CGER-I163-2023_計算で挑む環境研究
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ションには海上の気象場と外洋の海象場についての情報が必要です。私が研究を始めた頃は、気象は気象台やアメダス、外洋は公共用水域や浅海定線調査など、限られた数点の観測値を時空間で内挿・外挿して入力データを作成していましたが、欠測処理や補間の工夫に時間と労力を費やした割には精度の限界がどうしてもありました。 現在では、閉鎖性海域のシミュレーションにも十分耐えうる、スパコンで計算された高解像度の気象や海洋の再解析データが広く普及し、客観的にも均質で長期間のデータを比較的容易にモデルに与えることが可能となっています(当初の苦労はいったい何だったのか?という気持ちです)。 閉鎖性海域のシミュレーションは飛躍的に進歩し、かつては理論と観測に基づいてモデルが構築されるといった流れが主でしたが、現在ではシミュレーションが先行して新たな現象を捉え、観測で実証されて理論が構築されるといったことも珍しくありません(内山, 2018)。 その一方で、より一層際立ってきた課題もあります。陸域からの汚濁負荷物質の流入です。海上の気象と外洋の海象といった自然現象の入力データの正確性が高まる中、閉鎖性海域にとって重要な入力データである陸域からの汚濁負荷流入量は、人間活動による影響が大きいため、いまだ不確実な点が多く残されています。 汚濁負荷流入量の入力データは工場や事業所などの施設排水等の実測値や統計値を積み上げて作成されますが、集水域全体となると排出源は膨大な数となります。そこには誤差が含まれますし、すべての排出源をカバーできているわけでもありません。川や海、道路の排水溝などに皆さんが飲みきれずに捨てたドリンクも当然カウントされていません。1人だけなら無視できる量かもしれませんが、1万人(東京湾の集水域人口のたった0.03%です)が同じことをしたら……。このような数式では表せられない、統計にも上がってこない人間活動が数値シミュレーションの不確実性の要因になり、閉鎖性海域の環境負荷にもなっているのです。 現在、私は国内最大の閉鎖性海域である瀬戸内海を対象に気候変動の影響予測シミュレーションを進めています(図1)。瀬戸内海と南方の黒潮海域を含む東西550km、南北350kmの計算領域を1km格子で分割し、複数の気候シナリオをそれぞれ20年間計算するといった大仕事です。気候変動によっ

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