2011年9月号 [Vol.22 No.6] 通巻第250号 201109_250002

アジア太平洋地域の自治体による低炭素都市の実現に向けて 「第3回持続可能なアジア太平洋に関する国際フォーラム(International Forum For Sustainable Asia and the Pacific: ISAP 2011)」における活動報告

社会環境システム研究センター 持続可能社会システム研究室 准特別研究員 朝山由美子

1. はじめに

世界の平均気温上昇を産業革命以前と比較して2℃以下に抑えるという目標の達成には、2050年までに世界人口の半分以上、温室効果ガス排出量の半分以上のシェアを占めると言われているアジア地域の都市で低炭素社会が実現できるかどうかが鍵を握っています[1]。国立環境研究所(NIES)では、社会環境システム研究センターが中心となって、経済発展により生活レベルを向上させながらも、低炭素排出・低資源消費社会に移行させるためのシナリオおよびロードマップの構築とその実現方策に向けた研究や、コベネフィット型の環境都市とモデル街区のシステム設計、地域循環圏等の政策実現に貢献するための要因を明らかにする研究を行っています。また、地球環境研究センター(CGER)のグローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)つくば国際オフィスでは、都市と地域の炭素管理計画を主導する研究など、都市レベルの低炭素社会構築に向けた研究を行うと同時に、研究手法・成果の普及を目指したキャパシティビルディングプログラム[2]を国内外の研究機関からの協力を得ながら実施しています。筆者らは、2011年7月26・27日の2日間、横浜市のパシフィコ横浜で行われた「第3回持続可能なアジア太平洋に関する国際フォーラム(International Forum For Sustainable Asia and the Pacific: ISAP 2011)」の専門家ワークショップで、アジア太平洋地域の各国・自治体による低炭素社会の実現に焦点を当てたNIESの研究活動紹介を行うと同時に、その実装に向けた国際協力のあり方についてアジア低炭素社会実現に鍵となる関係者を交えての議論を実施しました。また、ISAP会場内の展示ブース内にて、アジア都市の低炭素社会に向けて取り組んでいる研究成果の紹介を行いました。

photo. ISAP 2011会場内

ISAP 2011会場内のブースで研究成果を発信する朝山准特別研究員(中央)と藤野主任研究員(左)

2. ISAP 2011:アジアの低炭素都市実現に向けたNIESの国際協力

ISAP 2011は、財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)が主催となり、国際的に活躍する専門家や企業、政府、国際機関、NGO関係者と共に、アジア太平洋地域の持続可能な開発の実現に向けた課題提起や方策論議を行う国際フォーラムです。2009年より開催されており、3回目となる今年のテーマは、「東日本大震災の教訓〜Rio+20につなぐアジア太平洋からの新たな視点」と設定されました。ISAP 2011は、同テーマに関する5つの公開セッション[3]と、11のテーマ別公開セミナー・専門家ワークショップ・関連イベントという構成で開催されました。社会環境システム研究センターからは、環境都市システム研究室の藤田壮室長、持続可能社会システム研究室の藤野純一主任研究員が、7月27日にIGESと横浜市立大学が共同で開催した公開セミナー「低炭素都市・スマートシティ(第2部)アジア太平洋地区の低炭素都市実現に向けた国際協力」にスピーカーとして参加しました[4]

このセッションでは、アジア太平洋地区において低炭素都市を実現するためにどのような国際協力が可能であるか、また、関係者間がどうお互いの情報を共有し、協力を促進していくかについて話し合われました。「各都市の低炭素化に向け、自治体ができること」として、小林光環境省上席参与や、内閣官房地域活性化統合事務局の大滝昌平参事官のほか、タイ・バンコク都、インドネシア・スラバヤ市、横浜市、北九州市の代表参加者が、各国、各都市が実施している低炭素化施策や、取り組みの知見を共有し、同様の施策をアジア諸都市で運用するためには、どのような法的枠組みや社会条件が必要かを発表しました。また、「各機関の取り組みをいかに広げるか(外部機関のできること)」として、藤田壮環境都市システム研究室長や藤野純一主任研究員に加え、国際協力機構(JICA)地球環境部 唐澤雅幸次長、アジア太平洋都市間協力ネットワーク(CITYNET)ベルナディア・イラワティプログラムディレクター、法政大学地域研究センター・社会学部 田中充教授が、外部連携機関や自治体間で有益な情報を共有しながら低炭素都市化をどのように進めているか、そしてアジアの都市による低炭素社会の構築に向け、今後どのような国際協力を推進していくべきかを取りまとめ、モデレーターであるIGESの前田利蔵主任研究員、菊澤育代研究員、横浜市立大学グローバル都市協力研究センター 井村秀文特任教授と議論しました。

本セミナーの中で、藤田室長は、「日本版の環境都市の特徴とアジアに展開する地域システムイノベーション」というテーマのもと、日本の経験と技術・政策インベントリ・研究ツールを活用し、環境都市と拠点となる静脈系工業生態園[5]等の計画システムの構築と、アジア都市への地域実証を展開していく研究を紹介しました。川崎市と瀋陽市の都市間協定のもと実施された研究成果を取り上げながら、低炭素都市の経験を一般化して地域に展開する評価手法や、最先進の工業生態園と環境都市政策を設計するシステムを普及させ、アジアの都市に適用可能な低炭素都市モデルを提案していく構想を示しました。

藤野主任研究員は、アジア太平洋地域統合評価モデル(Asia-Pacific Integrated Model: AIM)プロジェクトチームがこれまで開発してきた統合評価モデルを、日本をはじめアジア各国や主要な都市に適用した低炭素都市中長期ロードマップ作成や、その実現に向けた対策を検討・評価するための研究への応用について発表しました。日本の事例として、滋賀・京都の事例を挙げ、滋賀県では、2030年までに温室効果ガスを1990年比で50%、京都市では40%削減するための計画が自治体主導で進められていることを紹介しました。また、アジアの都市の事例として、科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)が共同で実施している地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS:サトレップス)のスキームのもとで展開しているマレーシア・イスカンダル開発地域の低炭素シナリオ開発とその社会実装に向けた研究活動を紹介しました。本プロジェクトにおいて、NIESは、現地の研究者やイスカンダル地域開発庁、都市地域計画局、中央政府、民間企業と協働で社会に実装していくためのプロセスづくりに関する研究を担当しています(詳細は、須田・藤野からの報告[6]を参照)。藤野主任研究員はプロジェクトの実施過程で、多様な関係者の主体的参加による協力メカニズムをどう構築していくか、現状と目標とする低炭素社会の間にあるギャップをいかに埋めていくか、また、各国・各地域で提案されているさまざまな施策とどのようにリンクさせながら低炭素社会開発計画を実施していくかといった今後の課題を提示しつつも、本プロジェクトのトレーニングプログラムの参加者が主体となって、低炭素社会に向けたロードマップを作成し、各地域の政策決定者をはじめとする主要関係者を巻き込みながら科学的知見に基づいた具体的施策を実施する要員になることが、現地に根差した低炭素社会構築に向けた取り組みの第一歩につながるとの期待を込めた今後の研究の方向性を紹介しました。

photo. セミナー

セミナーで研究活動を紹介する藤野主任研究員

セミナー全体を通して、アジアの低炭素社会構築のためには、各国のみならず、すべての都市が主体的に取り組んでいくことの必要性、および、都市タイプの違いを考慮した自治体レベルの低炭素都市ビジョンとロードマップを作成し、住民、生活の視点に立った低炭素施策の立案支援を行う必要性が再認識されました。

3. ISAP 2011における研究発信を通じて

ISAP 2011の会場の展示コーナーでは、NIESの地球温暖化研究プログラムのうちの「低炭素社会に向けたビジョン・シナリオ構築と対策評価に関する統合研究」プロジェクトや「環境省 環境研究総合推進費アジア低炭素社会研究(S-6)」、SATREPSの「アジア地域の低炭素社会シナリオの開発」をはじめとする研究成果物を展示し、ブースを訪問するISAP 2011参加者に、アジア低炭素社会の実現に向けたこれまでの研究成果を発信しました。ISAP 2011の第1日目の終了時には、100部程度の展示資料のほとんどがなくなっていたことから、NIESが取り組んでいるアジアの低炭素社会構築に向けた研究に対する関心の高さがうかがえました。ISAP 2011専門家セミナーにおける発表やブースの展示を通じ、AIMチームが1990年以降地道に取り組んできた研究成果の重要性が、国内外で活躍する多様な関係者間で共有されたとともに、アジア各国・都市レベルで影響力をもつ関係者を巻き込みながら、AIMプロジェクトチームによるシナリオ開発から得た研究成果を実際に社会で実施していくための政策支援と普及啓発に資する活動の必要性が再確認されたといってもいいのではないでしょうか。今後もISAP 2011のような国際会議やセミナー等を利用しながら研究成果を広く発信し、国内外の多様な機関の協力関係を築きながら、アジア低炭素社会を実現していくための研究活動に尽力したいと考えています。

脚注

  1. 甲斐沼美紀子 (2011)「環境省環境研究総合推進費S-6 アジア低炭素社会に向けた中長期的政策オプションの立案・予測・評価手法の開発とその普及に関する総合的研究」研究概要
  2. 「キャパシティビルディング」については、地球環境研究センターニュース2011年4月号P.14を参照のこと。
  3. ISAP 2011のプログラム、および、公開セッションの発表資料は、​http://www.iges.or.jp/jp/news/event/isap2011/day1.html​よりダウンロード可能。
  4. ISAP 2011の第1日目に開催された第1部では、「スマートシティとは何か? コンセプトと実現へのアプローチ」のテーマのもと、日本を含むアジアにおける自治体レベルの先進的な低炭素化・スマートシティ化の施策や取組みや今後の方向性や課題などについての情報交換が行われた。国立環境研究所からは、GCPつくば国際オフィス事務局長のShobhakar Dhakalフェローがスピーカーとして参加し、気候政策における都市の役割と都市エネルギーのあり方に着目しながら、スマートシティとは何かについて議論した。Dhakalフェローは、スマートシティを構築するには、特に、建築・交通・エネルギー部門の技術革新が鍵を握ると説明した。しかし、技術だけでは不十分で、都市システムそのものが低炭素社会に向かうためのフレームワークが構築できるよう、都市形成や都市構想の構成条件を変えながら、自分たちの都市の問題は自分たちで解決するといった人々の行動や態度を変える必要があることを強調した。
  5. 日本のエコタウン、Eco-Industrial Parkにあたる循環型の工業集積のこと。以下の論文を参考にされたい。
    藤田壮 (2008) 日本と中国を結ぶ「循環経済都市シミュレータ」研究. 科学, 岩波書店, 78(7) 765-767
  6. 須田真依子, 藤野純一「アジア地域の低炭素社会シナリオの開発研究の今—イスカンダル・マレーシア訪問報告—」 地球環境研究センターニュース2010年7月号

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