2012年10月号 [Vol.23 No.7] 通巻第263号 201210_263002

アジア・太平洋地域における低炭素で強靭な社会の構築に向けて 〜UNEP第5次地球環境概観(GEO-5)「第10章:アジア・太平洋地域」気候変動セクションの概要紹介〜

社会環境システム研究センター 持続可能社会システム研究室 特別研究員 朝山由美子

「地球環境概観(GEO)」は、国連環境計画(United Nations Environment Programme: UNEP)が国連総会からの委任を受けて、1997年より世界各国の研究機関等の協力を得て作成している地球環境問題の現状、傾向、および将来の展望を評価した報告書である。「第5次地球環境概観(5th Global Environment Outlook: GEO-5)[1]」は、世界各国のさまざまな分野や地域からの視点をもつ600人以上の専門家の知見が結集された報告書で、リオデジャネイロで開催された国連持続可能な開発会議(リオ+20)に先駆けて2012年6月6日に発表された[2]

国立環境研究所は1997年のGEO-1から今回のGEO-5まで、UNEPのパートナー機関としてアジア・太平洋地域の気候変動に関する執筆に携わるなど、世界各国の関係機関と協力しつつ報告書の作成に大きく貢献してきた。以下に、GEO-5、特に筆者が執筆に携わった「第10章:アジア・太平洋地域[3]」の気候変動セクションに関する概要を報告する。

1. GEO-5の概要

fig. GEO-5

GEO-5の表紙

GEO-5は、国際合意を得た環境分野の主要90目標の進捗状況を評価し[4]、3部構成でまとめている。第1部では、DPSIR分析フレームワーク[5]を用い、環境変化要因、大気、土地、生物多様性、水、化学物質と廃棄物分野における現状と傾向を検証し、地球をシステムとして捉えた視点を取り入れ、データを収集、分析、解釈していく力を強化していく必要性について取りまとめている。第2部では、地域別に優先的に取り組むべき環境課題を取り上げ、優先課題に対して現在実施されている政策オプションや、成功事例、関連する環境目標について、地域別(アフリカ、アジア・太平洋、ヨーロッパ、中南米・カリブ諸国、北米、および西アジア)に分析し解説している。第3部では、世界規模の対応をテーマに、「シナリオと持続可能性への転換」、および、「地球的対応」の章に分け、転換的変化とそれを実現する長期政策オプションの可能性を検討し、国際環境目標を達成させ、世界全体が持続可能な発展に向かうための具体的な提言を示している。GEO-5では、環境資源に依存する人々に対し負荷をかけることなく開発を進めていく方法も提示している。このような包括的な政策分析が行われたのは、第5次以前のGEOシリーズにはない新たな試みである。

2. GEO-5「第10章:アジア・太平洋地域」の気候変動セクションの概要

fig.

第10章アジア・太平洋地域の表紙

国際的に合意された環境目標を達成できるかは、世界の経済成長の原動力となっているアジア・太平洋地域において、調整された政策と行動を効果的に実施できるかどうかにかかっている。そこで、2010年9月に域内の政府機関とGEO-5の執筆に携わる専門家が集まって協議し、アジア・太平洋地域において重点的な分析が必要な五つの優先課題として、1) 気候変動、2) 生物多様性、3) 淡水、4) 化学物質と廃棄物、5) 環境ガバナンスが選択された。そのうち、気候変動は包括的な問題、環境ガバナンスは根幹的かつ分野横断的課題であると位置づけられた。本章においては、これら5分野において最も重要と考えられ、かつ、国際的に合意された環境目標を設定し、分野ごとに政策分析を行った。また、域内における優先政策を選択し、成功している政策事例、およびその汎用性についての紹介も行った。

気候変動問題に関しては、国際環境目標として、国連気候変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change: UNFCCC)の第3条パラグラフ1-3[6]が選択された。アジア・太平洋地域は世界で最も経済成長している地域であり、温室効果ガス排出量が、急速に増え続けている。現状の対策が続く場合のシナリオによると、世界のエネルギー起源の二酸化炭素(CO2)排出のうち、2030年には約45%が、2100年までには約60%がアジア・太平洋地域からになることが予想されている。しかし、域内は多様性に富んでおり、中国のようにCO2排出量世界一の国もあれば、太平洋島嶼国のように排出量が最も少ないにもかかわらず、気候変動による影響に最も脆弱な国々もある。中国やインドネシアをはじめとするこの地域のうち10カ国は、UNFCCCのもと、自主的に温室効果ガス削減目標を掲げ、途上国による適切な緩和行動(Nationally Appropriate Mitigation Action: NAMA)の策定など、気候変動問題に対処するための緩和策・適応策の計画・実施に対し、重要な一歩を踏み出している国々もあるが、低炭素で、気候変動に対し強靭な社会の構築に向けて、速やかにさらなる取り組みを実施していく必要がある。

UNFCCC第3条に記されている目標を達成させるためには、気候変動の原因を予測し、悪影響を阻止、もしくは最小限に抑えるなど、予防的手段を取らなければならないことから、さらなる分析を要する優先政策として、(1) クリーンエネルギー、(2) エネルギー効率、(3) 技術移転、および、その普及、(4) 気候変動対策実施のための金融政策、(5) 適応、(6) 適切な土地・森林管理の実施による炭素隔離を取り上げた。そして、短期・中期・長期的な視点から、どのようなことに取り組むべきか、また行動することによる、環境的・社会的・経済的便益とその制約を分析した。例えば、クリーンエネルギー政策に関することには、再生可能エネルギーや炭素隔離貯留技術の可能性も含まれる。また、クリーンエネルギー政策を適切に実施することで大気汚染が緩和され、人々の健康改善、採鉱や化石燃料採掘による環境悪化の防止、エネルギーの安全保障の改善、新たなグリーン雇用の発掘にもつながる。さらに、再生可能エネルギー技術と接続されたスマートグリッドを整備し、送電調整を行うことにより、安定的なエネルギー供給が可能になることに加え、各家庭や企業が各自使うエネルギーを自ら生み出し、その余剰電力を売るといった経済的便益も期待できるなど、多様な相乗効果がある。しかしながら、この地域においては、バイオ燃料と食糧生産が生物多様性に与える影響、短期的には消費者にとって高コストになるといった制約もあることから、関連する他の政策オプションと合わせて、適切に実施していく必要がある。域内で取り組まれているクリーンエネルギー政策の中の優良事例として、バングラデッシュの再生可能エネルギー技術プログラムや、モルジブの2019年までにCO2排出量と吸収量を同量にするカーボンニュートラルに向けた取り組み等を紹介した。

3. 結論

アジア・太平洋地域の各国は多様で、ガバナンスの構造も異なり、他国で成功した政策に別の国が取り組む際にはさまざまな課題に直面する。研究者としての役割は、そのような課題をさらに分析し、関係者や資源を活かしながら解決策を見出していくための研究をより一層深化させ、政策決定者等が、より明確な長期環境・開発目標を見据え、その実施に際しての、説明責任能力を高めていくことが可能となるような研究成果を提示することである。

GEO-5の結論においても、環境資源に対して十分な情報を得たうえで意思決定を行い、国際的に合意された目標達成に向けた進捗状況を的確に評価するためには、信頼できるデータが必要であることを指摘している。また、特に途上国において、環境情報の収集や、それらの分析をサポートする能力開発を強化する必要性が強調されている。筆者が所属する社会環境システム研究センターにおいては、環境省環境研究総合推進費S-6「アジア低炭素社会に向けた中長期政策オプションの立案・予測・評価手法の開発とその普及に関する総合的研究」[7]等を通じ、GEO-5の提言に資する研究、および、能力開発支援を進めている。低炭素で、気候変動に対しより強靭な社会を構築していくという目標を達成するために、引き続き研究活動に邁進していく次第である。

脚注

  1. GEO-5のすべてに関することは、​http://www.unep.org/geo/Index.asp​より参照されたい。
  2. 同じく6月6日に北京・ニューデリーにおいて、GEO-5全体、および、本章のお披露目会が行われた。国立環境研究所は、同日、UNEPや、他のGEO-5執筆パートナー機関と一丸となってGEO-5公開に関する記者発表を行った。また、7月24日には、横浜で開催された持続可能なアジア太平洋に関する国際フォーラム(ISAP2012)においてもお披露目会が行われた。​http://www.iges.or.jp/jp/pmo/activity201206geo5.html
  3. 本章の全文(英語)は、​http://www.unep.org/geo/pdfs/geo5/GEO5_report_C10.pdf​より参照されたい。また、本章のサマリーは、​http://www.unep.org/geo/pdfs/geo5/RS_AsiaPacific_en.pdf​より参照されたい。
  4. 全体概要については、​http://www.nies.go.jp/whatsnew/2012/20120607/20120607.html​を参照されたい。
  5. DPSIRとは、Driver, Pressures, State, Impacts, and Responsesの略で、要因、負荷、状態、影響、対策という枠組みに区分し、社会と環境の因果関係を分析し、環境の状況と傾向を評価する際に用いる分析ツールの一つである。詳細は、GEO-5イントロダクション​http://www.unep.org/geo/pdfs/geo5/GEO5_FrontMatter.pdf​(P19–20)を参照されたい。
  6. 第3条は原則について次の五つのことが記載されている。1. 共通ではあるが差異のある責任、2. 途上国への特別な状況への配慮、3. 予防的措置、4. 持続可能な開発、5. 持続可能な経済成長のための国際経済体制の推進。
  7. 本研究の概要については、​http://2050.nies.go.jp/s6/index_j.html​を参照されたい。なお、本研究プロジェクトは、10月30日に、東京・霞が関のイイノホール&カンファレンスセンターで「アジア低炭素発展への道」と題したシンポジウムを開催する。詳細は、​http://2050.nies.go.jp/sympo/121030/​を参照されたい。

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