の降る確率がどう変化するかといった問題により具体的に答えていきますので、どうぞご期待ください。

では、今回はこんなところで。

[2009年7月23日/Ecolomy]

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