2012年12月号 [Vol.23 No.9] 通巻第265号 201212_265002

東南アジア熱帯林の多様性と気候変動に関する国際シンポジウム総括報告

生物・生態系環境研究センター 環境ストレス機構解明研究室 主任研究員 唐艶鴻

国立環境研究所と広島大学の共催による「東南アジア熱帯林の多様性と気候変動に関する国際シンポジウム」が2012年9月25日と26日に東京で開催されました。このシンポジウムの目的は、東南アジア熱帯林を対象として、気候変動に関する温室効果ガスの観測的研究をはじめ、気候変動の緩和・適応、生物多様性保全、生態系の持続的利用などについての研究の最新動向に関する情報を共有するとともに、東南アジア熱帯林に関する今後の研究展開の方向性について議論を行うことです。

冒頭、国立環境研究所地球環境研究センターの笹野泰弘センター長が座長を務め、国立環境研究所大垣眞一郎理事長、広島大学青山恵子副理事(岡本哲治副学長の代理)と環境省三好信俊審議官による挨拶がありました。大垣眞一郎理事長は、過去20年以上国立環境研究所がマレーシアで展開してきた熱帯林研究に触れ、今後熱帯林を含め東南アジア熱帯地域のさまざまな環境問題に対する一層の関心と取り組みへの意欲を表明しました。その後、国立環境研究所地球環境研究センターの向井人史副センター長、広島大学奥田敏統教授、マレーシア森林研究所Ismail Bin Harun部長がそれぞれの研究機関または大学で行われている熱帯林の生物多様性と気候変動に関する研究について簡単な説明を行いました。

次に全体会議における研究発表として、東南アジア熱帯林研究の第一人者ともいえるシンガポール国立大学のRichard Corlett教授(現在シーサンバンナ熱帯植物園所属)による「低地熱帯林に及ぼす温暖化の影響」に関する総括講演が行われました。これまでの研究から、熱帯地域は他の地域より温暖化の速度は遅く、降水量の変化は全体的に大きくないこと、また、温帯地域と比べ熱帯地域の気温の時間変動(年内、年々変動)は小さく、最高気温は温帯地域より低いことも指摘されました。一方、熱帯環境に適応した生物は耐熱性が低く温度変化に対する応答能力も弱いことに注目する必要があります。熱帯地域の降水量は生物多様性との関連性が高く、乾期が長くなると生物多様性が低下することにも注目すべきだと強調しました。しかし、東南アジア熱帯林全体において、気候変動にともない熱帯地域の生物多様性がどう変わるかについては、今の知見では推測する以外にありません。

そもそも東南アジア熱帯林の生物多様性については、現状さえ十分に把握されていません。九州大学の矢原徹一教授は、このような背景を踏まえて、熱帯林の植物多様性の現状を把握するための研究について、「アジア熱帯林の植物多様性評価における三つのアプローチ」と題した講演をされました。三つのアプローチとは、(1) 植物種が存在するかどうかを判定するための「さく葉標本(植物を保存するための押し葉標本を調べる方法)アプローチ」、(2) どれだけの種がどれだけの量存在するかという、量の豊富さを示す「プロット・ベース・アプローチ」、そして (3) さらに広い範囲にわたる植物種の分布や局地環境(例えば標高など)と多様性の関係などの解析も視野に入れる「トランセクト・ベース・アプローチ」です。それぞれの方法では植物多様性の一面しか見えないのですが、三つのアプローチを合わせると東南アジア熱帯林のきわめて豊富かつ謎の多い植物多様性を的確に把握できることが期待されています。

photo. 矢原徹一教授による講演

会場の風景(9月25日午前、矢原徹一教授による講演)

東南アジア熱帯林の生物多様性の現状は十分に把握されていませんが、この多様性の宝庫が消滅の危機に直面していることは確実です。主に森林伐採や土地利用の変化によって東南アジアの熱帯林は急速に減少しています。熱帯林の減少によって炭素蓄積量や蓄積速度の低下だけではなく、生物多様性も大きく低下することが予想されます。最後の総括講演は、米国フロリダ大学のFrancis Putz教授による「熱帯林科学者は如何に保全に貢献するか」でした。教授は、森林管理学と生態学の観点から、林業の持続的発展と炭素蓄積の維持・生物多様性の保全にも貢献できる、伝統的な森林伐採方法から改良した伐採法への転換の試みを紹介しました。

上記の三つの総括講演を受けて、引き続き気候変動、生物多様性と適応緩和に関する三つのセッション講演が行われました。セッション1の「温室効果ガスの排出と生態系劣化の現状」では、マレーシアのパソ自然保護林での温室効果ガスの現地観測報告や、モデルによる炭素循環の敏感性解析など、東南アジア熱帯林の温室効果ガスの収支現状に関する講演が行われました。続いてセッション2「東南アジア熱帯林の生物多様性と生物多様性の保全」では、東南アジア熱帯林の生物多様性の現状調査、評価、そして多様性保全の取り組みに関する話題が中心となりました。26日の「気候変動の緩和と適応」と題するセッション3では、いかに気候変動の緩和と適応に取り組むかについて、生態学的・林学的・社会学的な視点から現地の研究事例を中心にした講演が行われました。最後の総合討論では、今回のシンポジウムの提案者である筆者が、今後の東南アジア熱帯林の研究展開については、気候変動、人為的な活動、そして生物・生態系の応答との三者間の複合的な影響に注目すべきであるとの見解を述べました。広島大学の奥田敏統教授は、気候変動に関する発表内容を纏め、気候変動の緩和・適応および生物多様性保全の推進に関する総合討論を進め、二日間のシンポジウムを締めくくりました。

二日間のシンポジウムには、国内外から96名(うち、海外から9名、一般参加者は57名)の参会者がありました。国外の講演者は、アメリカやスイスの他、東南アジアのインドネシア、タイ、マレーシア、シンガポールからでした。今回のシンポジウムは研究機関の現状紹介を含め計21の講演があり、16件のポスター発表がありました。これらの発表を通じて会場内外で非常に活発な研究交流が行われました。また、25日の懇親会は43名の参加者があり、国立環境研究所企画部国際室清水英幸室長の司会で、生物・生態系環境研究センター高村典子センター長、笹野センター長、マレーシアFRIMのSaw部長そして奥田教授のスピーチがあり、各国の研究者らによる活発な交流で盛り上がりました。

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