温室効果ガス研究の最前線 −パリ協定の目標達成に向けて−
地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)などの温室効果ガス。観測やモデルによる最前線の研究から、温室効果ガス排出の現状や将来予測を紹介し、パリ協定の1.5℃目標の達成に向けて何が必要か考える標記セミナーが、国立環境研究所(以下、国環研)、グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)、フューチャーアースの主催で2月10日にオンラインで開催されました。当日は400名以上の参加があり、zoomのQ&Aを通してさまざまな質問が寄せられました。
本稿では6人の講演のなかから国環研地球システム領域の3人の講演とパネルディスカッションについて簡単に紹介します。なおセミナーは、国環研公式YouTubeチャンネルからご視聴いただけます(https://www.youtube.com/watch?v=oqz5EhI1EVw&t=4835s)。また、当日の発表資料と時間の都合で取り上げられなかった質問の回答は、GCPつくば国際オフィスのウェブサイト(https://www.cger.nies.go.jp/gcp/news/20220210.html)に掲載されています。
1. パリ協定・グローバルストックテイクに向けたGHG監視
伊藤昭彦(地球システム領域 物質循環モデリング・解析研究室長)
パリ協定で定められた温度目標を達成するために各国は温室効果ガス(GHG)の削減目標を設定していますが、国全体の排出量を正しく求めるには、科学的・客観的な方法で温室効果ガスの排出量を監視する必要があります。複数の根拠に基づく評価方法を、世界の国・地域に共通に適用することで信頼できる値が出てきます。
グローバルストックテイクはパリ協定の長期目標達成状況を5年に一度確認する作業です。2023年11月頃に行われる第1回に向けて、情報の収集と検討が進められています。
われわれは、科学的な手法(観測やモデル)を用いて都市から国・地域、グローバルまでの異なったスケールでの温室効果ガスの収支データを提供することでグローバルストックテイクに貢献します。
温室効果ガスの収支を推定するために、トップダウンとボトムアップという2つの方法を用いています(図1)。
トップダウンは、観測ネットワークを通して大気中の温室効果ガス濃度を測り、濃度の変動から大気逆解析モデルを用いて地表での収支を推定します。
ボトムアップは各国が出した統計値や生物地球化学(物質循環)モデル、衛星プロダクトから得られた個々の放出/吸収の推定結果を積み上げて地球全体の収支を求める手法です。こうした2つの方法を用いることで、より整合的で科学的裏付けのある、信頼できる温室効果ガスのデータを提供していこうとしています。
世界でも同様の研究が進んでいます。VERIFYはヨーロッパのプロジェクトで、地域ごとの温室効果ガス収支を評価しています。グローバルな衛星観測コミュニティであるCEOSは大気や地上の森林のバイオマス量を測っています。また、GCPによるGlobal Carbon Budgetのような統合解析の結果もグローバルストックテイクに貢献しています。
日本での活動として、環境省環境研究総合推進費SII-8(温室効果ガス収支のマルチスケール監視とモデル高度化に関する統合的研究、以下、推進費SII-8プロジェクト https://www.nies.go.jp/sii8_project/)を紹介します。これは2021年度から始まった3年間のプロジェクトで、3つのテーマの間で相互に検証してより信頼のできる温室効果ガス収支の値を提供することにより、パリ協定の目標達成に貢献していくものです(図2)。
トップダウン観測の例を紹介します。国環研では地上、海洋、航空機などさまざまなプラットフォームで観測網が展開されており、温室効果ガス収支の観測が行われています。東京スカイツリーでのCO2濃度の観測や、航空機観測によって求められた都市ごとのCO2排出量とインベントリとの比較を行っています。また、同位体比(同じ元素に属する原子で重さの異なるものの比率)や複数物質の観測に基づくCO2やメタンの排出源や排出量の推定を行っています。
さらに、NICAM-TMと呼ばれる高分解能な大気輸送モデルを用いて、濃度データから地上での収支を長期的かつグローバルに解析しています。
このように、大気観測とモデルを用いることによって、地上での温室効果ガスの収支を高分解能(~14km)でリアルタイムに近い速報性のあるデータとして提供することができます。
ボトムアップの評価も行っています。われわれが開発している生物地球化学モデルは、生態系のCO2やメタンの放出量を推定するものです。また、衛星観測で森林火災から出てくるCO2の量をとらえたり、人為的な放出量については統計値(インベントリ)を用いたりしています。こういったさまざまなデータから、地域ごと、あるいは地球全体の温室効果ガスの収支を推定しています。
推進費SII-8プロジェクトでは、トップダウンとボトムアップ手法で推定した温室効果ガス収支の評価結果をまとめて、2022年2月にグローバルストックテイクに提供することになっています。
今後は、現状を把握し、より野心的な目標を設定するために、5年ごとに行われるグローバルストックテイクに対応する継続的な体制が必要になってきます。
2. 地球を巡る二酸化炭素を追う
~Global Carbon Budget報告~
中岡慎一郎(地球システム領域大気・海洋モニタリング推進室 主任研究員)
Global Carbon Budgetは、地球上のCO2の放出や吸収を評価するために、世界各国の研究者が出し合った観測データ・モデル結果等をとりまとめて、GCPが毎年公表する報告書です。2021年11月に公表された2021年版は94名(18か国、70機関)が参加しています。
Global Carbon Budgetはまず、論文として公表します。また、解析データ(GCP ウェブサイト http://www.globalcarbonproject.org/carbonbudget)とユーザが編集可能な可視化プロダクト(Global Carbon Atlas http://www.globalcarbonatlas.org)を公開しています。
結果について概説します。化石燃料消費によるCO2排出量は、1990年代は緩やかな増加でしたが、2000年以降大きな増加になっています。そして、2010年以降は再び緩やかになっています。2020年にはCOVID-19パンデミックによる世界的な経済停滞があり、CO2排出量は前年比5%減となりました。しかし2021年は世界経済の回復によりCO2排出も前年比5%増となり、2019年とほぼ同じレベルになりました(図3)。
パリ協定が目指す1.5℃目標を達成するには、2030年までに2010年比で45%削減しなければなりません。そのためには急激なCO2排出削減を目指さなければなりません。たとえるなら、COVID-19で起きた経済停滞期のときの削減ペースを毎年続けなければならないようなことです。
CO2排出量の推移を地域別に見ると、アメリカ、EUは減少傾向にありますが、中国は2000年以降大幅に排出を増やしています。中国はもっと排出削減努力をすべきではないかと思われるかもしれませんが、一人当たりのCO2排出量で見ると中国よりも日本の方が多く、世界全体で排出削減に取り組む必要があるといえます。
陸域によるCO2収支については、土地利用変化と陸域生態系のCO2施肥効果などの和としてここでは説明します。土地利用変化(森林破壊、焼き畑、都市化など)により生態系が壊されると、CO2が排出されます。陸域生態系はCO2施肥効果などによる森林の再成長により、正味としてCO2吸収と考えられています。陸域によるCO2収支は、推定を始めた1960年代では放出が吸収を上回りましたが、その後徐々に陸域による吸収が土地利用変化による放出を上回るようになったと推定されています。特に、2000年中頃以降は陸域生態系による吸収が増加したと推定されており、2010年代は平均で年間7GtCO2の吸収となっています。
2000年代の陸域生態系によるCO2吸収増加がどのようなメカニズムで起こっているかについて、千葉大学などのグループによる評価をここで紹介します。彼らの研究によると、ロシアからヨーロッパ、北米東部、中国南部で起こっている強い吸収は、土地利用変化とその後の植生管理によるものであることがわかりました。また熱帯域の吸収はCO2濃度が高まることで光合成が促進されるCO2施肥効果の影響が強いと考えられました。
海洋のCO2収支については、海洋観測と海洋モデルに基づいた評価手法があり、両者ともに海洋がCO2の吸収源でありその吸収量が増加傾向にあることを示しています。海洋観測とモデルによる吸収量の推移は2000年頃まではほぼ一致していますが、特に近年はこれらの評価に大きな開きがみられます(図4)。これについては双方に原因があり、海洋観測については冬季の南極海での観測が少ないことなどが原因と考えられています。
気象庁と気象研究所のグループが国際データベースに登録された海洋観測に基づいて評価した各海域でのCO2収支の変化からは、南大洋や大西洋赤道域で吸収が強くなったり、放出が弱くなったりしていることがわかりました。
まとめると、化石燃料消費によるCO2排出量は2020年に急減したものの、2021年には近年と同水準になりました。パリ協定の1.5℃目標達成のためには、2020年レベルの排出削減を(なんらかの形で)継続的に行う必要があります。陸域では(森林火災等があるものの)全体として2000年以降CO2吸収が持続しています。海洋ではCO2吸収が増加傾向にありますが、手法によって特に近年の評価に差が見られています。
3. 波照間島における大気観測に基づくCOVID-19に関連した中国からのCO2排出量の変化の推定
遠嶋康徳(地球システム領域 動態化学研究室長)
パリ協定のグローバルストックテイクに対応するために温室効果ガス排出量を正しく評価していく必要があります。一般に温室効果ガス排出量には各種統計量を集計して推定された、いわゆる排出インベントリが用いられます。一方で、独立した手法による排出量の検証も重要です。過去には排出インベントリに大きな誤りがあったことも報告されています。そこで大気観測に基づく温室効果ガス排出量推定が重要になってきます。
図5は全世界の化石燃料起源CO2排出量の変化を示しています。排出量は2000年以降増加速度が上昇しており、2010年以降比較的緩やかになったのですが、増加傾向は続いていました。しかし2020年に急激な減少を示しました。2020年の変化を詳しく見ると2つ谷があることがわ分かります(図5-右)。一つ目はCOVID-19による中国のロックダウンの影響による減少、二つ目はいったん収まるかに思えた後、EUで感染拡大したために引き起こされた減少です。
2019年末に中国の武漢で発生したCOVID-19は2020年初頭には急激に感染が拡大したため、1月末に武漢市をロックダウンしました。しかし、COVID-19の感染拡大を抑えることができず、2月にはほぼ全土をロックダウンすることとなりました。その頃中国の化石燃料起源CO2排出量は最も減ったと推定されています。その後、徐々にロックダウンが解除されたため、排出量は戻っていったと推定されています。
それでは、果たして大気観測はCOVID-19によるCO2排出量減少を捉えることができたのでしょうか。ここでは、国環研が実施する沖縄県・波照間島での温室効果ガスのモニタリング結果を用いた解析について紹介します。
波照間島では、冬季(11月~3月)にCO2とメタン濃度が激しく変化し、どちらも高濃度になります。なぜこういう現象が起こるかというと、冬季はアジアモンスーンの影響で大陸からの汚染された空気が波照間島に輸送されてくるためです。この時、CO2とメタンは同じような形で濃度変動が起こるのですが、濃度変動の比率(ΔCO2/ΔCH4)は発生源の放出量の比率(FCO2/FCH4)とほぼ同じと仮定することができます。これは比率を計算することで輸送の効果が打ち消されるため、濃度変動の比率が放出量の比率になるのです(図6)。
この性質を利用すると、どのように大陸の放出量が変わってきたか推定することができます。2019年12月から2020年4月までの変動比(ΔCO2/ΔCH4)の時間変化を見ると(図7、赤線)、1月末に急減し、2月中頃に最低となり、その後ゆっくり上昇してゆく様子がわかります。この変化と中国の化石燃料起源CO2の排出量の変化の様子(図7、青線)を比べると、ほぼ一致していることが分かります。このことから、観測された変動比は中国の化石燃料排出量の変化をうまく捉えることができたと考えられます。
この間の中国のメタンの放出量はあまり変化していないと仮定して、大気輸送モデルなどを利用して中国の化石燃料起源CO2排出量の変化を推定すると、2020年2~3月(COVID-19ロックダウン期間)は20~30%減少したと推定されました。一方、2021年1~3月の変動比(ΔCO2/ΔCH4)は2019年以前の値に回復していることが観測から明らかにされ、同様の手法を用いてCO2排出量を推定すると、2021年1~3月は2019年以前のレベルかそれ以上(0~30%増加)となりました。中国の第一四半期のGDPの変化率を見ると、2020年はCOVID-19パンデミックの影響で減っていましたが、2021年は大きな値を示しており、私たちのCO2排出量の推定結果と整合的であることがわかります。
まとめると、波照間島で観測されたCO2とCH4の変動比の変化から、中国における化石燃料起源CO2排出量は2020年2月に30%程度減少したが、2021年の1~3月には2019年の排出量と同等かそれ以上のレベルに戻ったことがわかりました。このように、大気観測は排出量の変化の検証に役立つことが示されました。
4. パネルディスカッション
講演の後、パネルディスカッションが行われました。パネルディスカッションではGCPつくば国際オフィスの白井知子代表がモデレータを務め、6人の講演者と開会挨拶をした地球システム領域の三枝信子領域長、地球システム領域の江守副領域長がコメンテータとなり視聴者の質問に答えました。その一部を紹介します。
モデレータ
- 白井知子(地球システム領域 地球環境データ統合解析推進室長/GCPつくば国際オフィス代表)
コメンテータ
- Giles Sioen(フューチャーアース日本ハブ シニアオフィサー 国立環境研究所 特別研究員)
- Prabir K. Patra(海洋研究開発機構地球表層システム研究センター 物質循環・人間圏研究グループ グループリーダー代理)
- 伊藤昭彦(地球システム領域 物質循環モデリング・解析研究室長)
- 中岡慎一郎(地球システム領域 大気・海洋モニタリング推進室 主任研究員)
- 遠嶋康徳(地球システム領域 動態化学研究室長)
- 羽島知洋(海洋研究開発機構環境変動予測研究センター 地球システムモデル開発応用グループ グループリーダー代理)
- 三枝信子(地球システム領域長)
- 江守正多(地球システム副領域長)
白井:科学者はどのようにしてサイエンスを社会に発信し、パリ協定に貢献していけるのでしょうか。登壇者の皆さんはどうお考えですか。
Sioen:ステークホルダーの関与は極めて重要性が高く、パネリストのみなさんはじめ、われわれは多くの人たちを動員してきました。今日の視聴者の数ひとつをとっても認識度、関心度の高まりを反映していると思います。そういった中で、サイエンスは、モニタリング・監視の段階から、何が可能か、どんなソリューションがあるかを考えるところまでシフトしてきています。地球の健全さを損ねないような社会の運営の仕方にしていこうという認識は高まっていると思います。
Patra:あらゆる技術、あらゆる人を動員して努力しなければ、パリ協定の目標を達成することはできません。みんな一緒になって頑張りましょう。
伊藤:パリ協定を達成するためのグローバルストックテイクのように、いくつかの重要な節目に科学者としてベストなものを提供していくことです。特に、長期的な取り組みは重要で、マウナロアでの長期のCO2測定データによって温暖化の現象が解明でき、科学が信用されたということがありますので、われわれも貢献できるようにしていきたいと思います。
中岡:対策を行うための社会へのインプットとなると力不足を感じることもありますが、研究者はあくまで中立な立場で客観的なデータを積み上げて成果を公表することが役割だと考えます。そこに自分の意思を強く持ち過ぎないようにしつつ成果をアピールし、政治家などとみんなで対策を講じていくというムードをつくっていければと思います。
遠嶋:私は20年以上大気観測を続けています。今後の研究や対策に活かせるならと思って観測を継続していくことが自分にできることだと思っています。
羽島:科学、特に観測の精度を上げていくことが大事です。一人の人間としては、子どもたちが、社会が変わることによって、未来に大きなチャンスがあるという希望をもてる社会ができるといいと思います。
三枝:科学者として進めたいのが、地球上のあるいは日本のどこでどれだけ温室効果ガスが排出、吸収されているのかを時々刻々見えるようにしたいということ。これができると、大企業や自治体レベルで排出削減の取り組みを行っている人たちにとって、削減のモチベーションになると思っています。
江守:科学者として政治的なメッセージを出してほしいという期待があることはよくわかります。中立的な立場でデータを提供していく一方で、何かメッセージを出すときにある種の価値観が入ると思うので、個々の科学者がどういう価値観でこの問題に向き合うかということを考えたうえでメッセージを出していくことが重要になってくると思います。
セミナーの最後には、Giles Sioen氏の講演で紹介のあった、「10 New Insights in Climate Science (10NICS) 2021」*1を紹介するビデオを流しました。