2013年2月号 [Vol.23 No.11] 通巻第267号 201302_267005

気候変動適応社会へ、地域からの変革を目指して 〜気候変動適応シンポジウム報告〜

社会環境システム研究センター長 原澤英夫

1. はじめに

平成24年11月15日(金)に、法政大学市ヶ谷キャンパススカイホールにおいて、気候変動適応シンポジウムが開催された。本シンポジウムは、環境省環境研究総合推進費の戦略課題である「S-8 温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究」(以下、S-8戦略プロジェクト)の一環として開催されたもので、気候変動影響に関する最新の研究成果を概観するとともに、今後の地域・自治体における影響と適応研究、および適応策の一層の促進に資するため、研究成果やノウハウの共有と情報交換を行うことを目的としている。以下シンポジウムの概要について報告する。なお、S-8戦略プロジェクトは、三つのサブ課題からなる。サブ課題1は全国規模の影響評価(全国影響班)、サブ課題2は地域・自治体における影響や適応策(自治体班)、そしてサブ課題3はアジア地域における温暖化影響への適応策(国際班)を研究対象としており、多数の研究者・行政担当者が参画している。

2. 第1部:地域適応策を取り巻く政策と研究の紹介

シンポジウムは3部構成で、午前・午後を通して発表と討議が行われた。第1部は、法政大学の田中充教授、環境省辻原研究調査室長の挨拶の後、課題代表者である茨城大学の三村信男教授から2年半を経過したS-8戦略プロジェクトの目的とこれまでの成果等が紹介された。続いて、原澤が国内外の影響・適応の現状と今後の方向について、茨城大学の安原一哉名誉教授が、適応の必要性と意義を中心に、この1年間検討してきた適応の考え方(哲学)と戦略について報告した。気候変動分野では、「適応」については大概の場合IPCC報告書の定義が引用されるが、日本の状況を踏まえた適応の類型や対応など、今後日本で適応政策や戦略を検討する際の基本的考え方を提示する重要な報告であった。参考までに、提示されたわが国における適応の考え方(適応策のタイプとレベル)の図を示した。第1部最後に、法政大学白井信雄特任教授が、平成24年7月に公表した地域・自治体で影響、適応策を検討する場合の適応策ガイドライン第一版[注]について報告した。研究レベルでは、影響や適応策の検討が進んでいるが、地方自治体で影響評価や適応策を実施する上では、種々に障害がある。その一つに、影響・適応評価の手順や具体的な評価方法などの知見や情報が欠如していることが挙げられる。本ガイドラインはそうした障害を克服し、自治体の行政担当者や地方環境研の研究者が影響評価と適応策の立案ができるよう作成したものである。

fig.

適応策のタイプとレベル(安原一哉先生発表資料より引用)

質疑応答では、適応策ガイドラインで取り上げられている影響の評点づけの根拠、英国と日本の適応への取り組みの違いなどの質問がなされ、発表者が回答した。

3. 第2部:地域における温暖化影響研究・適応策の事例報告

第2部は、自治体班が進めている地域・自治体レベルでの影響、適応策のケーススタディについて、長野県、九州地方・熊本県、埼玉県、東京都のプロジェクト参画者からの報告とともに、電力中央研究所馬場健司上席研究員より気候変動リスクと適応策をめぐるステークホルダー会議、中部大学福井弘道教授より市民参加型モニタリングとリスクコミュニケーションの情報プラットフォームについて研究事例が報告された。主要な質疑応答は以下のとおりである。

自治体が現在緩和策に熱心に取り組んでいる要因がわかれば、適応策に取り組むきっかけになるのではないか?の問いに対しては、国レベルでの動きをふまえた自治体トップの意識の変化、世論(市民の声)の高まり、IPCC報告書の科学的根拠の普及などが、熱心に取り組むきっかけとなるなどの見解が示された。また、国レベルでは関連省庁の巻き込み、自治体レベルでは庁内で検討会を立ち上げるなど積極的なコミュニケーションや横(関係省庁・関係部局間)の展開をはかることが必要である、との認識が示された。また、県における市町村との連携は?の問いに対しては、基礎自治体で温暖化対策部局をもっているところは限られるので、総合政策としての位置付けが必要であること、また、適応策とは何かを認識してもらうことの必要性が強調された。

4. 第3部:気候変動影響・適応策の実装における科学と政策の溝を越えるために

各影響分野の研究者から、最新の研究成果について紹介があった後に、影響研究と適応政策との関係などについて、パネル討論が行われた。

最後に、本シンポジウムオーガナイザーの法政大学田中充教授より、とりまとめの報告が行われた。以下はその概要である。

  • (1) 研究、行政、一般市民の間をつなぐ必要がある。研究では、基礎・応用・政策研究などの段階があるが、S-8戦略プロジェクトでは一気に行おうという難しさがある。研究側でも縦割り、セクターの壁をどう突破するかが課題である。
  • (2) 研究の成果をいかにわかりやすく伝えるか、情報提供のあり方も鍵である。行政は適応をどの部局で受けるか模索段階である。当面環境部局が担っているが、地域の事業継続計画(Business Continuity Plan: BCP)という観点からは、気候変動リスク対応計画など地域として分野横断的、トータルに考えていく必要がある。
  • (3) 市民にどう伝えるか、温暖化が進行していくなかで、将来の社会像の共有、適応社会をどうイメージするか、今後多様な主体で議論していく必要がある。

5. おわりに

東日本大震災・原発事故後、温暖化問題に対する人々の関心が相対的に低くなっている、といった危機感を何人かの発表者が触れていた。一方国内外で発生して、多大な被害をもたらしている異常気象は発生頻度と規模が増加しており、今のまま温室効果ガスの排出を続けると今後温暖化が加速してさまざまな分野に深刻な影響がもたらされるとの予測をふまえれば、温室効果ガスの排出削減、人間活動や社会の低炭素化を早く進める必要がある。しかし、気温の将来安定化は、現段階ではなかなか困難な状況であり、世界各地で温暖化影響の顕在化が危惧される。適応策は、そうした深刻な影響を低減させ、人々の命を守れるかどうか、いかにすれば緩和策と適応策を組み合せた効率的・効果的な対策の立案・実施ができるかどうか、S-8戦略プロジェクトとしても、今後検討すべき課題があることを実感させられたシンポジウムであった。また、人々はより安全・安心な社会を以前にもまして求めており、中長期ではさらに深刻になると予測される温暖化影響を極力避けることができる、気候変動適応も考慮した低炭素社会の将来像とその実現に向けた具体的なロードマップを、研究者、行政、国民が一体となって検討すべき時にきているようだ。

脚注

  • 適応策ガイドライン〜適応策の検討手順とまとめ方〜については、​http://www.adapt-forum.jp/tool/index.html​を参照してください。

目次:2013年2月号 [Vol.23 No.11] 通巻第267号

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