2011年10月号 [Vol.22 No.7] 通巻第251号 201110_251001

21世紀気候変動予測革新プログラム平成23年度公開シンポジウム「気候大変動の時代に生きる—自然との共生の知恵を求めて—」の報告

(独)海洋研究開発機構 IPCC貢献地球環境予測プロジェクト 特任上席研究員 近藤洋輝

1. はじめに

文部科学省の21世紀気候変動予測革新プログラム(以下、革新プロ)は、第3期科学技術基本計画のもと、「地球シミュレータ」の活用により、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書(AR5、2013〜2014年完成予定)への寄与と気候変動対応政策への科学的知見提供を目的として、2007年度から5カ年計画で実施されてきた。

最終年度にあたり、革新プロの主要な成果の講演と、今後取り組むべき課題に関する討論とからなる公開シンポジウムが、8月22日一橋記念講堂で開催された。参加者は452名(報道関係17名を含む)であった。前半では、革新プロとその主要な成果について、5人による講演がなされた。後半は、モデレーターと4人のパネラーに会場との質疑応答も加えたパネルディスカッションであった。以下、概略を報告する。

2. 第1部:革新プロとその主要成果についての講演

(1) 革新プロと今回のシンポジウムについて(松野*・西岡共同統括)*講演者

革新プロでは、気候モデル(関連の要素モデルを含む)の開発により、長期にわたる地球環境の変化、近未来の気候変化予報、および近未来や21世紀末の極端現象の予測をそれぞれ行っている。加えて、モデル結果を基盤とした、不確実性の定量化・低減研究や、自然災害への影響評価により、革新プロの主題が構成されている。AR5に向けては、第5期気候モデル間相互比較実験(CMIP5)が進展しており、革新プロも参加している。実験に用いられるシナリオは、以前の人為的削減のない排出シナリオと異なり、4つの代表的濃度経路(RCPs)であり、そのうち3つは、濃度安定化策による濃度シナリオである。革新プロでは、科学の観点から、別シナリオによる予測の可能性で選択の幅を示したい。

(2) 講演:300年後へのシナリオの選択(長期地球環境予測チーム:時岡リーダー)

従来の気候モデルに、種が競い合うことで与えられた気候条件にバランスした植生分布を示す動的全球植生モデル(SEIB-DGVM)など、さまざまな生物・地球化学過程の部分モデルを統合した地球システムモデルを開発した。それにより、気候再現実験、RCPsによる予測実験(2100年まで)など、さらには一部のシナリオに関しては、300年先までの予測実験を実施している。諸実験の結果によると、RCPsで最も厳しい安定化シナリオ(2100年の放射強制力が2.6W/m2:RCP2.6)を実現させるには、21世紀後半には化石燃料起源の炭素排出量をゼロ以下に(回収)しなければならない。また、2100年まで中位安定化シナリオ(RCP4.5)、それ以後濃度一定での300年予測では、2100年以後も海洋中・深層の温暖化のスピードは継続し、海水膨張による水位上昇が継続するなどの知見が得られた。

(3) 講演:避けられない30年後の気候変化(近未来予測チーム:木本リーダー)

近未来予測は、人為強制力と自然変動の下での予測という課題であるが、観測された過去に関する3〜7年間の再現(事後予測)実験の結果は良好で、可能性がある。近未来における温室効果ガス濃度はシナリオによらず同じ増加傾向が不可避で、2000年代後半若干下降時期がみられた気温は、今後上昇傾向が顕著になると予測される。北大西洋や太平洋の10年規模自然変動モードの予測可能性や台風の発生頻度の再現性も良好である。台風の近未来での減少傾向が予測された。火山噴火など今後の想定外の外力に関してはアップデートが必要である。予測結果は、近未来の水災害・海洋生態系・農業等における影響評価・リスク管理への貢献が期待される。

(4) 講演:将来の豪雨・台風とそのもたらす災害(極端現象予測チーム:鬼頭リーダー、同サブチーム:中北研究代表)

全球20km超高解像度モデルおよびそこに埋め込む5km/2km領域モデルをさらに高度化し、極端現象に対する温暖化の影響を予測した。将来、全球的な熱帯低気圧の発生数は2割ほど減少するが、強度は増大する。また台風の将来の経路は今より東寄りになり、北太平洋西部沿岸域への接近数は減少傾向になるという新たな知見が得られた。一方、雲解像の領域モデルでは、20km全球モデルに比べ、降水分布の改善が顕著である。また、梅雨期の大雨による降水量の年間総降水量に対する割合は増大する。モデル結果データの提供により防災その他自然災害影響評価へ貢献している。

高解像度モデル出力により、わが国の洪水、高潮・高波・波浪・風災害などへの影響評価を行った。世界的にみて、距離が短く急な勾配を有する日本河川は、大きなピーク流量と短い洪水期間が特徴であり、モデルが毎時の雨量情報を出して初めて、現実的な河川流量や水位の算定が可能となった。さらに、最近、和歌山県で深層崩壊が現実化した土砂災害リスクについての地域別将来変化や、河川や高潮・高波に関し、再現期間がどの程度の流量・水位であるかというデザイン値の将来変化が導出されたが、不確実性の課題も示された。台風に関しては、被害最悪のコースを設定したシナリオによる影響評価により、リスクを指摘した。

3. 第2部:パネルディスカッション

(1) パネラーの基本的見解

江守:大震災の経験から、気候モデルの信頼性も「限定された条件下で」なのかを検討する必要性を感じる。モデルの現状再現性は予測の信頼性を示す上で不十分で、複数モデルの結果の統計的解析が望まれる。リスク管理では、科学的知見と社会的判断の融合が重要である。

三村:気候変動リスクには、回復不可能な大規模環境変化があり、ティッピング・ポイント(科学の国の「はて、な」のコトバ参照)を明らかにして回避する必要がある。徐々に進行する環境変化に対しては、緩和策と適応策があるが、前者が進展しても不可避なものには適応策が必要であり、特に途上国では重要。適応策は、応急的な早期警戒対応から中長期的な構造的対策まで指摘される。

西岡:新知見からは、従来を上回る対策の必要性も生じそう。全球の気温上昇を産業革命以前と比較して2℃程に止める濃度経路では21世紀半ばから排出量をマイナスにする必要があり、ジオエンジニアリングの検討もありうる。財政危機やエネルギー高騰で精一杯の世界は、共同の枠組みづくりに苦労しているが、低炭素社会構築の推進は必須で、気候モデル開発・計算資源・人材育成は不可欠である。

安井:気候変動研究は「放っておいたらどうなるか」というエンドポイント(生起する結果〈対象〉)にかかわるリスク科学(リスクを確率で定量化する科学)に進化しつつある。ただ、気候変動リスクは、食料、水、健康など多分野に影響するマルチエンドポイント型(リスクの対象が多分野に及ぶタイプ)であり、あらゆるリスク発生の定量的研究が必要である。

(2) パネラー間の討論

上記で引用されたティッピング・ポイントをめぐり、とくにグリーンランド氷床融解の場合などについてパネラーの討論があり、氷床の挙動や非常に長期的な変化をする海面水位についての定量的な研究が求められた。

さらに、科学的知見の役割と活用についての話題に転じ、適応できるレベルに抑制するとしても、そのレベルを定量的に示すのは科学の役割であり、それによって政策が決定されるなどの意見が述べられた。また、気候変動問題には多様な分野の問題が絡んでおり、関連する情報を包括的に捉える必要があるということが認識された。

(3) フロアからの質疑と応答

「今のモデルは北大西洋深層循環の予測に関して十分か」への回答:
既存のモデルで扱われており、深層循環が北大西洋で徐々に弱まる傾向は出ているが、今後も研究が必要。
「地球内部の研究の必要性」への回答:
火山以外は100年程度の気候変動と時間スケールが違うので、影響がないと考えられる。
「日本の森林政策について」への回答:
森林組合のある地域以外では、土地の所有権(者)の把握が容易ではなく、合意形成に必須のリーダーシップに欠け、林道開発や、先端技術導入を困難にしている。また、日本は明治以来植林を進め、森林面積率は先進国ではトップクラスであるが、経済性に偏り、抜本的な対策に欠けている。
「懐疑論について」の回答:
特定の利害が背景に存在している場合や、自説をはじめ諸説が学問的に存在しているかのような印象を世に与えることを意図している場合が多い。

4. 今後に向けての課題と展望

上記および第2部の各パネラーの結語(省略)から、今後の課題と展望をまとめると:

  • 大震災によって、気候変動リスクに対しても想定外のリスクへの対応の重要性が増した。
  • 気候変動研究はその成果によりリスク科学に進化しつつある。
  • 徐々に進行する環境変化リスクには、緩和策と適応策の並行した対応が必要である。
  • 緩和策ではどのレベルに抑制するかの判断に資する科学的知見が求められている。
  • 対応可能なレベルでは適応策が有効であり、途上国が特に必要としている。
  • 回復不可能な環境変化リスクは回避すべきで、ティッピング・ポイントや、氷床融解などに関するさらなる研究が今後重要である。
  • リスク管理には科学的知見と社会的判断の融合が必要であり、研究者と政策決定者との真剣な対話が求められる。
  • 気候モデルの不確実性への取り組みとして、モデルの性能評価を進める必要がある。
  • 低炭素社会に向けたリスク管理を進めるには、観測と連携したモデル結果解析や予測の知見が重要であり、引き続き気候モデル開発・計算資源・人材育成が必要である。

5. おわりに

革新プロ公開シンポはこれまで、プログラムの意義を一般に理解していただくことを主目的としてきたが、最終年度の今回は5年間の成果を発信すると共に、ポスト革新プロには、どのような課題と展望があるかに向けた議論を行うことが意図された。新知見を中心とした講演にはインパクトがあり、AR5への反映を期待したい。パネルディスカッションでは、東日本大震災が、想定外のリスクを侮ってはいけないという意識の変化を社会に生じさせており、回復不可能な環境変化リスクにも焦点が当てられると共に、適応は必須であり、その上で、適応できる範囲に温室効果ガスの排出を抑制する緩和策が求められる時代に入っていることも再認識した。また、会場の質問は専門的なものから、素朴な疑問に至るまで幅広く、今後もアウトリーチ活動は重要と感じられた。

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