2012年11月号 [Vol.23 No.8] 通巻第264号 201211_264004

地球環境モニタリングステーション波照間20周年 2 観測成果1:大気中酸素濃度の観測に基づくグローバルな炭素収支

地球環境研究センター 主席研究員 遠嶋康徳

1. はじめに

私と波照間ステーションとのかかわりは今から18年前に国立環境研究所(以下、国環研)に赴任したときにさかのぼります。国環研での最初の仕事として波照間における大気中の亜酸化窒素濃度の連続観測を任され、自動分析システムの開発に取り組んだのが始まりです。そして、ほとんど手作りでバラック同然の装置を波照間ステーションに設置し、1996年3月から観測を開始しました。その後、メタンや一酸化炭素の観測も担当し、以後観測を継続してきました。また、この後で詳しく述べますが、大気中の酸素(O2)濃度の変化を調べるための大気試料のサンプリングもこの波照間島で最初に実施しました。このように、波照間は私の研究にとってホームグラウンド的な存在です。モニタリングというと、一見地味で根気ばかりが必要で退屈な仕事と思われがちですが(実際にそういう側面も多々あるのですが)、観測結果を用いていくつかの研究をまとめることもできました。また、最近では波照間のデータの価値も認められ、世界中のモデル研究にもこのデータが使われるようになっています。以下では、これまでの研究成果の中から、O2濃度の観測に基づくグローバルな炭素収支について紹介します。

2. 波照間における大気中酸素濃度の観測

まずは論より証拠、波照間で観測された大気中の二酸化炭素(CO2)とO2の月平均濃度の変化を見てみましょう(図1)。よく知られているように、現代社会は大量の化石燃料から得られるエネルギーに依存しているため、化石燃料の燃焼から排出されるCO2によってその大気中濃度が増加しています。一方、CO2とは反対に大気中のO2濃度は減り続けていることがわかります。これは、考えてみれば当然のことで、化石燃料の燃焼の際には同時にO2が消費されることが最大の原因です。また、図1を詳しく見ると、CO2とO2に見られる季節変化(1年ごとに繰り返される波打つような変化)がちょうど逆の形になっていることがわかります。このような季節変化は光合成と呼吸のバランスで決まります(光合成ではCO2と水から有機物とO2が作られ、呼吸ではこの逆の反応が起こることを思い出してください)。つまり、春から夏にかけて光合成が呼吸を上回り、秋から冬にかけて呼吸が光合成を上回ることで、観測されるような季節変動が生じるのです。このように見てくると、大気中のCO2とO2の濃度変動には非常に密接な関係があることがわかります。そして、このような密接な関係があることで、CO2とO2の観測から地球表層を循環する炭素の行方についての情報を得ることができるのです。

fig. 月平均値と年平均値の経年変化

図1波照間モニタリングステーションで観測された大気中(左)CO2および(右)O2濃度の月平均値と年平均値の経年変化。O2濃度はある基準からの変化としてプロットされている

3. グローバルな炭素循環

数百年程度の時間スケールを考えるとき、CO2の貯蔵場所となりうるものは、大気と海洋、そして陸上生物圏の三つです。海はCO2を主に炭酸として吸収することができますし、陸上生物圏はCO2を有機物として蓄積することができます。なお、CO2は貯蔵場所によって化学形態を変えるため、炭素元素の循環(炭素循環)としてこのような循環を表記します。化石燃料の燃焼で放出されたCO2は大気中に蓄積しますが、大気中の蓄積量は放出量のおよそ60%程度でしかないことがわかっています。したがって、残りの40%は海洋と陸上生物圏が吸収したと考えられます。

ところで、1980年代当時の理解では炭素収支に大きな謎がありました。当時の化石燃料の消費によるCO2の年間排出量は5.5Gt-C[1]で、大気中に蓄積しているCO2は年間3.3Gt-Cでした。海洋学者は海の吸収量は年間2.0Gt-C程度であると主張していました。一方、森林の専門家は、主に熱帯域の森林伐採によって年間1.6Gt-C程度のCO2が大気に排出され、北半球中・高緯度の森林が吸収できるCO2は年間たかだか0.5Gt-C程度であると主張していました。これらをまとめてみるとどうなるでしょうか? 大気中に排出されるCO2の総量は年間7.1 (5.5 + 1.6) Gt-Cで、吸収量と蓄積量を合わせても年間5.8 (3.3 + 2.0 + 0.5) Gt-Cにしかならず、年間1.3Gt-Cが行方不明ということになります。これが、古生物学用語の「ミッシングリンク」をもじって「ミッシングシンク」と呼ばれた問題です。

4. 大気酸素に基づく炭素収支の解明

さて、この「ミッシングシンク」問題に対して有力な回答を与えた研究が、大気中のO2濃度の変化に基づく炭素収支の解明です。では、どうするのか? ヒントは、燃焼や光合成・呼吸ではCO2とO2の交換が必ず起こることにあります。細かな説明は省きますが、全世界を平均すると化石燃料の燃焼の際には排出されるCO2の約1.4倍のモル数のO2が消費されます。光合成・呼吸では1モルのCO2に対して1.1モルのO2が交換します。一方、海洋はCO2を吸収しますがO2に対しては吸収源にも放出源にもならないと考えられます(実際は、地球温暖化の影響で海洋の温度が上昇し、溶解度が低下すること等の影響で、海洋はO2の放出源になっている可能性があるのですが、ここでは無視します)。化石燃料の消費量は比較的正確な統計があるので、そのデータから化石燃料の燃焼によるO2の消費量が計算できます。もし、観測される大気中のO2濃度が化石燃料消費量から計算されるほど減っていなければ、陸上植物がO2を放出した、つまりCO2を吸収したことを意味します。逆に、大気中のO2濃度の減少量が化石燃料の消費から計算される減少量を上回っていれば、陸上植物もO2を吸収した、つまりCO2を放出したことになるのです。

大気中のO2から炭素収支を明らかにするというアイデアを最初に実現したのは、米国スクリップス研究所のラルフ・キーリング博士で、1992年のことでした。大気中のO2濃度の減少量は年間せいぜい4ppm程度でしかなく、大気中のO2濃度21%(= 210,000ppm)と比べると5万分の1という非常に微小な変化であるため長い間検出するのは不可能と考えられていました。彼は、高精度の分析手法を独自に開発し、実際に大気中のO2濃度が減少する様子を観測することに成功したのです。かくいう私も、キーリング博士の研究に触発されて、ガスクロマトグラフという装置を用いたO2濃度の分析方法を独自に開発し、波照間島において大気試料の採取を1997年7月から開始しました。夏から冬にかけて大気中のO2濃度が減少する様子を検出できたときは、非常に興奮したことを今でも覚えています。

5. 波照間の観測に基づく炭素収支

それでは、波照間での観測結果から炭素収支を求めるとどうなるのでしょうか? それをわかりやすく図解したものが図2になります(なお、図では波照間だけでなく、落石モニタリングステーションでの観測結果も加えた解析結果になっています)。図の横軸はCO2濃度の変化を、縦軸はO2濃度の変化を示しています。1999年から2011年までの12年間に観測されたCO2およびO2濃度の変化を黒四角で、また、化石燃料の消費統計から計算されるCO2とO2濃度の変化を赤矢印で示してあります。CO2濃度の増加量が化石燃料起源排出量よりも少ないことは最初に述べたとおりですが、O2濃度の減少量も化石燃料の燃焼から計算される減少量よりも少なくなっています。このことは、陸上生物圏がCO2を吸収しO2を放出したことを意味しています。海洋および陸上生物圏の吸収量は図2の赤矢印の終点と2011年の観測結果を、海洋の吸収と陸上生物圏の吸収を表わす二つの矢印(図中の青と緑の矢印)で結ぶことで求めることができます。過去12年間の炭素収支をきちんと計算すると[2]、年間7.9Gt-Cで放出される化石燃料起源CO2の55%が大気に蓄積し、約25%が海に、約20%が陸上生物圏に吸収されていると推定されました。

fig. 観測結果に基づく炭素収支計算結果

図21999年から2011年の12年間に波照間および落石モニタリングステーションで観測された大気中CO2およびO2濃度の観測結果に基づく炭素収支計算結果。図中の数字は炭素に換算した年間の増加・吸収量(単位Gt-C)を表す。CO2およびO2濃度は1999年からの変化としてプロットされている

陸上生物圏は森林破壊等によってCO2を排出しながらも、全体としては森林成長等によって正味の吸収源となっていることがわかります。このように、海洋だけでなく陸上生物圏も吸収源として働くことで、大気中のCO2増加速度にブレーキがかかっているのです。しかし、今後もこのような吸収が続くという保証はなく、海洋・陸上生物圏それぞれの吸収量がどのように変化するかということは、将来の大気中CO2濃度を予測する上で非常に重要な問題となっています。われわれは波照間での観測を継続し、炭素循環の推移を見守ってゆく必要があると考えています。

脚注

  1. 単位「Gt-C」は炭素(C)に換算した重さで10億トンを意味する。
  2. 海水温上昇に伴う海洋からのO2の放出量の推定値を用いた補正をしている。

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