2013年7月号 [Vol.24 No.4] 通巻第272号 201307_272003

Negative Emissions workshop報告 —負の二酸化炭素排出の可能性をさぐる—

  • 地球環境研究センター 特別研究員 加藤悦史
  • 地球環境研究センター 主席研究員 山形与志樹

1. はじめに

近年の化石燃料利用による人為的二酸化炭素排出量は、IPCC第5次評価報告書に用いられるシナリオのうち、最も排出が多くなるシナリオで描かれた2005年から2012年の排出量に沿う形になっていると、グローバルカーボンプロジェクト(GCP[注])による最新の研究が明らかにしています。このような状況下で産業化以前からの平均気温上昇を2℃などの安全なレベルに抑えるためには、2020年までに排出のピークを抑え、21世紀の終わりまでには化石燃料による二酸化炭素排出を正味で負にする、すなわち大気中の二酸化炭素を何らかの技術等で取り除く必要性が指摘されています。この「負の排出」の可能性についての科学的・政策的関心が高まっているなか、今年の4月15–17日に「負の排出と炭素循環(Negative Emissions and the Carbon Cycle)」と題されたワークショップが、GCPと国際応用システム分析研究所(IIASA)の共催でオーストリアのIIASAにおいて開かれました。

photo. 全体集合写真

ワークショップ参加者の全体集合写真

2. ワークショップの目的

2℃目標を達成するための解析に用いられる社会経済シナリオの多くにおいて、大規模なバイオマス燃料の利用とそれに伴う炭素回収貯留(Bioenergy with Carbon Capture and Storage: BECCS、以下ではバイオマスCCS)が必要不可欠な形で仮定されています。バイオマスCCSは、植物が光合成によって生産した炭水化物を元にしたバイオマス燃料を利用しつつ、利用時に発生する二酸化炭素を回収・貯留することによって、結果的に二酸化炭素収支を負とするエネルギー利用の技術です。他にも、現時点ではバイオマスCCSに比べてコスト的に見合わないと見積もられていますが、21世紀末には大気中から化学的に直接二酸化炭素を回収するといった方法も、シナリオによっては採用されています。しかしながら、これら負の排出技術とその帰結に関して、自然システムにおける炭素循環の観点から科学的に持続可能性の検討を行う、つまり、以下のような疑問点に答えることが必要です。(1) 人為的な排出の増加と減少に対して地球の炭素循環は時間に対して対称的に応答するのだろうか? (2) 削減目標達成のために必要な負の排出量には生物物理的な限界が存在するのではないだろうか? (3) シナリオで仮定されている事柄にまだ抜けている点があるのではないだろうか? (4) 負の排出を行うことによる、食料、水、エネルギーの連関はどうなるのか?

photo. コーヒーブレイク

コーヒーブレイク中の議論(手前右が加藤)

3. ワークショップの詳細

今回のワークショップでは、負の排出と炭素循環という大きなテーマのもと、まずは以下の四つのセッションに分かれ各研究者の発表が行われました。

  • 1) 2℃などの安定化目標を達成するためにはどれだけの負の排出が必要であるか。
  • 2) 負の排出が、気候変化と関わりつつ炭素循環へどういった影響を及ぼすのか。またその長期的な応答はどうなるのか。
  • 3) 土地利用、水資源、生態系などさまざまな自然制約や潜在的な可能性を考慮した中で、どれだけ負の排出が可能なのか。
  • 4) 負の排出の持続可能性、炭素回収貯留(Carbon Capture and Storage: CCS)に伴う問題点は何か。

筆者らはセッション3と4において、生物物理的な制約を考慮したバイオマス燃料作物の生育可能性、バイオマスの運搬利用にかかわる社会経済的制約などを空間詳細に検討を行った場合での、バイオマスCCSによる負の排出のポテンシャルについて発表を行いました。これらすべてのセッションにおいて、分野横断的な発表、議論が繰り広げられました。実際、負の排出という比較的新しい概念には、こうした分野横断的な議論が非常に重要であると感じます。個々の発表に対する議論としては、(1) 社会経済シナリオ内でのエネルギー利用、(2) 負の排出技術利用のコストなどの前提についての疑問点や妥当性、(3) 必要な削減量とその方法論、(4) バイオマス燃料のエネルギー利用方法におけるオプションと効率、(5) 大気中の二酸化炭素を削減した場合の長期的な地球システムの応答、(6) 陸域生態系を利用した場合の潜在的削減ポテンシャル、(7) CCSにおける漏洩の問題、など多岐にわたりました。

全体的な議論として、負の排出技術の利用がビジネスモデルとして成り立つのか、つまり経済的なインセンティブをどうするのか、炭素税の役割など、政策的・社会的な議論も繰り広げられました。これらの全体議論の中の興味深い観点として、今後の排出削減率とバイオマスCCSなどの負の排出技術の利用可能性との関係が挙げられます。つまり、もし負の排出技術が長期的に実現可能であれば近い将来の削減が後回しにされてしまうのではないのか、しかし削減が後回しになった場合、気温上昇目標を超えるオーバーシュートからの負の排出技術を利用した回復に、炭素循環の観点から非常に時間がかかる可能性があるのではないかといった点(非対称性)です。また長期的に平均気温の回復が得られたとしても、空間的には以前の気候に必ず戻るわけではないという問題点もあります。これらに関して、気候変動のリスク管理研究を進める上で不確実性を含めた検討を注意深く行う必要性を感じました。

会議の終盤では、前半になされた発表、議論に基づきグループによる議論が進められ、文書化する方向でワークショップの閉会となりました。

photo. ワーキンググループ

グループディスカッション後の各ワーキンググループ代表者による説明の様子

4. おわりに

今回紹介した負の排出技術の議論では、単に大気中二酸化炭素削減にとどまらず、エネルギー利用や他のコベネフィット、相乗効果といった面を前向きに捉えるべきとの指摘がありました。しかし、例えばバイオマスCCSについては、バイオマス燃料の利用、CCSの利用ともこれまで利用に伴うコストやリスクについて多く論争がなされてきたトピックと関連し、慎重な議論が必要であるように感じます。さらに負の排出の実現には、政策的、社会的認識とそれを支える経済的枠組みも重要となります。今回のワークショップでの多面的な議論は、環境省環境研究総合推進費戦略的研究開発プロジェクトS-10「地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究」の研究を進める上で、非常に意義深く、示唆をもたらすものであったと言えます。

脚注

  • グローバルカーボンプロジェクト(GCP)は、地球環境変動にかかわる国際研究計画(IGBP、IHDP、WCRP、DIVERSITAS)の連携による「地球システム科学パートナーシップ(ESSP)」がスポンサーとなり2001年に発足した国際研究計画です。グローバルな炭素循環にかかわる自然と人間の両方の側面とその相互作用について、自然科学と社会科学を融合した分析を実施し、国際的な炭素循環管理政策の策定に役立つ科学的理解を深めることを目的として国際共同研究を推進しています。現在、(独)国立環境研究所と豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO)に国際オフィスが設置されています。

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