RESULT2024年3月号 Vol. 34 No. 12(通巻400号)

最新の研究成果 温暖化により下層雲が減少する仕組みについて

  • 小倉知夫(地球システム領域 気候モデリング・解析研究室長)

大気中の温室効果ガスの濃度が増加するにつれて気候がどのように変化するのか、それを予測するために、数値シミュレーションが数多く実施されてきました。こうしたシミュレーションの結果には一つの特徴が見られます。それは、地球の表面が温まるにつれて下層雲の面積が小さくなる傾向がある、ということです。

下層雲とは、ここでは雲の頂上の高さがおよそ3000mより低い雲を指しており、太陽光を日傘のように反射して地球の表面を冷やす働きがあります。そのような下層雲の面積が小さくなれば、太陽光はあまり反射されずに地球の表面へ届くようになり、温暖化は促進されます。このような働きを「正の下層雲フィードバック」と呼びます。「正の」とは、温暖化を(抑制ではなく)促進する、という意味です。

温暖化が促進されればそれだけ大きな影響が私たちの生活に及びます。このため、下層雲の減少は重要な問題です。しかし、どのような仕組みで下層雲が減少するのか、これまで十分に分かっていませんでした。

そこで、私たちは新しい気候シミュレーションの方法を考案して、下層雲がどのような仕組みで変化するのか調べました。具体的には、地球表面の7割を占める海面に注目して、その水温をどこでも一様に4℃だけ温めた場合に、下層雲がどのように変化するのかをシミュレートしました。

このとき、下層雲に生じる変化は3つに分類できます。それは、(1)海面からの上向き長波放射が増える効果、(2)海面から大気へ乱流で輸送される熱や水蒸気などの量が変化する効果、そして(3)は(1)と(2)の相乗効果です。

従来の気候シミュレーションでは(1)(2)(3)のすべてが結果に含まれていたため、それぞれの役割を区別できませんでした。それに対して今回の新しいシミュレーションでは、3つの効果を別々に切り分けることができます。その結果を示したのが図1です。

図1左上のパネル(a)は、従来の方法でシミュレートした下層雲フィードバックです。オレンジ色の部分が下層雲の減少の影響を示しています。しかし、その要因が何かまでは分かりません。

それに対して今回の結果では、(1)の効果をパネル(b)、(2)の効果をパネル(c)、(3)の効果をパネル(d)に切り分けて示しました。(b)(c)(d)の合計は(a)に等しくなります。(b)(c)(d)の中でオレンジ色、つまり下層雲の減少を示すのは主に(b)です。よって、下層雲が減少する主要因は海面からの上向き長波放射の増加だと分かります。

これは驚くべき結果でした。なぜなら、先行研究では下層雲が減少する要因として乱流輸送の変化、つまり(c)が重要視されていたためです。これまでの気候シミュレーションでは(b)(c)(d)の効果を切り分けていなかったため、(b)の重要性が見落とされたのだと考えます。

図1 海面水温の4℃の上昇によって生じる下層雲フィードバック。気候モデルMIROC6によるシミュレーション結果。正の値は、下層雲の減少により地球が正味で吸収する放射量が増加したことを示す。(a)はフィードバックの全体量、(b)(c)(d)は(a)の内訳に相当する。(b)は海面からの上向き長波放射が増える効果、(c)は海面から大気へ乱流で輸送される熱や水蒸気などの量が変化する効果、(d)は(b)と(c)の相乗効果を示す。黒い長方形は、現在の気候で下層雲が多く分布する領域を示す。
図1 海面水温の4℃の上昇によって生じる下層雲フィードバック。気候モデルMIROC6によるシミュレーション結果。正の値は、下層雲の減少により地球が正味で吸収する放射量が増加したことを示す。(a)はフィードバックの全体量、(b)(c)(d)は(a)の内訳に相当する。(b)は海面からの上向き長波放射が増える効果、(c)は海面から大気へ乱流で輸送される熱や水蒸気などの量が変化する効果、(d)は(b)と(c)の相乗効果を示す。黒い長方形は、現在の気候で下層雲が多く分布する領域を示す。

今回の結果にはどのような意義があるのでしょうか。私たちは気候変化を予測するために数値シミュレーションを実施しますが、その際、シミュレーションの結果がどのような仕組みで生じたものか、理解して説明できることがとても重要です。なぜなら、理解しようとする過程で、シミュレーションの結果に不自然な部分がないかどうか点検が行われ、結果に対する信頼性が高まるためです。

しかし、温暖化に伴う下層雲の変化はメカニズムが複雑なため理解が難しく、長年の懸案でした。本研究では、新しいシミュレーションの方法を考案することにより下層雲の変化を3つの成分に分解して、理解を一歩前進させることができました。海面からの長波放射の重要性を定量的に示した研究は私たちの知る限り前例が無く、従来の理解に対して修正を迫るものと考えています。

本研究では気候モデルMIROCを用いて新しいシミュレーションの有効性を示しましたが、今後は、他のモデルでも同様のシミュレーションを実施してモデル間相互比較につなげることが重要となります。相互比較により、気候シミュレーションの結果がモデル間でばらつく原因について理解が深まるものと期待されます。もしも幸運であれば、将来予測の不確実性を低減するためのヒントが得られるかも知れません。