2014年7月号 [Vol.25 No.4] 通巻第284号 201407_284002

気候政策の背骨を示す一枚の図:厳しい自然の論理

  • 地球環境戦略研究機関 研究顧問 西岡秀三

IPCC第5次評価報告書のたった一枚の図が気候安定化政策のすべてを表している。

1. 産業化以前の排出量に戻すしかない

今、科学が政策担当者や市民に伝えるべき一番重要なことは、「厳しい自然の論理」である。気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)第1作業部会が示した図1(SPM-10)は、「二酸化炭素累積排出量と地球平均表面温度はほぼ線形の関係にある」とさらっと説明されている。これが「何度上昇で止めるにしても、究極には温室効果ガス排出をほぼゼロにした低炭素世界をつくらなければならない」ことを意味しているとは、すぐには考えが及ばない。

figure

図11870年かからの二酸化炭素排出累積量と地球平均表面温度はほぼ線形の関係がある (IPCC第5次評価報告書SPM-10より)[クリックで拡大]

けれどもいま、ほんの少し温室効果ガスを出しても、そのほぼ半分はすぐには海洋や森林に吸収されずに大気中に残る。二酸化炭素などは大気中に100年近くも消えないでいるから、これまで出してきた分がたまりたまっていて、今排出したうちで吸収されない分がそれに加わりどんどん増えてゆく。温暖化の理論からは、大気中濃度が高まれば高まるほど温度は上がる。言ってみればどこかの国の財政や我が家の家計みたいなもので、毎年の支出(排出)をその時の税収や給料(吸収)で補えなくて、借金積み残し(残留温室効果ガス)を毎年続けていると、借金分に応じた利子払い(温度上昇)でやがては破産する(危険な気候変化直面)という図式である。とすると、わずかでも排出を続けると濃度が上がる一方だし、それに応じて温度も上がる一方だ。これを示すのが、「線形の関係にある」という記述である。もうこれ以上の温度には耐えきれないというところに来たならば、もうほとんど出してはダメということになる。

これはまことに厳しい自然の論理である。自然は結局「地中から化石燃料を掘り出し使うなど、自然本来の時間にあわさないで生きる人類という生物は、平清盛のように『あっち死』してもしょうがない」、「気候を安定したかったら、追加的な二酸化炭素は出すな」と言っているかのようである。ゼロエミッションでどうやってゆけるのか、途方に暮れるけれど、この図の示すところはまことに論理的である。

1990年の第1次評価報告書では気候変化予測に関しての理解不足解消のため詰めねばならない課題の第一に、「温室効果気体の発生及び吸収」を挙げている。IPCCが始まってから4半世紀、その間科学者は排出された二酸化炭素の行方を、海に潜り、衛星をうちあげ、飛行機を飛ばし、森林に分け入り一生懸命探してきた。そしていま、グラフに集約して得られた自然の論理は、まことに厳しいものであった。

2. 残り時間はもう少ししかない

科学が次にこの図から伝えるのは「モタモタしていたら間に合わないよ」、「今のままでは30年したら避けようと合意している危険なレベルに入ってしまう」ということである。図1の説明記述には、「人為的な二酸化炭素の排出のみによる温暖化を66%の確率で2°C未満に抑えるには、すべての人為的発生源からの二酸化炭素排出累積量を…(中略)、約790GtC(2900GtCO2)に減少する必要がある。2011年までに530 [446〜585] GtC(中略)の二酸化炭素が既に排出された。」とある。

これを普通人の言葉で言えば、「気候変動枠組条約交渉でこれ以上は上げないようにしようといっている2°C以下に安定化したいのだったら、人間が出していい二酸化炭素の量は全部で790なんだけど、もうこれまで515も出してしまったから、残り今から出せるのは275しかないよ」ということのようである。それでは今、年間どれだけ出しているのかと聞けば、なんと9.9だという。それでは今の排出を続けると、275 ÷ 9.9 ≒ 28年でおしまいという計算になる。対策を何もしなければ今後の排出が今のレベルでは収まらず増えるから、28年どころか20年もすれば2°C制限になってしまう。

前の段での議論に従えば、2°Cに止めるには、早ければ20年後には排出をほぼゼロにしなければならない。

「2°Cにとどめたいなら、先祖と現世代が放蕩して275しか残してくれなかった財布の中身(排出許容総量)を、これからは毎年ケチケチ使いながら生き延びて、その間に何とかゼロエミッションの社会へと変えてゆくのが今世代の大仕事」というのが図説明の帰結なのである。

グラフで読んでもらうとすぐわかるが、3°Cでもかまわないかとしても排出許容総量は1250、使ってしまった分515を引いて、今の排出を継続とすると、約74年、汗かきながら孫の時代までの仕事となる。

3. ケチケチ使いの道筋

それではどうケチケチ使ってゆけば何とかゼロエミッション社会にたどりつけるのか。これを論じたのは、第3作業部会報告図SPM.4、表SPM1である(略)。その説明には「人為的温室効果ガス排出で起こされた温度変化を産業化以前から2°C上昇以下にとどめることのできる緩和シナリオ(シナリオについては、地球環境豆知識参照)は、2100年における温室効果ガス大気濃度をおおむね二酸化炭素換算約450ppmとするようなものである可能性が高い。」とある。

figure

図2産業化以前からの温度上昇を2度以下に抑える排出の道筋 = RCP2.6。2050年排出量を世界で半減 (出典:IPCC AR5 WG3 SPM.4、参考:World Bank: Turn Down the Heat - Why a 4°C Warmer World Must be Avoided [2012]) [クリックで拡大]

表からそれに対応するのはRCP2.6(代表的濃度経路 Representative Concentration Pathway: RCP[注])のシナリオあたりだと見当をつけ黒太線をたどってみると2000年の世界温室効果ガス排出量40GtCO2(換算)から始まり、2050年には20GtCO2、2100年には0.15GtCO2あたりまで減らすグラフになっている。これでゆくのなら、2020年には下げ始め、2050年半減、世紀末にはほぼゼロエミッション社会にするのが、可能性のある道筋、財布の中身のケチケチ出し方であると示している。

なるほどこれは2007年ハイリゲンダムG8サミットで 当時の安倍首相が提案した「美しい星50」の2050年世界半減提案を裏打ちするものであり、今の気候変動枠組み条約のもとで議論しているシナリオを裏打ちしているのだということがわかる。

4. 日本の80%削減目標との関係は?

これから先はIPCC報告書に書かれた事ではないが、上記から容易に導き出される日本政策への意味である。

すなわち現在の排出量は約40GtCO2とわかっているから、半減にした2050年の世界の排出総量は20GtCO2と決まる。2050年には今の経済発展国の多くは今の先進国並みになっていて「差異ある責任」論議も出来ないとすると、人口等分はまあまあ妥当であろうから、これをそのころの世界人口100億人で等分するならば、一人当たり2トンとなる。2010年の一人当たり排出量は日本9トン、アメリカ17トン、中国5.6トン、インド1.4トンであるから、この2トンの意味は世界のどの国にとっても深刻である。ほとんどの大国は、削減しながら低炭素社会に転換してゆかねばならない。削減に向けての技術競争が始まる。日本は人口の減少で9700万人とすると、国としての割り当ては1.94億トン、1990年排出量12.6億トンの85%減となる。なお日本の2050年削減目標は、今から80%削減と第4次環境基本計画に定められている。80%を2050年までの年数で割れば、10年に22%減らすのが目途になる。

以上は2°C抑制の場合であるが、たとえば3°Cあたりにおさえるとすれば、先の図でRCP4.5-6.0のグラフでみて2050年排出量は世界で約55GtCO2、日本排出許容量は5.3GtCO2、約60%削減となるから、やるべきことは2°C目標の時とそんなに変わらない。

これだけ気候政策の背骨が科学で裏打ちされているのだから、あとは2015年(COP21)の新しい国際制度の合意とその各国での実行あるのみである。すぐに行動すればそれだけ安定化しやすいし、打つ手や技術は第3作業部会報告書にびっしり書きこまれている。

脚注

  • IPCC (2013) 気候変動2013:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(気象庁訳)http://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar5/ipcc_ar5_wg1_spm_jpn.pdfのBox SPM.1参照

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP